Love letter
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<12>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 食事が運ばれ、給仕が側を辞した後、あちらはようやく落ち着いた雰囲気になる。

 ……なんだか、オレまで小腹が減ってきたのは気のせいではないだろう。

 さっさと断りを入れて、退席でもしてくれれば、この茶番も終了なのだが。

 なんせ、相手はあのヴィンセントだ。小娘相手にきっぱりとした拒絶の言葉など口にできまい。

 ヘッドフォンがふたりの会話を拾っているが、ほとんどは娘の言葉ばかりで、ヴィンセントは彼女の話に対し、『はぁ』だの『ええ』だのという相づち程度しか打っていない。

 クラウドはただひたすら相手の娘が不快なのだろうが、オレはさほどそのようには感じなかった。立場と年齢の差だろうと思う。

 彼女は……本当に『小娘』で……だからこそ、子供らしく真っ直ぐで。

 本当にヴィンセントを好いているのだろう。年増女にあるような居丈高な雰囲気も、恋の駆け引きを仕掛けるような会話もなく、ただひたすらに『好きな男に振り向いて欲しい』という気持ちが全身に表れていた。

 ただ、やはり年若い娘であるから、ヴィンセントが口にし難い気持ちを察すること……つまり、『相手の気持ちを読むこと』ができない。もっともその余裕がないのだろうが。それは何よりも重要な事であるにも関わらず、だ。

 一生懸命、ヴィンセントの気持ちを動かそうとするがあまり、結果的に自らの好意を押しつける形になってしまっている。

 

『ヴィンセント様』

 女がヴィンセントに呼びかけた。

 その声音が先ほどまでの雌鳥のような、浮き足だった様子と異なりオレの注意を引いた。

『……ヴィンセント様には、どなたかお付き合いしてらっしゃる女性がおられますの?』

『……は?』

『……あたくし、これでも故郷へ戻りましたなら、プロポーズしてくれそうな男性たちはかなりおりますのよ』

『あ、は、はぁ……それは……それは……』

 間の抜けたヴィンセントの相づちに、こちらの方まで力が抜けてしまう。

『あたくしがお気に召さないのなら、はっきりおっしゃってください。他に想う女性がおられるなら、どなたを好いているのか教えてくださいな。ヴィンセント様が愛されるほどの方、きっとお心もお姿もお美しい女性なのでしょう。それならばあきらめもつきます』

『え、あ、あの……それは……その……』

 

(ヴィンセント!ガツンと言ってやって!ガツンとッ!)

 モニターを覗き込みつつ、握り拳をつくるクラウド。

 アホか。あくまでも相手の女は、ヴィンセントの恋人を女性と信じ込んでいるのだ。ぶっちゃけ、オレなどなら、「男でも女でも抱けるが、おまえのような女はタイプではない」とキッパリ言い切ってやるのだが……

 まぁ、ヴィンセントにそれを期待するのは無理だろう。

 

『ヴィンセント様。どうなのですか? お好きな女性がいらっしゃいますの!?』

『……そ、それは…… で、でも大切に思う人……たちは居ります』

 振り絞るようにヴィンセントはつぶやいた。

 せっかくの食事がみるみるテーブルの上で冷えてゆく。

『わ、私にとっては……彼らと……共に居ることが……何より……大切なことなのです』

(んもー、ヴィンセントってば、『たち』はいらないでしょ、『たち』は!)

(そうだな。いらないかもなァ、なぁ、クラウド)

(ちょっ、何ですか、アンタ、エラそうに! 言っとくけど、アンタらが『たち』ですからね。この俺が三人称のメインですから、コレ!)

(さぁて、ヴィンセントの物言いだと、特定の誰かを指して言っているようには聞こえんがなァ)

(それは心優しいヴィンセントの気遣いだろーが、コルァァァ!)

 ドゴッズゴッ!

