Love letter
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 



  

「えーと、チラシ、チラシ〜。確かバーゲン情報が……」

 オシャレなヤズーが、どこぞのブランドの名前を口ずさみ、俺のかき集めてきたチラシを漁った。

 こいつは三兄弟の中でも、抜群の容姿をしていて、どんな素っ頓狂な格好をさせても、『田舎町に迷い込んだ王子様』になってしまうムカツク野郎なのだ。

 瞬きをすればバサバサと音の聞こえてそうな長い睫毛、ほっそりと筋の通った鼻梁。セフィロスと同じ色合いの瞳は、切れ長だが彼ほどキツい印象はなく、綺麗な曲線を描いている。                                      

「ヤズー、お買い物行くの!? 僕も行くッ!」

 末っ子のカダージュはヤズーべったりだ。

「うーん、新作が安くなってたらねェ」

 そう言いながら、熱心にタブロイド誌をめくっていた。

「……クラウド、紅茶のおかわりは?」

「うん、もらう」

「あまり食べ過ぎると、夕食が入らなくなるからな。ほどほどにしておきなさい」

「だって美味しいんだもん」

 と、子どものような口調で言い返しておいてから、俺はじっとヴィンセントの美しく整った白い顔を見つめた。

「……ん? どうしたのだ……?」

「へへ、ちょっと元気になった?……ヴィンセント」

 いたずらっぽくそう訊ねてみた。

 すると少しだけ恥ずかしそうに頬を染め、

「心配掛けてすまない……」

 とつぶやいた。

 あちらの世界の『セフィロス』を、だれよりも親身に面倒をみたヴィンセントであったから、唐突に姿を消した直後は、とても見ていられないほど消沈してしまっていたのだ。

 巣立ちしてしまった雛鳥の面影を想う母鳥状態で、しばらくの間は生ける屍のように無気力になってしまっていたのだ。

 時間はかかったが、徐々に元気になってくれて、本当に嬉しい。ようやく見慣れた日常が帰ってくる感覚に、俺は胸が温かくなるような気がした。

 

 

 

 

