In the middle of summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

「……ふふ」

 クラウドが小さく笑った。

「……ん? どうした?」

「ごめん。ありがと、ヴィンセント。いや、なんかね、セフィロスの姿でそういう言い方されると、おっかないっていうか、圧迫感があるっていうか」

「そ、そうか……? それはすまなかった」

「ううん、そんなこと、ないよ。ヴィンセント、かっこいい」

「え……? なんだ、それは……あ、ああ、この外見のせいだろう」

「セフィはおっかないからね。でも、同じセフィロスなのに、中身がヴィンセントだと、可愛くてカッコイイ」

 そんなふうにいうと、クラウドは「へへへ」と照れ笑いをした。

 

「おい、言いたい放題だな、クソガキ」

 がっしと背後から、クラウドの首を絞めつけて『私』の声でセフィロスが言った。

「ぐわッ! ちょっ……なにすんだよ、アンタは!」

 殴って振り解こうと手を挙げるクラウドだが、慌てて自重する。締めつける腕を掴み、必死に身じろぎするクラウド。

「もうッ!放してよ、セフィ!」

「ふふん、嫌なら逃げてみろ」

「ヴィンセントの身体、殴るわけにいかないだろ! おとなしくしてろよ、もうッ!」

 ……ああ、私の顔は、そんな表情もできるのか。

 ついついぼうっと見とれてしまう。

 セフィロスの入った私は、キツイ紅色の双眸をキリリとつり上げ、自信ありげに含み笑いをしている。いつもの面白みのない顔つきではなく、ひどく酷薄な印象にもなるのだと驚く。

 私の姿をしたセフィロスがクラウドにじゃれかかるさまを見ていると、なんとなく照れくさくなってくる。
 
 もちろん、『私自身』はそんな屈託のない行動を取ったことなどないから、現実とはかけはなれているのだろうが。
 
 そうは思っていても、私がクラウドと一緒にいるとこんなふうに映るのか……という参考にはなる図式だ。

 

「おい、貴様、なにをへらへらしてやがる。オレ様のツラで気色の悪い顔をするな」

 私の姿をしたセフィロスが、冷ややかな眼差しでこちらを見た。

「え、あ……あの……つい……」

「つい、なんだ、ボケ男」

「ちょっと、口悪いなぁ、セフィ! アンタの方こそ、ヴィンセントの姿でそんな口の聞き方すんなよ!」

 口をとがらせて、クラウドが私の代わりに応戦してくれる。

 

「ほう、じゃ、どんなふうにしゃべればいいんだ?」

 私の身体では制限が多くて、セフィロスも退屈しているのだろう。仕事で昼間はいないクラウドに、ちょっかいを出すのが楽しいらしい。

「ね、じゃあさ、俺の言うとおりにしゃべってくれる?」
 
 わずかに躊躇したのに、クラウドはそんなことを言い出した。明るい色の肌が、ぽっと紅くなる。

「いいだろう」

「えっとね、じゃ、『愛してる、クラウド』っつって」

 机に手をついて、セフィロス……もとい姿だけ私のセフィロスに向かってそう注文した。

 

「愛している……クラウド……」

 わざと情感たっぷりに言ってみせるセフィロス。いや、言葉にしているのは、『私の声』でだ。なんだかおかしな気分になってくる。

 

「うっわ、ドキドキする……」

 まるで私の心を代弁するかのように、クラウドがつぶやいた。見れば彼は頬をほんのりと染め、両手で胸を押さえている。

「フン、なんだ、この程度でコーフンするのか、ガキめが」

「だって……ヴィンセント、あんまり口に出してくれないから……特別なときだけだもん。そんなこと言ってくれるの」

「フーン、淋しい性生活を送っているな」

「性生活とかいうなッ! ね、ね、じゃ、次ね」

 さらに頬を上気させてクラウドが身を乗り出す。彼は本当に言葉が欲しい人なのだろう。この恥ずかしい茶番はいただけなかったが、もとの姿に戻れたら、もう少し口に出していうことにしようと誓う。

 

「ね、ね、こうやって髪かき上げて、『クラウド、キスして』ってゆって!ゆって!」

「ちょっ……ク、クラウド、よさないか……」

 あわてて止める私。リアクション付きのそんなセリフ、とても真顔で見ては居られない。だが、私の動揺がセフィロスの関心を引いたのだろう。

 彼は人の悪い微笑を浮かべると、

「よく見てろよ、クラウド」

 と前置きし、千両役者のような演技力を見せつけた。

 

 やや大げさな手振りで、『私』の髪に指を差し込む。額の生え際に、わざと乱暴な動作で、ざっくりと。

 それから、指先をすぅっと毛先まで滑らせ、黒髪がさらりと肩に落ちる。

 あろうことか、わざわざワイシャツの前ボタンを、ふたつみっつ外してみせ、上目遣いでクラウドを見つめた。

 

「……クラウド……キス……して?」

 

 『私の声』で、セフィロスがささやき掛ける。熱っぽく掠れた甘い声音で……

 私は頬がカッと熱くなるのを感じていた。

 

「ヴィンセント……ね?ね? しちゃダメ? ちょっとだけ、しちゃダメ?」

 うるうると瞳を潤ませ、私の姿をしたセフィロスにそう言うクラウド。、必死の面持ちから、彼がかなり真剣に希っているのだと知れる。

 どうやら年若い彼は、欲求不満が積もりに積み重なっているらしい。

「よ、よさないか、セフィロスも……そんな……私は……」

 

「ちょっと、セフィロス! 兄さんッ! ふたりともなにやってんだよ!」

 キビシイ口調で、割って入ったのは、最年少の子どもだった。

 カダージュが腰に手を当てて、ハーフパンツから細い足を踏ん張り、彼らの前にズンと立った。

 

「カ、カダージュ……」

「大丈夫だよ、ヴィンセント!」

 そんな頼もしいセリフを口にする。

「ヤズーがいないときは、僕が守ってあげるからね!」

「…………」

 こんな年下の子にまでかばわれるのは、正直ふがいなかったが、私はホッと胸をなで下ろした。

 

「どけ、クソガキ、貴様なんぞお呼びではない!」

 乱暴な物言いをするセフィロス。

「セフィロス! ヴィンセントのカッコでヘンなコトすんな! このヘンタイ!」 

 カタカナの多い言葉で、もろにセフィロスを責めるカダージュ。

「なんだと? 貴様がごときがオレに文句をつけるのか」

「セフィロスが悪いんじゃん! ヤズーと約束したんだもんねッ! 僕たち、ヴィンセントのこと守んの! いっつも、ご飯作って、お話聞いてくれて、やさしくしてくれるヴィンセントのこと守んだよッ」

 

「は〜い、よく出来ました」

 そう言って、パチパチと拍手しながら部屋に入ってきたのは、ヤズーだった。

 湯上がりなのだろう。長い髪を三つ編みにして、ガウンを羽織っている。

「あー、ヤズー!」

 カダージュがタカタカと走って、兄の後ろにくっつく。愛おしそうに少し低いところにある少年の頭を撫で、ヤズーが凄絶な微笑を浮かべた。