(しっ! ちょっ……兄さんもセフィロスもよしなさいってば。かなり佳境にさしかかってるみたいだよ)

 シッと人差し指を口元に持ってきて、ヤズーが注意を促す。それに、「わかってるよ」と口の動きだけで伝え、クラウドはふたたび、モニターに見入った。

 

(くそっ!それにしても相手の女、しぶといな)

(まぁ、けっこう自分に自信のあるコなのかも知れないね。あの年頃のお嬢さんには多いよ)

(ふん!別にたいしたことないじゃん。俺が女の子だったら、たぶんもっとずっと綺麗だもん。まぁ、ブサイクな女だとは思わないけどさ)

 ぶつぶつと口の中で文句を言うクラウド。

 そう。確かに個性的な女ではあるが、若さも手伝って、充分に美しく魅力的と言えるのだ。それがクラウドには不愉快らしい。

 なんせ、ヴィンセントは、外見はどうであれ、実年齢は60になんなんとするらしいのだから、それこそ、ハタチ前後の若く愛らしい娘に言い寄られては、悪い気はしないかもしれないが、それよりも対処に困惑するのだろう。

(でも、図々しいっての! ヴィンセントが困ってんの見てわかんないのかなァ!)

(恋する娘はイノシシみたいなもんだからな)

 俺が口を挟むと、ムッとした面もちでクラウドがこちらを見遣ってきた。

(なんだよ、セフィ、ずいぶん、女の子に寛大になったよね。昔と大違い)

(はぁ? なんだ、そいつは。昔から女相手に本気で怒ったりはしなかったぞ)

(そーですかそーですか。俺にはすぐに怒鳴りつけるのに)

(それはおまえが聞き分けのないガキだからだろ。ふてくされて八つ当たりするな、ボケが!)

(なに、その言い方ッ!)

(ケンカしないの、ふたりとも! 昔のことより、今は目先のヴィンセントでしょ。うーん、どうも彼女はなかなか手強い相手みたいだねェ)

 イロケムシが思案顔でそうつぶやいた。

 ふたたび、モニターに目線を戻すが、そこでは相変わらずヴィンセントが押され気味であった。

『ねぇ、お願いです、ヴィンセント様!』

 ヒステリックではないが、充分に興奮した女の声が否が応でも耳に飛び込んでくる。

『けっして、ヴィンセント様の恋人に迷惑は掛けませんわ! ひとめお目にかかれば、納得できると思うのですッ』

『で、ですが…… その……あの……』

『さきほどの、大切な方がおられるというお言葉がウソでないのなら……! どうか、お教えくださいまし!』

『そ、それは…… あの……』

『ヴィンセントさま……ッ』

 女の声に熱が入れば入るほど、ヴィンセントは身を縮こまらせるしかないようであった。

(うーん、どうも梃子でも引かないってカンジだよねェ)

 と、形の良い顎をつまみ、イロケムシがうめき声のようなものをこぼした。

 クラウドはクラウドで、ムッとしたまま奥歯を噛み締めている様子だ。

『ヴィンセント様……!』

 ガタン!!

 先ほど以上に切迫した女の呼びかけでオレたちは、一斉に立ち上がり、再度モニターを凝視した。女が椅子から立ち上がったのだ。ずいずいとヴィンセントの側へ歩いて行く。

(ヤバッ!ちょっ、ヤバイよ、これ!)

(あらららァ、見上げたものだなァ、今どきのお嬢さんは)

 大慌てのクラウドの声に、イロケムシののんびり声が重なる。それを振り切るようにクラウドのガキが立ち上がった。

 こいつもまたさっきのようなどこかおちゃらけた雰囲気はなくなっていた。

 すわった眼差しをゆっくりとヤズーに向け、キッとにらみつける。

「……に、兄さん?」

「ヤズー。……もはや一刻の猶予も無し……ッ」

 声を潜めることもなく、クラウドははっきりとした口調でそう言った。

「このままじゃ、ヴィンセントが犯られるッ!」

「に、兄さん! 相手は女の子なんだよ? ヤられ……って…… あなた……」

「まぁ、あのヴィンセントだからなァ、わからんなァ」

 オレも一緒に混ぜっ返してやる。

「ヤズー! もう俺たちも本気モードで行くぞ! フォーメーションBィィィィ!!」

「ええッ? ほ、本気なの? あ、あれってネタなんじゃ……」

「バカヤロウ! ヴィンセント関係のことでネタなんか作るかッ! ボケッ! 作戦Bッ、始動ォォォォ!」

 クラウドのクソガキはそう叫ぶと、山と持ち込んできた荷物をグイとイロケムシに押しつけたのであった。