〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<15>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 結局、ニブルヘイムを出発したのは、昼過ぎ……

 しっかりと昼飯を町中で済ませ、ようやく出立することになったのだ。

 ヴィンセントの適切な処置のおかげで、俺はすぐに回復したのだが、さすがにすぐに朝食を済ませ、山登りに出かけるのは無理があった。

 腹に何も入れていない状態で、ニブル山を越え、タイニーブロンコを止めてあるロケット村に向かうのは無謀だと、さんざん皆に止められたのだ。

 俺自身は大丈夫だと言ったのだが、早朝から皆を騒がせた立場としては強硬につっぱねることもできなかった。

 

 ニブル山は堅牢な高峰である。

 途中に魔晄炉があるが、まずそこに行き着くだけでも、丸一日近くかかる。道の険しさもさることながら、俺の子供のころに比べて、モンスターの生態系が変わったようなのだ。

 飛行系の連中が進化し、ドラゴンや雷神鳥などが麓近くまで降りてきている。もちろん麻痺属性を有するスピードサウンドやズーも健在だ。

 そこを突破するのだから、並大抵のことではない。

 

 俺たちは最低限の荷物を車から運び出し、ニブル山に向かったのだ。

 

「……きっつ〜…… 何この山、フツー山っていったら、もっと草とか花とかさァ……」

 さっそく文句を言うのはユフィだ。

 ウータイ周辺と、このあたりでは気候が異なる。当然生息する植物も違うのだ。そう説明しても、なんとなく不満げな態度をとる彼女だが、まぁ、気持ちはわからないでもない。

 ニブルヘイムの村は、そこそこ緑に囲まれた……言ってみれば、変哲もない田舎の町である。

 そこから、地続きのニブル山に足を踏み入れた途端、殺風景でとげとげしい針山になるのだ。花どころか、緑の葉をつけた樹木すらも少なく、ひたすら長い道がうねうねとのたくっている。

「おい、シド。タイニーブロンコは修理可能なんだろうな? そのためにこうしてニブル山越えて、ロケット村に向かってんだぜ?」

「あー、けっこう派手にぶっ壊してくれたけど、多分大丈夫だろ。シエラは機械いじりにかけちゃ天才だぜ」

「そのわりにはずいぶんひどい物言いしてたわよね、シド。ああいうの、DVっていうのよ、DV!」

 つけつけとティファが指を突きつけた。

 シドはぼりぼりと頭を掻き、『あいつがトロいのが悪い』だのと口答えをしていたが、女性陣の非難の目に遭って黙り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 グアァァァァァ

 

 と、空気を震わせる鳴き声が、周囲に響き渡った。

 そろそろズーの巣窟付近にさしかかる。

 巨大怪鳥のズーは、成鳥になると人間の子供を喰らうほどの大きさなのだ。カラスと同様に悪食で、口に入ったものは何でも呑み込んでしまう。

 ここからはおしゃべりに興じている暇はなさそうだ。

 

「みんな、気をつけろよ。一羽倒してもすぐに他の連中が来るぞ」

 俺は注意を促したが、皆も十分承知の上ということだろう。彼らは一様に武器を構え、迎撃の態勢をとっていた。

「ヴィンセント、俺の後ろへ。道が悪いから足下に気をつけてね」

 表情だけでなく、顔つきもキリッとさせてそう言った。

 朝は大迷惑をかけたが、まだまだ挽回可能なはずだ。

『ニブル山では、誰よりもモンスターを倒す!』

 これはもちろん、ヴィンセントを守りつつだ。

 彼については、ほとんど無理やり付いてきてもらっている状態なのだ。俺たちに協力するか否かは、これから先、共に旅をする間に決めてくれればよいという条件で、あの暗い地下室から連れ出した。

 だとしたら、このニブル山では、何をおいても彼を守り通し、俺を信頼してもらわなければならない。

「クラウド……」

「俺、もう大丈夫だから! ヴィンセントは安心してそこに居てくれ」

「…………」

 一気呵成の勢いで、クライムハザードを繰り出し、空中を泳ぐ化け鳥をなぎ払って行く。

 怪鳥の世界は残酷だ。

 地に落ち、断末魔に身を震わせる巨体に、同族がすぐさま食らいつく。ティファが不快そうに顔を逸らせ、ユフィは声を出して、

「ゲェ〜、キモ〜い!」

 と叫んだ。

「おい、オメェら気を抜くなよ! 次々来てんぞ!」

 シドが長槍を振りながら、背後の小高い切り出しに注意を促した。

 

 ズバッズバッ!