「あれ、これ手紙だよ、ヴィンセント宛て」

 ヤズーがチラシの束の中から、ひょいと封筒を取り上げて見せた。

「あ、ホントだ〜、可愛い封筒!」

 とカダージュ。

「……誰からだろう? 古式ゆかしく文書を送ってくるような知り合いは、あまり居ないのだが……」

 不思議そうにヴィンセントが言う。自分自身が『古式ゆかしい』とは、自覚していないらしい。

「差し出し人は……? ヤズー」

「えー、プライバシーの侵害になっちゃうもの。はい、どーぞ」

 そう言って、宛名も見ずに手渡そうとした。

「あ、ありがとう」

「でも、カダの言うとおり、キレイな封筒だよねェ。女の子からじゃない?」

 くるりとひっくり返して差出人を確認するが、どうやら思い当たる節はないらしい。

「ちょっ……聞き捨てならないんだけどッ! なにそれ、女からなの? ねぇねぇ!」

「もう、兄さんうるさい。もの食べてる最中に怒鳴るんじゃないよ」

「さぁ……確かに女性の手のようだが……心当たりがないな」

 そういうと、ヴィンセントは丁寧にペーパーナイフで開封した。

「見して見して!!」

「僕も見たい〜!」

「俺も俺も!」

 俺、カダージュ、ロッズの順番で声を上げる。

「あなたたち、プライバシーの侵害」

 とヤズー。

「俺とヴィンセントは恋人同士だもん! 隠し事するような間柄じゃないからッ!」

 俺は胸を張って言った。

「親しき仲にも礼儀有りっつーのを知らんのか、アホチョコボ!」

 さもくだらなげに悪態を吐くのは、一体いくつ目のマフィンかわからない数を食ってるセフィロスである。

 そんな俺たちを苦笑しつつ眺めやり、ヴィンセントはようやく手紙に目を落としたのであった。

 ……ヴィンセントはもともと表情の乏しい人物だ。

 つまり感情があからさまに、おもてに出ることは少ない。

 困惑するようなことがあっても、わずかに眉を顰めたり、目を伏せたり、その程度のことである。また嬉しいときも、淡い微笑を浮かべるくらいだ。

 だが、この時のヴィンセントの表情の変化は、その場に居た誰にでも見取れたものと思われる。

「……これは……」

 ぼそりと低い声でつぶやくヴィンセント。

「ヴィンセント、どうしたの?」

「あ……ああ、ちょっと……困る便りかもしれない」

 という、はっきりしない返事。それから続けざまに吐息した。

「……この女性は、私という人間を著しく誤解しているようだ……」

「え、う、うそ! 何、やっぱ女からなの!? なんて書いてあるの、ヴィンセント!」

「……クラウドは読まない方が……」

 もとの封筒へ文を戻しつつ、ヴィンセントがつぶやいた。

「なんでよッ! 気になるじゃんッ!」

「……きちんと誤解をとかねばなるまい」

 困惑しきったように、頭を振るヴィンセント。

「ね、ヴィンセント。差し支えなければ見せてくれない? 誤解って……何をどう勘違いしているのかも気になるし」

「ああ、かまわないが……」

 その手紙はあっさりとヤズーに手渡された。

 俺はいけなくてヤズーはいいというのだろうか!?

 納得がいかないことこの上ないわけだが、ここは恋人に気を使ったと解釈をしておくことにする。

「おい、イロケムシ、内容を言え、内容を」

 と、セフィロス。

 カダージュとロッズもマフィンにかぶりつきつつ、注目する。

「んーと……いいよね、ヴィンセント? 中身はけっこう熱烈な恋文だよ。バカンスのとき、ヴィンセントに助けられたって書いてあるけど? これって何の話?」

「あ、ああ……あのときはまだおまえたちはいなかったのだったな…… セフィロスは居てくれたと思う。あ、あの……ふたりで青物市場に出掛けた時のことを覚えているだろうか、セフィロス?」

「ちょっ、なになに何ですかッ、ソレ!? どーして、ヴィンセントとセフィがふたりっきりで……」

「ちょっと脱線させないでよ、兄さん! それで?ヴィンセント?」

 と、ヤズーが、質問を寸止めさせやがった。

「ん……クラウドが仕事で不在だったときに、買い物に出掛けたのだ。ひとりで行くつもりだったのだが、セフィロスが手伝ってくれて……」

 辿々しくヴィンセントが口を開いた。ここまでの説明は、きっと俺のわだかまりを消してくれるためであろう。

「……その帰り道に、ビーチにシーウォームが出没したのだ」

「へぇ、シーウォーム! あれってミディールあたりじゃないと、出ないのかと思ってた」

「ああ、クラウド。私も驚いてしまってな…… だが、驚くどころではなかったのは、そのとき、浜辺で海水浴を楽しんでいた者たちだった。なにしろ、何の予兆もなくいきなりだったから……」

「へぇ……」

「シーウォームって、どんなの? ヴィンセント?」

 とカダージュ。彼らはモンスターに対する知識が少ないのだ。

「ん……シーウォームとはその名の通り、海に棲むウォームだな。蛭のような形態をしていて、生き物の血を吸い、肉を砕く。大きなものならば、人ひとり飲み込むことなどわけもない。巨大な牙が口いっぱいに生えていてなかなか恐ろしい外見をしているのだ」

「ふぅん……なんか気持ち悪い……」

「ああ、そうだな……確かに、気色のよい生き物ではないな。時期が時期だったから、観光客が多くて……困惑した……」

「そうそう。それでこのバカは、見ず知らずの連中を救うために、海に飛び込んだわけだ。結果的に溺れやがって、オレ様に助け出されたわけだが」

 後を得意げにセフィロスが引き取った。ヴィンセントの頬がポッと紅くなる。

「ちょっ……そんな言い方ないだろ、セフィ! ヴィンセントはね、やさしーの!心が綺麗なの!誰かさんと違って!!」

「ああ、もうちょっと邪魔しないでよ、兄さんもセフィロスも。それで……じゃあ、この手紙の女の子もあなたが助けたんだね、ヴィンセント」

「あ、ああ……多分、そうなのだろう。海水浴をしていた者たちを守ることはできたようだが……その……セフィロスのいうとおり、間抜けにもその後、不覚を取ってしまって……結局は彼に助けられることになったのだ。あ、あのときはありがとう……セフィロス」

「やれやれ、まったく手間がかかるヤツだよな、貴様は」

「今さらセフィにお礼言う必要なんてないでしょ、ヴィンセント。ああ、もう話し戻してよ! それで、その手紙の娘って、助けてくれたヴィンセントに、感謝してるっていうんじゃないの? 本当にラブレターなのッ!?」

