LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

「あーあー、大声で嫌になっちゃう。どういうつもりだよ何もないじゃないのよねェ?」

「え……あ……」

「ったく、あの人のほうが『どういうつもり』なんだよ。無責任な」

 ブツブツと文句をつぶやきながら、それでも手さばきよく、皿を並べてゆくヤズー。だが、キッチンからわざわざ様子をうかがいに行く気はないらしく、私だけ中座するのは難しくなってしまった。

 ……本当はおかえりと言ってやりたいのだけど。もしかして今夜は戻らないのではないかと考えていたので、私としては家に帰ってきてくれただけで嬉しいのだが……

「おい、セフィ! アンタちょっと無責任じゃない!? どういうことなんだよ、ヴィンセントひとり残してさ!」

 居間からクラウドの鋭い声が聞こえてくる。

「ク、クラウド……あんなにキツイ物言いをしなくとも……」

「そう?文句言われたって仕方ないんじゃない? セフィロスが悪いんだから」

「ヤ、ヤズー…… 別に……そんなひどいことをされたわけでは…… セフィロスは最初から車を使えと言っていたし……歩いて帰ってきたのは私が勝手に……」

「もう、ヴィンセントってば、本当に人がいいんだから!」

 決まり文句のようなセリフで話を打ち切り、ヤズーはさっさと次の作業に取りかかってしまった。これ以上、彼のことで煩わされるのは馬鹿馬鹿しいというように。

 

 ヤズーが側から離れたのをいいことに、居間へ意識を集中させてみる。すると怒鳴りつけるクラウドの声ばかりが聞こえてきた。まぁまぁと取りなしているのはジェネシス本人だ。

 ……最初の怒鳴り声以外、セフィロスの声が聞こえない……

 そんなふうに思いながら、そっとキッチンの仕切りから、居間を見遣ろうとしたとき、危うく私は意中の人と正面衝突しそうになった。

 向こうも驚いたのだろう。「うっ」と息を詰めた。

「あ、セ、セフィロス……! あ、あの……お、おかえり……」

 慌てふためきつつも、いつもどおりの言葉を口にできた。不思議なことに彼は私を改めて見て、ホッと息を吐き出した。

 溜め息ではなかった……なんというか、安心したような吐息であったのだ。

 じっと見つめられて、頬がカッと熱を持つ。私はすぐに赤面してしまうのだ。何かの病気なのではなかろうかと思うのだが…… 彼にあきれられるのが恥ずかしくて、慌てて話題を見つける努力をする。

「こ、今夜は、ジェネシスもいるし、少し手の込んだものを作ろうと……あ、あの、もうすぐだから、君も居間でゆっくり待っていてくれ。で、では……」

「おい」

 ぐいと腕を取られ、引き戻された。乱暴な力ではなかったが、貧弱な私はあっさりと彼の目の前に顔つき合わせる位置まで引き寄せられたのだ。

 ああ……ヤズーがこっちを見てる……

「え……あ…… あの、なんだろうか……?」

 極力平静を装ったつもりだったのだが、情けなくもその声は震えていた。

「…………」

「セ、セフィロス……?」

「……いや、何でもない。今日は悪かったな」

「え……?」

 ぼそりとつぶやかれたので、謝罪の言葉を聞き返してしまった。案の定、セフィロスは舌打ちしそうな面もちになってしまう。

「あ、い、いや、そんなこと気にしないでくれたまえ。幸い、ジェネシスに送ってもらえたから、荷物の重さは気にならなかったし、何の問題もなく……」

「……車を使うか誰か呼べと言っただろう」

「そ、そんな…… 家から遠い場所じゃないのだし。人を煩わせるのは申し訳ないし……」

「チッ……そうだな。おまえはそういうヤツだったよな」

 私への当てつけというよりも、おのれの失態に舌打ちするセフィロス。ヤズーも意外に思ったのだろう。あらかた済ませた片づけの手を休め、こちらに注意を向けたのがわかった。

 

 

 

 

 

 

