ニャンニャン。
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
Interval 〜02〜
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

 なんと、数刻後には、ヤズーが沸かしたミルクコップ一杯が無くなってしまった。

 

 彼女も満足したのだろう。綿から口を離し、甘えるようにヴィンセントの懐に顔を押しつける。

「お腹一杯みたいだね」

 カダージュがつぶやいた。

「震えてるの、止まったね。病気じゃなかったのかな」

 まだ心配そうなロッズ。

「眠ったみたいだし大丈夫じゃないか?」

 俺は言った。

 

「……そうだね。このまま様子を見た方がいいんじゃない? 具合が悪いようなら、明日、獣医さんに連れていこう」

 『俺、場所調べておくから』と言葉を付け足して、ヤズーが言った。

「ヴィンセント、ずっとそのままの格好で疲れただろ。どこかにその子の寝床作らなきゃな」

 俺は健気にも身動きひとつせず、彼女を抱きかかえたままのヴィンセントに声を掛けた。

「ああ、兄さん。俺、今、用意するから。新しいタオルと毛布出しちゃうよ、ヴィンセント」

「ああ、すまない、たのむヤズー」

 

 そんなやり取りの中、

「……ところで、そいつ、どうするつもりだ」

 冷ややかに訊ねてきたのはセフィロスだった。

「え……と、ああ……とりあえず、弱ってるの、放っておけないだろ」

 俺はもごもごと口の中でそう答えた。

 正直、ウチで飼いたいと考えていた。

 

 ……整った容姿に、黒髪……朱金の瞳……そして華奢な肢体、臆病でやわらかい、小さな声……

 勝手知ったる誰かを思い出さないか?

 

 そう、彼女はまるで、ヴィンセントの猫バージョンとでも言うべき資質を有していた。

 

 だが、仕事とはいえ、一番留守がちな自分が声を大にして、「飼いたい」などと言うわけにはいかない。どうしても面倒を見るのは家にいる人になってしまう。

 

「あ、あの……セフィロス」

 何か言葉を重ねられないかと思案していたとき、意外にも口を挟んできたのはヴィンセントその人であった。もちろん人間のほうである。

「か、飼っては……ダメだろうか? 面倒は私がきちんと見るし……」

「ハァ?」

「まだ……小さいし、クラウドが見つけてきたのも何かの縁だと思う……いけないだろうか?」

 ……というか、何故にセフィロスの許可をもらわなければならないのか。

 

 ぶっちゃけ、俺的には相当不愉快であったが、確かに、セフィロスは、ヴィンセントの次くらいに家の中にいることが多い。カダージュやロッズはしょっちゅう遊びに出歩いているし、ヤズーも家事はするが、ああ見えてそれなりに活動的だ。

 

 面倒くさがり屋のセフィロスと内向的なヴィンセントが、もっとも室内での滞在時間が多い人間なのだろう。

 

「……別に。貴様がいいなら、かまわないだろ。オレにとってはどうでもいいことだ」

「あ、ありがとう、セフィロス」

「ちょっ……なに、セフィに礼なんか言ってんの、ヴィンセント! ここは俺たちの家なんだぞ? ま、まぁ、建て替え分は、ちょびっと助けてもらってるけど」

 一応抗議する俺。最後が締まらなくなってしまったが。

 

「ホント! 飼っていいの? じゃ、ずっとこの子、ウチにいるんだね!」

「よかった〜、こんなに小さいんだもん。放って置かれたら死んじゃうよ」

 ……まぁ、誰だっておまえに比べれば小さいがな、ロッズ。 

 と、憎まれ口はともかく、お子さまふたりは大喜びのようだ。

 

「いいか、ふたりとも。あの子はまだ小さいからあまり構い過ぎちゃダメだぞ。疲れてしまうし、繊細な子だから怖がったりするかもしれない」

「はーい!」

「はぁ〜い!」

 ヤズーの言いつけをきちんと守ってくれれば、助かるが。

 

「……クラウド、この子の名前は? おまえが助け出してやったのだ。うちの一員になるのだから、きちんと名をつけてやらねば……」

「うん、もう考えてるよ。アンタの名前の一部もらって、『ヴィン』ちゃんね」

「…………」

 頬を染めて絶句するヴィンセント。

「いや……この子は雌だろう……?」

「いいじゃん。猫なんだし。それに可愛いと思うよ、『ヴィン』って」

 俺は言った。

 

「やれやれ、恥ずかしげも無く……これだからガキは……」

 ハァとばかりに溜め息をつき、両手をひらひら上げて茶化すセフィロス。

「いいだろ! だって、この子初めて見たときにそう思ったんだもん。つやつやの黒い毛並みでさ、目の色も似てるだろ? すっごく可愛いし……」

「まぁまぁ、ヴィンセントがかまわないんならいいんじゃない。本当に綺麗で繊細な子だし。愛着沸くよね」

 とヤズーがとりまとめてくれた。

 ヴィンセントは紅い顔をして照れてはいるが、もちろん不快そうには見えない。

 

