Radiant Garden
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<12>
 
 ジェネシス
 

 

「へぇ……なんというか、ずいぶんとメルヘンチックな世界だねェ。いや、たまたまこの国がそうなのかな」

 ほとほとと歩き続けると、水晶の道に、土が混じってきた。その先は石畳になっているらしい。

 ぽつんぽつんと小さな家が見えてくる。どれもこれも手入れが施された気配はなく、人の居なくなった当時のままに荒んだ雰囲気だ。

「ほら、セフィロス、見てみろよ」

 俺は今来た道の、向こう側にそびえ立つ城を指さした。

「ずいぶんとデカイ城だな」

 大した感慨もなくセフィロスがつぶやいた。

「とても美しいじゃないか。ああ、あんな城で女神とふたり暮らせたら……」

「くだらねー妄想はいいかげんにしろ。それより、ずいぶんと静かだな。そろそろ民家も見えてきているのに」

「確かにね。でも、このあたりはまだ水晶の道と近いからね。住みにくくて移動したんじゃないか?」

「……まぁ、そういうことも考えられるが……変だな、クラウドの話だと、もっと活気のある街だと思っていたんだが」

 セフィロスが怪訝な表情で周囲を見回した。

 おそらく、ここに来る前に、チョコボっ子から色々と話を聞き込んだのだろう。どうもそのイメージからズレがあるらしい。

「仕方ない。もう少し歩くぞ、ジェネ……」

「セフィロス!」

 

 ザガガガガッ!

 

 目の前の石畳が、埃を上げて飛び散った。

 炎を纏った紅の環が、俺とセフィロスの間を駆け抜けたのだ。

 

 油断をしていたわけではなかったが、何の気配も感じなかったのだ。

 『敵』はくるりと空で一回転すると、壁面の水晶を足場に、ふたたび飛びかかってくる。まるで全身がバネのような動きだ。

 黒いコートに紅い髪…… もちろん、この世界に着たばかりの俺にとってはまるで見知らぬ輩である。

 

「出会い頭にごあいさつだね。せめて斬りかかる前に名前くらい教えて欲しいな」

 どことなくタークスの誰かを彷彿とさせる男に、間合いを詰めて俺は声を掛けた。

 セフィロスもすでに正宗を抜き放ち、黒コートの退路を塞いでいた。

「……アクセルだ。殺すことが決まっている相手にわざわざ名乗る必要もねェだろ」

「ますますもって物騒なことだね。君と俺たちは間違いなく初対面だと思うが?」

 両手を広げて、やれやれと首を振ってやった。

 いかにもバカバカしくてやっていられないと言うように。

 

 

 

 

 

 

「まどろっこしいぞ、ジェネシス! テメーはどいてろッ!」

 遠慮無い怒鳴り声が響くと同時に、セフィロスはアクセルと肉迫した。正宗が水晶を反射し、鈍い光を放っている。

「どこのどいつと勘違いしているかは知らねーがな! 先に仕掛けてきたのは貴様だ。遠慮はしねェぞッ! うらァァァ!」

 目にも見えない剣撃が黒コートを襲う。炎の環がアクセルを守るように立ちふさがるが、それすらも唐竹割に弾き飛ばす。

「くっ……」

「おら、どうした! ぶった斬られるのを覚悟で向かって来やがれ!」

 セフィロスがこの上なく楽しげに挑発した。

 

 次の瞬間、環が地を蹴って、アクセルの両腕にからみつく。

「うおォォォォ!」

 獣のように咆哮すると、彼の身体中が火に包まれた。何もない地面が割れ、マグマのような炎が噴き出す。

「セフィロス、無茶するな!」

 一応声は掛けたが、そんなことで引く男でないのはわかっている。

 だが……この『アクセル』という男……尋常の輩ではないらしい。これほどの技を使うとは一体……

 例の13機関とかいう謎の集団なのだろうか。それともまったく別の存在か……

 

「さすがは死の大天使……! やっぱりおまえは邪魔だ!ここで殺して行くぜ!」

「ほざきやがれッ! こっちのセリフだ!」

 ガキンと、互いの武器がぶつかり合い、火花が飛び散る。

 それにしても何て熱気だ……! さきほどまでは寒いくらいの気温だったのに、アクセルの炎の力が、地を焼き、水晶を歪ませている。

 

 ……しかし、『死の大天使』というのは……?

 彼を見てそう呼ぶということは……こちらの世界の『セフィロス』はそんな名で呼ばれているのだろうか?

 

 ガキィィィン!

 

 セフィロスの長刀が、紅の環を叩き落とした。

 瞬座に間合いを縮め、あの体軀から繰り出される蹴りが、アクセルの腹にもろに入った。

「ぐあッ!」

 そのまま吹っ飛び、水晶の壁に叩き付けられる。

 二対一はセフィロスが嫌がるだろうと、手出しはしなかったが、どうやら結果オーライらしい。

 

「グハッ! ハァハァッ! ……くそ……強ェ……」

 正宗がアクセルの喉元に突きつけられる。

「おい、聞きたいことが山ほどある。全部しゃべってから死ね」

「誰が……しゃべるかよ……グオッ!」

 ゴッと鈍い音がして、アクセルが転がった。

 セフィロスが顔面を蹴り飛ばしたのだ。このあたりの遠慮のなさは、ソルジャーだった頃と変わらない。

 ズカズカとすすみ、黒コートの襟首を片手で吊り上げた。

 十分に立派な体軀をした男だが、セフィロスにかかればそこらの棒きれのような有様だ。

 

「アクセルとか言ったな…… テメェはいったい何者なんだ。どうして俺たちを襲う?」

「……グ……ハァハァ……ッ! クソッ!」

「さっさと答えろ! 『クソ大天使』とやらは何なんだ! なぜ、オレ様をそう呼ぶ!?」

 アクセルのだらりと下がった腕が、バッとセフィロスの手首を掴んだ。すると同時に、今はガラクタと化したはずの環が空を斬ったのだ。

 

「チッ!」

 セフィロスは小さく舌打ちすると、アクセルから手を放した。だが正宗を構える暇はない。

 俺は、その前に飛び出し、ふたつの環を叩き落した。

 

「悪ィが俺は消えるぜ。次に仕切り直しだ、『死の大天使』!」

「ヤロウ!」

 セフィロスが刀を拾いざまに斬りかかるが、アクセルの姿はすでに闇の中に消えた後だった。

「……クソッ、逃したか!」

 ガッと地を蹴って、くやしそうにセフィロスが吐き出した。

「おい、テメェ、くそジェネシス! 何をぼんやり見てやがった!敵の退路くらい塞いでおけ!」

「いや、退路も何も……今の消え方を見ただろう。普通の人間じゃなかった。おそらくあの男は、チョコボっ子の言っていた13機関とやらなんじゃないかな?」

「13……? ああ、そういや、そんな事を言っていたな。今のヤロウが……」

 

「その通りだ」

 

  ……瞬間……

 カツンという足音と、静かな声が響いて、俺たちは二方へ飛び退いた。

 だが、それは杞憂であったらしい。殺気はまるで感じ取れなかったからだ。

 

 そこに立っていたのは、湖の色の髪と瞳をもつ、涼やかな青年であった。