LOVELESS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<29>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 ……いっぽう……

 

 俺と兄さんは全力疾走で美術館周辺をかけずり回っていた。

 ヴィンセントとジェネシスの後を、慎重に付けていったはずだったのだが、わずかな隙に彼らは姿を消していた。

 ヴィンセントは、もともと行動のゆっくりな人だし、俺たちを巻くような動きをする必要もないはずだ。まず尾行がついていたなんてことなど想像すらしないだろう。

 ……たぶん、ジェネシスだ。

 彼は気づいていたのだろう。ランチのときはともかく、この美術館は開放的な構造になっている。隠れて追うのは非常に難儀だったのだ。

 十分注意はしたつもりだったが、鋭敏なジェネシスには気づかれていたと考えるべきだろう。

 結局、美術館を見限り、外に飛び出した。

 目に付いた場所……居住区から近く、それでも一線を画しているようなところ……そして目下の丘陵を見つけたのだ。

 

 

 ……事の済んだ今から考えれば、結果的に俺たちは間に合ったことになるのだろうか。

 いや、違う。正確には間に合ったのはセフィロスだけだったのだ。

 俺たちも、もう少し早く到着することができれば……そう、兄さんが途中でトイレとか言ってくれなければ、彼に怪我をさせずにすんだのかもしれない。

  

 俺と兄さんが、ヴィンセントたちの居場所にようやく行き着いたとき、左胸をかばい、倒れ込んたジェネシスを、ヴィンセントが抱き上げていた。見た目には体格が違い過ぎるから、『抱き上げようとしてしがみついていた』ように感じられた。 

 そしてセフィロス。

 ネロが向けた銃口に、まっすぐとマサムネを突きつけ、両者の間に分け入って立っていた。彼が軽く息を弾ませているのは、本当にギリギリのところで駆けつけたからだろう。

 

 

 

 

 

 

「……おやおや。また邪魔をしてくださいましたね、保護者殿」

 のんびりとネロがつぶやいた。

 セフィロスが口を開く前に、血相を変えて背後から躍り出たのは兄さんだった。

「ネロッ!てめェ、ヴィンセントに何しやがった!」

「……ああ、君も居たのですね。相変わらず騒々しい子供だ」

「ぶっ殺す!」

 そう叫んで飛びかかるのを、セフィロスが叱りつけた。

「落ち着け、アホチョコボ! ヴィンセントは無傷だ」

「セフィ……!」

「今は、ヴァイスとDG連中への警戒を怠るな!」

 ヴィンセントの尋常でない様子を見て頭に血が上ってしまったのだろう。兄さんはぎょっとしたように、今になって背後に陣取ったヴァイスやDGに気がついた。

 彼は慌てて背中の大剣を構え、彼らに相対した。

 ……もっとも、気の毒ながら、俺の目から見て、とうていヴァイスに戦闘能力があるとは思えなかったが。

「おい……イロケムシ」

 ネロに対峙したままの体制を崩さず、俺にあごをしゃくってみせた。

「ああ、わかってる」

 すぐさま、ヴィンセントとジェネシスのところに駆けつけると、ようやくヴィンセントが顔を上げてくれた。

「ヤ、ヤズー? ヤズー……」

 ぎこちなく手を俺に差し伸べてきた。その手は血に染まり、細かく震えていた。

 何のためらいもなくその手を握りしめ、ヴィンセントを抱き込むようにして傍らに膝を付いた。

「ヤズー……」

「ああ、そうだよ」

「ああ……ジェネシスが……ヤズー……ジェネシスが……」

「うん、わかってる。必ず助かるよ、さ、ちょっと傷口を見せてね」

 そう言って励まし、俺は注意深くジェネシスの状態を見た。

 どうやら出血は左の上腕部らしい。遠目からだと左胸をかばっているように見えたから、心臓部への傷痕が不安だった。どうやらその心配はないらしい。不幸中の幸いだ。

「ヤズー……ヤズー……ジェネシスは」

「左腕だね、二発……弾は貫通しているよ。……大丈夫、銃弾は残っていない」

 ヴィンセントが必死に押さえていた部分を確認した。出血はひどいが弾は残っていなかった。

「血が……血が止まらないんだ……」

 ヴィンセントは自分の上着を折りたたんで、必死にジェネシスの止血をしていた。だがただ押さえているだけでは血は止まらない。弾は貫通しているが、傷口は深くえぐられている。

 そう……あのときと同じ……別世界の『セフィロス』が、赤ん坊を守って負傷したときと似た状況であった。

「ヴィンセント、そのまま腕を押さえていてね。肩のところ、縛るから」

 幸い、今日はパンツにベルトをしていた。それを外すと、ジェネシスの半身を固定し、一気に肩口を引き絞った。

「……ッ……」

 ジェネシスの口から低いうめきがこぼれ落ちた。きっと今のが気付けになったのだろう。ゆっくりとその瞳を開いたのであった。

「……あ、痛ッ……」

「ダメだよ、ジェネシス、力入れないでね。大丈夫、銃弾は貫通しているから」

「……ヤズー?」

「うん。災難だったね」

「いや、ヤズー……すまないな。俺は……まさか失神していたのか……?」

 呆然とした口調がおかしくて、こんな時なのに小さく笑みがこぼれた。

「やれやれ。やっぱり現役引退するとダメかなァ。この程度で……」

「こ、『この程度』ではないだろうッ! 君の腕が…… ああ、動いちゃダメだ! 血が

……」

「泣かないでくれ、女神。大丈夫、たいしたことはないさ」

 さすがに『たいしたことはない』ということはない。出血の量によっては、万一のことがあってもおかしくない深傷であった。

「そ、そんなはずはないだろうッ!? 頼むから私の気持ちなど気に留めないでくれ。楽にしていてくれ……!すぐに……すぐにでも医者に連れて行くからッ!」

 泣きながら叱りつけるヴィンセントに、ジェネシスは苦笑した。すると向こう側から声が飛んできた。

「テメェは昔から鍛え方が足りねーんだよ。クソ情けない野郎め、手間ァ掛けさせやがって」

 という追い打ちをかける、不届きな物言いはもちろんセフィロスだ。

 おそらく失神というより、貧血状態で意識が遠のいていたのだろう。ひどい脂汗は如実に苦痛の程度を表してはいたが、彼の口調は常とそれほど変わりはしなかった。