「あ、あのッ……本当に気にしないでくれ。君が親しい人の姿を見つけたのなら、声を掛けたく思うのは当たり前のことだし、別に私に遠慮する必要など、皆無だから……」

「……は?」

「あ、い、いや、だから…… そのただ私に彼のことを言いにくかっただけなのだと……」

「おまえは何の話をしてるんだ?」

 呆れた口調のセフィロスに促されるように、私は頭の中での妄想をづらづらとしゃべらされていた。

「だ、だから、君が途中で姿を消したのは、雑踏の中に、か、彼の姿を見つけたのではないかと……」

「彼? 彼とは誰だ!? やっぱり、おまえに何か……」

 突如、きつい声音になり、私の腕を掴み締めるセフィロス。痛くはなかったが、驚いてつい身を強ばらせてしまった。

「ちょっと、セフィロス! ヴィンセントに乱暴なことしないでよ!」

「おまえはすっこんでろ、イロケムシ!」

「あ、あの、大丈夫だ、ヤズー。ぜ、全然痛くなかったし……」

 私は慌ててヤズーをとりなした。

「話なら普通にしていてもできるでしょう、セフィロス?」

「……チッ、いいから続けろ」

 私の腕を放りつけ、苦虫を噛みつぶしたような面もちで言葉を続けるセフィロス。その様子に焦燥が見て取れ、私は困惑した。

「あ、あの…… 君の親しい…… し、支配人の彼の姿を見つけたのだと……」

「……なんだと?」

「あ、ち、違っていたならすまない。た、ただ、君はなにもいわずにいなくなってしまったし、きっと私には告げにくかったのだと……」

 徐々に、「心底呆れた」とでも形容すべき表情になる整った彼の貌…… だがもうここまで話したからには、最後まで理由を言わなければ……

「そこから想像したら、多分恋人の姿を見つけて、側に行きたかったけど、私が一緒で邪魔だったから…… 理由を付けて取り繕おうと…… あ、す、すまない。すべて私の勝手な想像なのだ!」

「…………」

「だ、だが、そう思えば、つらくないからと…… 嫌われたとか、迷惑だったとか、いろいろ……不安になるような理由を考えなくてすむから! あ、あの……あの……」

「…………」

 黙ったままのセフィロス。彼は怒っているようにも、あきれかえっているだけのようにも見えた。

「セ、セフィロス……す、すまなかった。勝手なことを口にして……」

「……やれやれ」

 ハァ〜……と、それこそ全身の力を脱力するような溜め息の音が聞こえた。実際、彼は張りつめた肩を落とした。

「あ、セ、セフィロス…… す、すまない…… す、すまない、勝手な話を…… わ、私の想像だけで……」

「……想像じゃなくて『妄想』だろ、そりゃ」

 声を出すのも億劫といわんばかりの物言いに、私は羞恥心で眩暈がしてきた。

「あ、す、すまない……」

「でもさァ、ヴィンセントの話聞いてると、彼が不愉快に感じるのももっともだと思うよ、セフィロス?」

「そ、そ、そんなッ……不愉快だなんて、ヤズー! だいたい、買い物ごときにわざわざセフィロスを……」

「一緒に行くって言ったのはこの人なんだよ、ヴィンセント。最初は俺が車で同行するつもりだったんだから」

「で、でも……」

 私のとりなしを無視して、ヤズーは一歩セフィロスに詰め寄った。

「ねぇ、セフィロス。あなた、買い物の途中でいきなり理由も言わずに姿を消したそうじゃない。ヴィンセントにしてみれば、そりゃ、何かあったのかと思うのが当然でしょう?」

「……だから言っただろ、急用だと……」

 そう弁解するセフィロスの物言いは、常の調子ではなかった。

「そんな言い方じゃよけいに気になるでしょ? 俺や兄さん相手には別にかまわないけど、ヴィンセントは真面目で繊細な人なんだよ。あなたのことを大切に思っていることも知っているよね? そういう相手にはそれなりの対応をしないとね」

「……チッ」

「あ、あの、もういいんだ、ヤズーも、セフィロスも。なんでもない、日常の出来事ではないか……」

 何とかこの場を納めようと、必死に言葉を紡ぐ。だが、口べたで頭の回らない私では、セフィロスとヤズーという、最強のふたりの言い合いを止めるのは難儀だった。

 

「ヴィンセント〜! お腹空いたーッ!」

 というクラウドの呼びかけ……というか悲鳴で救われたのであった。