〜 あの懐かしき日々 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<29>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 神羅に居た頃……

 ……あの当時のことは、この男には何の関係もないのに。

 ただ聞いているだけでもつらいのか……それとも泣くことができないオレの代わりに涙を流してくれているようにも感じた。

 

「おまえが泣く必要はないだろう、ヴィンセント……?」

 彼はオレの言葉に、ただ首を振った。

「オレはただ事実を述べているだけだ。おまえ相手に話していたせいで、言わずともいい昔の話まで口にしたようだ。……本題から少し逸れたな」

 そう言ってごまかしたつもりだったが、やはりヴィンセントは顔を伏せたままだった。

 やれやれと思うが、わずかな間隙の後、オレは話を再開することにした。こいつには聞かせておくべきだと思ったから。

 

「話を戻すとな、つまりはそういった過去に、ガキのころのクラウドは対処しきれなかったんだ。いくら口では『仕方がなかった』と言っていたとしても、それは大人になったクラウドが、理性に訴えているセリフなんだ、わかるか?ヴィンセント」

「……君の……言っていることは……理解できる……」

 すすり上げながら、ヤツはそう答えた。

「今のアイツが過去のつらい経験を『やり直そう』とするのは、今現在が幸福だからだそうだ。……ヤマダーが言っていた」

「……今……が……?」

 途切れがちな声で、静かに確認するヴィンセント。

 そうなのだ。大事なのは今現在の在りようなのだ。

 今、このとき、クラウドが幸福であるという事実。それを守ることがなにより重要で、済んでしまった過去は、あの子が納得のいく形で昇華してくれればそれでいい。

 

 

 

 

 

 

「そうだ。この家でおまえに愛されて、穏やかに暮らせている現在が幸せだからこそ、つらい過去を思い出すことができる」

「……セフィロス……」

「幸福を感じられる今だから、当時の苦しかった思いを昇華しようとしているんだ。人間不幸のさなかに在ったら、そんな余裕はねーだろ」

 オレも言葉に、ヴィンセントは目を瞠ったまま、ただ頷いた。

「だから、おまえが不安に陥る必要はないんだ。そうだろう?」

「……セフィロス…… だったら、私は……? 私にできることはないのか? 何かしてやれることは……」

「言っただろう、ヴィンセント。あいつは今、この家で幸福なんだ。おまえが側に居て、あの子を大切にしてやっている。にぎやかなのが好きな子だから、思念体どもとの生活もまんざらではないのかもしれない。……オレがおまえに期待するのは、この環境を継続してくれることだ。今のクラウドのためにな」

「そ、そんな……そんなのはあたりまえのことではないか……」

「そのあたりまえのことが最重要事項だ」

「……だが……特に努力を要することでも、意識することでもないではないか…… 私自身がこの家を何よりも愛しているのだから」

 ごく自然に『愛している』という言葉が出るのが、いかにもヴィンセントらしかった。

 クラウドに逢う前に……いや、もし逢った後だったとしても、もう少し早くコイツと出会っていたら、オレはここまで物わかりのいい男で居られただろうか?

 ヴィンセントに、誰よりもクラウドを大切にしてやれなどと、口にすることができただろうか……?

 いや……それは、今考えるようなことではないな。

 

「そう……つまりはそういうことだ。おまえは何も悩む必要はない。このまま平穏な日常が続けば、徐々に時間が解決するだろう」

「山田医師がそう言ったのか……?」

「ああ。もし、またあの子が、無意識に昔のやり直しをしようとしたら、クラウドの思いを否定せず、ただ受け入れ、納得させてやればいいそうだ」

「…………」

「まぁ、言われてみりゃ、もっともだよな。気持ちの置き場が無くて『やり直し』をしているんだろうから、そのまま受け止めてやればそこで終わる。ごく自然なことだ」

「……そう……なのだろうな。昔のあの子の思いを否定しなければいいんだな」

 会得したのか、ヴィンセントはきちんとオレの目を見て頷いた。

「ああ。そういうことだ。だが、あいつの『やり直し』はオレに対してだけだろう」

「……セフィロス……」

「惚けたまま、オレの部屋に訪ねてきたのも、そう考えれば合点がゆく」

「…………」

「……心配だろうが、こればかりは、当時のアイツに関わっていないおまえにできることはない。さっきも言ったように、あの子の今現在の幸福を守ってやれ。……そいつが一番重要なんだ、誰よりもおまえが適任の役目だ。……ヴィンセント」

 そう告げてから、

「わかるな?」

 と言葉を足した。部外者として突き放していい立場にいる男ではない。

 今回の一件は、予想だにしなかったが、過去のオレの行動がすべての根元になっている。それは疑いようのない事実なのだから。

「……わかった」

 彼は静かに頷いた。

 もちろん、未だ不安はあろうが、部屋を訪ねてきたときのような怯えの色は消えていた。

 オレはヴィンセントに気付かれぬよう、そっと息を吐き出した。