LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

「に、兄さん?」

 と、ヤズー。だが、今はヴィンセントのこと以外、目に入らない。

「おいッ! てめェ!!」

 ガッと力任せに長身の男の肩を掴む。

 ……椅子に座ってサインしていたときには全然気付かなかったが、この男、ものすごく背が高い。フツーの長身ってレベルじゃない。なんとセフィロスと同じくらいありそうなのだ。

「ヴィンセントになにしやがるッ! 離れろ、この変態野郎!!」

 今度こそ満身の力を込めて、変態男を突き飛ばした。肩を引っ張る程度ではビクともしなかったから。

 そうさ、いくら身長で負けてたって、俺はヴィンセントの恋人なんだから。その大事な人に、無礼な振る舞いをした輩を成敗する権利はあるはずだ!

「どけよッ!」

 俺の渾身の一撃に、ヤツはバランスを崩して、一歩だけ足場を譲った。

 たった一歩だけ……こんなに強くド突いてやったのに!!

「あ……ク、クラウド……?」

 ヴィンセントは、何が起きているのか全くわからないのだろう。パチパチと瞬きすると不思議そうな面もちで俺を見た。なぜにこの場に俺が居るのかということさえ、彼にはわからないはずだ。

 ……そりゃそうだ。俺的には、絶対エロ本作家のサイン会に足を運んだなんて事実は、ヴィンセントには知られたくなかったんだから。口に出すどころか、カダとロッズを見張りに立てるくらい、用意周到に立ち回っていたのに……!

 もはや、そんな次元の話ではなくなった。このクソエロ作家が!ヴィンセントにとんでもないことしやがって…… こんなヤツのサインのために、一時でさえ無駄な時間を費やしたことを激しく後悔した。

「おい、貴様、なんとか言えッ! ヴィンセントから離れろ!」

「ク、クラウド……」

 呆然と突っ立ったままのヴィンセントを後ろ手に庇い、俺はクソむかつく長身男をにらみつけた。それこそ火を噴く勢いで。

「どういうつもりだ! ヴィンセントにいきなり何しやがるッ!!」

「…………」

「黙ってないで何とか言えったら! 人違いとかなら謝るべきだろッ!」

「…………か」

「ああッ!? ハッキリ言えよ!」

 自らの物思いに耽るような、野郎の態度が不愉快で、俺はさらに怒鳴りつけた。

「おまえな!」

「ク、クラウド……そんな大声を出しては、彼は何も言えなくなってしまう」

 ああ、もう、お人好しのヴィンセント!最大の被害者でありながら、こんなふうに加害者をかばってしまうのも、彼生来の気質なのだろう。

「でも、ヴィンセントッ! アンタにあんな真似したヤツ許しておけるかよ!」

「だ、大丈夫だ…… 少し、驚いたが……怪我をさせられたわけではないし……」

 いや、キスされてんじゃん!! ある意味、ケガよりタチが悪いだろーが!!

 ヴィンセントを相手にしても埒があかない。

 俺はあらためて不届き者に向き直った。なおも野郎の謝罪の言葉を引き出そうと、口を開いたとき……

 その男は、ふわりと微笑んだのだ。

「なッ……?」

 そう、『微笑んだ』というのが一番近い表現だと思う。決して激高する俺を嗤ったわけではなく……なんだか、ひどくなつかしげな……怒鳴りつけたこの俺に対して、慈しむような不思議な笑みを浮かべたのだ。

 

 ……この人……

 あれ、またあのカンジ…… 俺、この男のこと知ってる……

「……金髪チョコボ」

 彼は今度こそ、はっきりとわかる笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「……え? ア、アンタ……?」

「俺を覚えていない?」

 彼は薄く嗤いながら、謎めかした物言いをした。

「……大きくなったなァ、金髪チョコボ。ええと……たしか……クラウドだったっけ?」

「クラウド……? おまえの知り合いだったのか?」 

 後ろからヴィンセントが小声で訊ねてきた。

 だが、俺はそれに答える余裕がなかった。

 ……思い出したのだ。この男に名前を呼ばれて。いや、どうして今まで思い出せなかったのだろう……

 確かにあれからずいぶん時が流れたし……この人は、セフィロスの『あの事件』があった直前に姿を消したのだ。でもその後、俺の身辺には怒濤のような変化があり…… いや、やはり宝条の手によるジェノバの実験体になったことが、俺の過去の記憶を混乱させているのだろう。

 実際、あの研究所にとどめ置かれた直前の記憶は、今現在でさえかなり曖昧で……ところどころはちゃんと覚えているんだけど…… この人の名はとっさに思い出せなかったのだ。

「あれから、いろいろあったからね、お互いに」

 そんな俺の心を見透かしたように、彼は低くささやいた。

 ……そう、彼は人の心を読む能力に長けていた。ザックスも……そう言っていた。

「俺を思い出してくれたか? 金髪チョコボ……?」

 怖いほど整った造形は昔とほとんど変わっていないと思う。セフィロスもものすごい綺麗な人だけど、何に対しても物言いはストレートで、おのれの考えははっきりと口に出していたから。不思議めいた雰囲気はなかった。

 でも、この人……『ジェネシス』はそうでなくて……いつも曖昧な笑みを浮かべて心の内を他人に見せない。冷たく整った顔は、何だかおぼろげで神秘的な雰囲気で、ちょっと怖く感じたこともあった。

 でも非常時には不思議と頼りになる、トップソルジャーの双璧だったひとりだ。

「……『ジェネシス』?」

 ほとんど確信していたけど、俺は尻上がりの口調で彼の名をつぶやいた。