〜 子猫物語 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
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 ヤズー
 

 

 

 

 

 

「なーに? 何見てんの、ヤズー?」

 ついつい凝視していたのか、カダージュは、早くもおかわりをしたばかりの茶碗を抱え込んだまま、こっちを見た。

「いや……よく食べるなと思ってな」

「うん、だってゴハンおいしいもん」

 と、掻き込むようにして、飯を口に入れる。カダージュはまだ「箸」の使い方が上手くないのだ。

「そうか。よかったな」

「ヤズー、食べないの?」

「いや、食べるよ」

 今朝は鯛飯に、潮汁、そして椎茸の挟み揚げ、酢の物と煮ものは必ず食卓に上る。ヴィンセントの作る和食は本当に美味しいので、ついつい食が進んでしまって……

「はい、ヤズー」

 ヴィンセントが炊き立ての土鍋をあける。彼は炊飯器ではなく、よく土鍋を使うのだ。土で出来る素材は、土の道具を使ってやると、よけいに美味しくなるというのが彼の持論なのだが、なるほど鉄の釜をよりも飯の味がよいような気がする。

 

「……ヤズーは体型が気になるから節食するなどというのだ。そんな必要はまったくないと、おまえたちからも言ってあげてくれ……」

「えーっ! そうなの〜ッ!? 僕全然知らなかった〜 ヤズー、カッコイイじゃん? どこが不満なの〜?」 

「ヴィンセントの言うとおりだよ〜 ヤズーは今のまんまで充分綺麗だよ〜」

「やれやれ、どーもありがと、ふたりとも」

 苦笑しつつ、食前のお茶を啜った。緑茶は口の中がさわやかになるので好ましい。

 ヴィンセントが鯛飯を品よく茶碗に盛って差し出してくれる。

 ……まぁ、脂分の少ない白身魚だし……カダたちのいうとおり、気にしすぎなのかもしれない。

 

「みゅぁぁぁん!! にゃんにゃん!」

 子猫がセフィロスの腹の上で仁王立ちになって、声を上げて鳴き出す。

「ああ、ヴィンちゃん、魚の匂いがしたんだね〜」

「みゃうみゃう!」

「おい、立ち上がるな、チビ! うざったい!」

「あ〜、セフィロスに殴られちゃうよ〜、こっちおいで、みゅ〜」

 食事を終えたカダージュが、小さな黒猫をなだめにかかる。

 だが、今日のヴィンちゃんは機嫌が悪かったのだ。

 兄さんの寝坊のおかげで、猫ちゃんの食事は後回し。おまけに鯛飯などという手の込んだ朝食のおかげで、キッチンもけっこう忙しかった。

 だれもチビちゃんに構う人はいなかったのだ。

「みゃうみゃう!」

 子猫は焦れたように、セフィロスの腹の上から飛び降り、捕まえに来たカダージュの腕をかいくぐった。

 そして食器を運んでいたヴィンセントの足元に滑り込んできた。もちろん、ヴィンセントは何の注意も払ってはおらず、無防備な状態であった。

 

 

 

 

 

 

「にゅんにゅん!」

「あ……ッ」

 ヴィンセントの小さな悲鳴。

 そう、ほんの一瞬の出来事だった。

 もうちょっと俺が気をつけてやればよかったのだ。

 子猫にしてみれば悪気などなかっただろう。そもそも動物に分別を求める方が間違っている。

「ヴィンセント、あぶない!」

 つい、声が出たが、時既に遅し、だ。

 お腹を空かせたチビちゃんは、歩いていたヴィンセントの足にもろにまとわりつき、ただでさえ、身のこなしが敏速とは言い難い彼は、食器を手にしたまま、思い切りすっころんでしまった。

 セフィロスにどうして押さえてくれないと苦情を申し立てるのは、言うだけ無駄というものであろう。

 

 ガシャッガッシャーン!

 

 陶器の砕ける音が響く。

 中身が入っていなかったことと、ガラスのような材質のものでなくて、不幸中の幸いというべきか。

 ひっくり返ったヴィンセントのかたわらに、くだけた和食器が散らばる。

 ヴィンちゃん自身も、落ちた食器に当たってしまったのか、ただびっくりしすぎてしまっただけなのか、彼のかたわらに転がっていた。

「ヴィンセント! ヴィンセントッ!」

 俺は慌てて倒れた彼を覗き込んだ。頭を打っていたとしたら、うかつに動かすのは好ましくない。

「ヴィンセント、だいじょうぶッ!」

「ヴィンセントッ ヤズー、ヴィンちゃんは……?」

「カダ! ロッズ! 裸足のままで側に寄るな!破片が散っているから危ないぞ」

 ヴィンセントはきちんと室内履きを履いているが、他の連中は素足でいる。ガラスに比べて破片が大きな磁器とはいえ、裸足で踏めば大けがをする。

「…………ン」

 綺麗なおもてが、つらそうにゆがむ。

「ヴィンセント、大丈夫? あ、無理に動かないで」

 俺は起きあがろうとした彼の肩を下から支えた。