〜 もう二度と恋なんてしない 〜
〜 FF7 〜
<28>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

「それではお客様。これより、ゴールドソーサー一周、夢の旅路へ出発です。いってらっしゃいませ」

 マニュアル通りのセリフを、チケットガールが口にすると、ゴンドラの扉が自動的に閉まった。

 このゴンドラは数あるアトラクションの中ではおとなしいものだ。

 さきほどの女性が言ったように、ゆっくりとこの広い夢の庭園を回遊する観覧車のようなものなのだから。

 行きに乗ってきた巨大な動物を模した乗り物よりは、いくぶんロマンチックな雰囲気である。

「……あんな深刻な顔して、言いにくそうにしてるから何かと思えば……」

 向かい合わせの席に座ったヴィンセントに、苦笑混じりにそういうと、彼はポッと頬を上気させた。

「いや……その……すまない。男同士で乗る物ではないと思うのだが……ひとりというのも変だし……」

「そういうことじゃなくてさ。こんなの、別に丁寧にお願いされなくても、いつでも付き合うのに」

「そ、そうか? 嫌ではないか?」

「うん、全然。むしろ、ヴィンセントと一緒に乗れて嬉しい」

 俺は感じた気持ちを正直に口にした。

「……本当に……おまえはいつでも意外な言葉を口にする」

 そういってヴィンセントは、身を乗り出すようにして窓の外を眺めた。

 大きな花火が、まさしくゴンドラの間近で開花したのだ。

 赤、青、緑、黄色、橙に紫…… 色の洪水が夜空を席巻する。

 この時刻なら、もう夜空に星が煌めいていようが、残念ながらゴールドソーサーでは主役になれそうにない。

 人工的な光の洪水とわかってはいても、やはりそれらは美しく、俺たちに感嘆のため息を吐かせたのであった。

「綺麗だなァ。こうしてゆっくりゴンドラの中から眺めると、なおさら風情があるよね」

「……ああ、私はこういったところになじみがなくて……今日のことはよい思い出になりそうだ」

「そうだね、俺も。でも、別にこんな場所、行こうとさえ思えば、いつでも来られるじゃない。今夜一回限りってわけじゃないんだから」

 俺は軽くそう応えたが、ヴィンセントは同意しなかった。

「だったらさ、いろいろなことの決着がついて、気持ちが落ち着いたら、また一緒に来よう? 確かにひとりで遊びに来るような場所じゃないからな。ふたりでならおかしくないだろ?」

「クラウド……ありがとう」

 ささやくようにそう言うと、彼は窓口に身を寄せて、じっと外を眺めた。

 俺もつられて目線を向ける。

 墨を流したような空に、次々に色とりどりの花が咲く。

 ヴィンセントの濃いワイン色の瞳が、それらに照らし出され、不思議な色味を帯びる。

 もともと人離れした雰囲気と、美貌をもつ人なのだ。

 後から思い出すと、俺は、『外を眺めるヴィンセント』を観察することで、時間の大半を費やしていたような気がする。

「おや、あれは……?」

「えっ? あ、な、何々?」

 じっと見つめていたことに気付かれまいと、俺は慌てて彼の視線の先を追った。

「あそこだ……七色の光が動いているだろう? レース場……?」

「ああ、あそこか。あれはチョコボレースのサーキットだよ。腕に覚えがあるヤツが、飛び入りでエントリーしてくるからな。賭け率もワンレースごとに変動するし、なかなか盛り上がるんだ」

「くわしいな、クラウド。おまえは以前に訪れたことがあるのか?」

「え、いや……あ〜、やっぱヴィンセント相手にって、ウソつけないや。まぁ、大分前のことだけど、一度だけ」

「ふふ、何もウソなど吐く必要はないだろう? おかしなことを」

「だって、行ったことがあるっていったら、まず、『誰と』って聞かれるだろうし、ホラーハウスが怖くないのも、フリーパスなんていらないって言ったのも、『経験があるからだ』って思われるだけじゃないか」

「ああ、フフ、なるほど」

 そういったヴィンセントの眼差しは、妙に慈しみ深くて……

 まるできかん気の強い子供を宥める母親のようだ。そう考えると、途端に面白くなくなるので、あまり気にしないことにした。

 

 

 

 

 

 

「……そうか、チョコボレースか。飛び入り参加あり……の」

「出てみたいの、ヴィンセント? けっこう遅い時間までやってるよ」

「あ、い、いや、私は鈍くて、とてもレースに参加などできない」

 慌てて否定するのが可笑しくて、俺はさらに言葉を重ねた。

「ヴィンセントなら身軽だし、案外いい線までいくんじゃないかな。チョコボに乗ったことくらいあるでしょう?」

「ああ、いや……ほとんど経験はないな」

 と、彼は言った。

 小型のチョコボは、愛玩動物として飼われることもあるが、通常、チョコボは、乗り物として利用される。そのまま鞍を着けて上に乗ったり、何頭かに馬車を引かせることもある。

 特に田舎と呼べる地方では、大切な足代わりなのだ。

「……実はさ、ここにくる前、事情があって、一度だけチョコボレースに出たんだ。さっきいった大分前に一回っていうのは、まったく別口でね」

「ほぅ?」

「まだ、ヴィンセントと出逢う前。コレルプリズンから脱出するために仕方がなかったんだ。レースに出ることが条件だったから」

「……コレルプリズン。おまえたちはいったいどんな旅を……」

 めずらしくも呆れたようなヴィンセントの物言いに、俺は慌てて手をかざした。

「いや、もう、ホント、いろいろあってさ。セフィロスを追うために、手がかりを探して動いているつもりなんだけど、面倒なことに巻き込まれるんだよね」

「…………」

「そうそう、それでコレルプリズンの脱出のために、チョコボレースで優勝しなきゃならなくなったんだ。詳細は省く!」

 『何故?』と聞かれるのを予測して、最後にそう付け加えた。

「で、レースに出て、みごと一位を獲得。で、今日があるわけ」

 やや冗談めかして偉そうに言ったのだが、ヴィンセントは感心したふうに頷いてくれた。

「すごいではないか。チョコボに乗ったのが初めてではないとはいえ、レースで優勝するというのはなかなか出来ることではない」

「え〜、あんまり直球で誉められると、それはそれで照れるよ。ま、一応神羅の軍人だったし、まわりの連中もたいしたことなかったからじゃない?」

「そうか……是非見てみたかったな」

「そ、そう?」

 楽しげなヴィンセントの物言いに、身を乗り出したとき、ガクンとゴンドラが揺れた。

 いつの間にか俺たちは一周、回り終えていたのだ。

 ヴィンセントの少しがっかりしたような面持ちを盗み見て、即座にもう一周することに決める。

 施設観覧車……つまりこのゴンドラの空の旅は、入場チケットがあれば、何度乗ってもフリーなのである。

「いいよね、ヴィンセント!?」

 と確認をとるが、彼は嬉しそうに、

「もちろん」

 と、応えてくれた。