 イライラして、手紙を持っているヤズーを怒鳴りつけた。

 ヤズーは、ひょいと片手を上向けにしてみせると、読むよ、と目で合図してきた。

 

「『……拝啓、愛しのヴィンセント様。きっと貴方様はわたくしのことなど覚えては居られませんでしょう。

 ですが、わたくしは、貴方様を忘れたことなど、一日たりとてございません。

 <中略>

 どうしても、貴方様を忘れることができません。

 いいえ、むしろ、あの恐ろしい出来事は、わたくしと貴方様を巡り合わせるために仕組まれた、神様の悪戯のような気持ちにさえなります。

 突然、このようなお手紙を差し上げたわたくしを、どうぞ慎みのない、はしたない娘とお蔑みにならないでくださりませ。

 今月、父の許しを得まして、ふたたび、この地を踏むことができる予定でございます。

 どうぞ、哀れな娘と思し召しくださいまして、一度なりともお目にかかり、わたくしの胸の内をお聞きいただきたく思います。それ以上の高望みはいたしません。

 どうかどうか、お会いさせていただく機会をお与えくださいませ。

 コスタ・デル・ソルの別荘に到着いたしましたら、あらためてご招待状をお送りさせていただきます。

 今宵も夢路にて、貴方様にお目にかかれますよう……』」

 

「………………」

「はい、以上終了。どうやら、このレディは、ヴィンセントに一目惚れしてしまったようだね」

「……窮地を救われたから……そう勘違いしているだけだろう」

 ヤズーの言葉にヴィンセントが反論した。

 俺はわずかな間隙の後、爆発した。

「なーにが『はしたない娘とお蔑みにならないで』だ!充分厚かましーわ!! なーにが、夢路にてじゃあ!! どんなエロ夢を見たいっつーんだよ! サイッテー!!」

「ク、クラウド、よしなさい、そんな物の言い方をするのは……」

 ヴィンセントはすぐに女の味方をする。

 ファミニストなのかもしれないけど、ヴィンセントに言い寄る女相手に、俺が平静でいられない気持ちは察して欲しい。

「まぁまぁ兄さん、相手は女の子なんだから。ゴーカンとかできるわけじゃないでしょ。もうちょっと余裕を持ってよ」

「ヤ、ヤズー! ゴ……だなんて、相手の女性に失敬だ……」

「いや、女は怖いぞ、ヴィンセント。気に入った男を手に入れるためには、危険日を狙って寝技に持ち込む強者もいるからな」

「危険日ってなぁに?セフィロス」

「チッ……これだから、末のガキは。いいか? 女にはな……」

「セ、セフィロス……ッ! き、君たちは……もう少し、女性に対して、気遣いと思いやりを……」

「でもさァ、コスタ・デル・ソルの別荘に到着したら、招待状を送るって書いてあるよ? けっこう本気なんじゃないの?」

 パシンとピンクの便せんを指で弾くと、ヤズーが口火を切った。

 そうなのだ。

 文面はやや芝居がかった、恥ずかしくなるようなものなのだが、「直接胸の内をお聞きいただきたく思います」とか「コスタ・デル・ソルの別荘に到着いたしましたら、あらためてご招待状をお送りさせていただきます」など、話がかなり具体的だ。

 名前も住所もオープンにしてあるところからして、悪戯やタチの悪い冗談、というわけでもなかろう。

「……きっと助けられたことを、過大に評価しすぎて自己を見失っているだけだろう。若い女性にはありがちなことだ」

 穏やかな口調でヴィンセントがささやいた。

 こんな様子は、いかにも年長者という雰囲気である。

「もし、本当に招待が来るようなことがあれば、丁重にお断り申し上げるから……」

「ヴィンセント、優しすぎッ! 嫌なことは嫌ッて言うべきだよ、ハッキリ!」

 バンバンと机をぶっ叩いて不快をあらわにすると、セフィロスが何も言わず、わざとらしく溜め息を吐き出した。

「クラウド……相手はうら若い女性だからな。上手に誤解をといて、極力傷つかぬように対応するのが男子たるものの役目だ」

 厳かにかつ穏やかにそう宣うヴィンセントに、俺は一抹の不安を拭い去ることができなかった。