Radiant Garden
~コスタ・デル・ソル in ストライフ一家~
<42>
 
 KHセフィロス
 

 

 

 

 

(『死の大天使』よ……お目覚めであろうか)

 そこは真っ白な世界であった。

 私は、寝台のようなものに横たえられており、声は部屋全体から聞こえてくるような気がした。

 衣服はホロウバスティオンにいたときの、貫筒衣のままであり、身体に危害を加えられた形跡はない。

 

「……ここが……おまえたちの世界か……?」

 私は緩慢にそう訊ね返した。

(そう……ここは『忘却の城』)

「『忘却の城』……」

 何度か耳にしたその名を、口に出して繰り返す。

(あなたはその地下の部屋で眠っていたのだ……)

「…………」

(何も聞かぬのか、『死の大天使』)

「私は……『セフィロス』だ」

 どうでもよいことだが、慣れぬ名で呼ばれることに違和感があった。

 

(その名も知っている『セフィロス』……幻の剣士よ)

「…………」

(さぞ、貴公のノーバディは、優秀な我らの仲間となってくれよう)

「…………」

(だが、意志をもたぬ輩から、ノーバディを呼び起こすことはできない)

「……そう……か」

(『死の大天使』よ。貴公は自らの意志をもたぬのか。そのあまりある能力をもって成し遂げたい野望はないのか……?)

 

「…………」

(…………)

 私が何も口にしないことに、失望したのか、声の主は小さく息を吐き出したらしい。

『らしい』というのは、はっきりと聞き取れなかったからだ。

(まだ時間はある……我らの頭首が、いずれ貴公に逢おう。それまでは、静かにその部屋で休んでいてくれたまえ)

「…………」

(決して勝手に部屋から出ぬよう……貴公が自身の大切なものを失いたくなくばな)

 それだけいうと、ぷつりと声が途切れた。

 どこからか、マイクを使って話しているように感じた。

 

 

 

 

 

 

 寝台から降りると、なるほどこの部屋が地下室であるということはわかった。

 ひどく巧妙な草原の絵が、コンピューターグラフィックで描かれており、きちんと窓枠の中に収められている。側に寄って確認しなければ、高原の一軒家にでもいるような気分になってくる。

 わざとらしい白木づくりの寝台に、白いフローリング。必要のないカーテンまでついてて、すべてアイボリーのオーガンジー素材であった。白いペンキの塗られた、アンティークなクローゼットや化粧台なども置かれており、カントリー趣味の女性が好みそうな部屋だ。

 白いボアのスリッパを引っかけ、おもむろにクローゼットだのを引き開けてみる。

 中には、今身につけているような、丈の長い服がたくさん詰まっていた。それを閉じた後、扉のほうへ歩く。

 ひとつはサニタリーで、もうひとつは湯殿らしい。気味が悪いほど綺麗に整っている。バスルームはまるでプールのような作りになっており、女神が捧げた壷からは、絶えず新しい湯が流れ出ているのだ。

 

「13機関というのは……ずいぶんとお遊びが好きらしい」

 低くごちる。

 この私から、ノーバディなど生まれようはずもないのに。

 ……清潔で瀟洒な着替えに、いつでも使える湯殿……テーブルの上には、盛りだくさんのフルーツの盆まで置かれている。

 とらわれの身である私だが、まるで賓客をもてなすかのような扱いだ。ただひとつ、ここが地下の収容所であるというだけで。

 

 頭領のゼムナスという男とは、いずれ会うことができるらしい。

 ならば、しばしゆったりとした虜囚の身を楽しむとするか……

 

 そう考え、ふたたび、寝台に身を横たえたとき、ふと脳裏をよぎった影があった。

 額に傷跡のあるあの青年の顔だ。

 ダークブラウンの髪に、ダークブルーの力強い双眸。

 私の名を、何度も呼んでいた…… 『セフィロス』と。

 それに微かな満足を感じている自身に対し、少々呆れつつ、私はふたたび目を閉じた。