 俺たちは、そっと『ヴィン』をバスケットに移してやった。即席の寝床だが、暖かな毛布でこしらえたそれは、彼女の小さな身体にぴったりだった。

 

 

                 ★

 

 

 こうして、俺の家に新たな家族が増えた。

 愛らしくて繊細な『ヴィン』は、あっという間に我が家のアイドルになった。

 

 ヤズーの厳命が功を奏したのか、お子さま二人組も、無理やり構ったり、おもちゃにしたりするようなこともなく、彼女が眠っているときは、忍び足で通り過ぎるくらいの気遣いを見せた。

 

 ……俺にとって、なにより不愉快なことは、『ヴィン』は、俺よりもセフィロスに懐いていることだ。

 ヴィンセントを慕うのはよく理解できる。なにより世話をしている中心人物だし、物静かでやさしい。

 だが、なぜ、俺よりもセフィロスなのか。

 これはどうしても納得できない。

 

 夕食後、俺と遊んでいても、セフィロスが雑誌を持ってソファにごろ寝すると、タカタカとそちらに走っていってしまう。

 ヴィンセントは、「セフィロスは家に居る時間が長いから……なじみも早かったのだろう」と言っていた。

 

 だが、でも、しかし、いやいやいや。

 

 やはり『ヴィン』にとっても、ヴィンセントにとっても、一番は俺でなければ気が済まない。

 子どもっぽいと笑うなら笑え。

 『ヴィン』が、セフィロスのやってくるのを待ちかまえていたように、早足で走り去ってしまうと、まるで、ヴィンセント自身まで、俺よりもセフィロスのほうがいいと思っている気がしてくるのだ。 

 

「……バカな、何を言っているんだ、おまえは……」

 呆れたように俺をたしなめるヴィンセント。

「だって〜〜……俺が拾ってきたのに……俺のふところで震えてたのに〜〜……」

「……クラウド」

「アンタに懐くのはわかるけどさ。どうして俺よりセフィなんだよ! セフィなんてウチに居るだけで、ほとんど『ヴィン』にかまってないじゃんか! 納得いかない!」

 俺の怒りを横目に、デカイ図体でふてぶてしくソファに寝そべっているセフィロス。その長い髪にヴィンがじゃれついて遊んでいる。

 時折、強く引っ張られるにもかかわらず、セフィロスは好きなようにさせていた。

 

「……その……セフィロスは、あまりしつこくかまわないし、胸が広いから、抱かれると安心するんじゃないだろうか」

「ヴィンセントも……?」

 俺はついつい恨みがましい眼差しで思い人を見つめた。

 

「クラウド……まったく……いいかげんにしないか。本当に子どもみたいだぞ」

「あれあれ、怒られちゃって」                                            

 ヤズーが俺を茶化しつつ、会話に割り込んでくる。

「ちぇ、なんだよ、ヤズー」

「もう、ホントに、兄さんはヤキモチ焼きだね」

「あの子とヴィンセントは別物でしょ。あまりワガママなことばかり言ってると、ホントに嫌われちゃうよ。じゃあね」

「う……ッ」

 俺が呻いている間に、さっさと台所に引っ込んでしまう。

 

「……くそ〜……あいつの一言……効くんだよなァ……」

 俺はやや大げさによろよろと立ち上がりつつ、つぶやいた。ヴィンセントが心配そうな顔をする。

「ク、クラウド……私もあの子も、おまえのことは大好きだから……そんな顔をしないでくれ」

「ヴィンセント〜……」

 ずるずるとくっつく俺をいなし、ヴィンセントはパジャマとガウンを押しつけた。

 

「ほら、早く風呂に入ってこい。今日は少し時間が早いから、ふたりで話をしようか」

 子どもを宥める、母親のような口調でささやくヴィンセント。俺の髪を撫でてくれる。

「うん……部屋、行っていい?」

「ああ、何か飲み物を用意して待っているから」

 やさしく、やさしく、ヴィンセントが言う。

「うん、俺、いちごミルクな」

 俺は子どものように注文をつけた。

 呆れたようにセフィロスが、溜め息をついてくれるが、そんなこと気にしない。

 『猫のヴィンセント』はセフィロスに懐いているのかも知れないが、人間のヴィンセントが、「部屋で待っている」と言ってくれるのは俺だけのはずだ。

 

 そうと決まれば、風呂などさっさと済ますに限る。

 はやくヴィンセントの側に行きたい。ふたりっきりになりたい。

 

 俺は急ぎ足でバスルームに向かった。