 

 と、コウモリの羽にも似た、爪の付いた翼が空を斬った。

 ズーの鋭い毒爪に引っかけられたら、麻痺どころか骨まで引き裂かれてお陀仏だ。

「きゃあッ!」

 不意をつかれてエアリスが地面に膝を突いた。彼女はロッドを武器にしているが、いわゆるそれは魔力を高めるためのものであって戦闘に向いているとは言い難い。

「エアリス、危ない!」

 ティファが駆け寄る。

 この辺りの山道は、ただでさえ険しく凸凹と足を取られやすいのに加え、切り出しが多い。下手に動き回すと崖から落ちかねないのだ。

「グエェェェェ!」

「キィエェェェ!」

 二羽の……いや、むしろ『二頭』と呼べる巨躯のズーが、するどい牙をむき出しに、彼女たちへ肉薄した。

 

 バレットが慌てて銃を構えるがズーのほうが早い。おまけに、マシンガンでは彼女たちに当たる恐れもある。

「ティファ、エアリス!」

 

 彼女たちの名を叫んだ瞬間、俺の背後で、

 ガゥンガゥン!

 と、二発の銃声が響いた。

 

 怪鳥らは弾かれたように、首をもたげ、気を違えたように空を飛び回る。

「ヴィ……ヴィンセント!?」

 俺は風を起こす勢いで、背後を振り返った。

 彼の構えた銃が、ふたたび火を噴いたのはその瞬間だった。

 

 ガゥンガゥン!

 

 二発の銃声は、ズーの側頭部を見事に撃ち抜いていた。

 ……この距離からだ。

 

 俺たち、男連中が阿呆のように口を開け、戦慄のいている間に、ヴィンセントは素早く足を運ぶ。

 エアリスとティファのところで膝を突くと、いつもの静かな声で、

「怪我はないか……?」

 と問うた。

「え? あ、う、ううん! ありがとう、ヴィンセント!」

 ようやく正気づいたティファが、頬を上気させものすごい勢いで首を横に振った。

「ありがとう、ヴィンセント。やっぱり、すごく強いんだね」

 エアリスのほうは、ずいぶんと落ち着いた様子でそう言った。

「いや…… ああ、ティファといったな。左の肘……こちらに」

「えっ? えっ? あ、あれ?」

「……君はずいぶんと勇敢だ」

 独り言のようにそうささやくと、血の滲んだティファの左腕に白布を巻き付けた。

「とりあえずの血止めだ。安全な場所についたら、きちんと洗い流して消毒したまえ」

「あ、ありがとう……」

 毒気を抜かれたようにティファがつぶやいた。

「ヴィンセントって、紳士だね。ティファいいなぁ。アタシ、そんなふうにしてもらったコト、一度もない!」

 すぐにふくれつらをするユフィの頭にポンと手を乗せ、ヴィンセントはそのまま歩き出した。

「わっ!ちょっと待てよ、ヴィンちゃんよ! オメーやるじゃんか!」

 バンバンと薄い背中を叩き、バレットが感動をあらわにした。

「いや、俺にはわかってたぜ。あの料理を食ったときからな…… ヴィンちゃんはやる男だと!」

「シド、オメー、調子いいんだよ! 平目のカルパッチョ独り占めしやがって!」

「おまえこそ、ラザニアの皿、放さなかったろ、バレット」

 妙な方向に会話が進みつつあったが、ここから先の道程、ヴィンセントの銃の腕前はほとんど神技であるということを思い知らされる俺たちであった。