〜 Restoration<修復> 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 ヴィンセント・ヴァレンタイン
 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらずだねェ、兄さんも。ホント、可愛い」

 やれやれといったようすで微笑むヤズー。クラウドの口元から取ってやった米粒を、笑いながらついばむ仕草が艶めかしい。

「じゃ、ヤズー!ヴィンセント! 僕たちも遊びに行っていい?」

「お手伝い終わったよ!ちゃんと洗濯物干したよ!」

「ああ、気を付けてな。夕食までには戻るんだぞ」

 ヤズーがそういうと、彼らはきちんと約束を取り付けて出ていった。

 思うに……家に残っているヤズーを含め、彼らはきちんと『切り替え』ができているのだ。セフィロスのことを気にしつつも、その都度、気持ちを切り替え、毎日を過ごしている。それはとても健全で能率的だ。

 なぜなら、いくらくよくよと思い悩んでいても、セフィロスが帰ってくるわけではないし、だいたい『悩んでいる』ということにさえ、気付いてくれてはいないのだから。

 

 だが……きっと愚かしいと思われてしまうだろうが……

 こうして、彼のことを考え、心ならずも騙してしまった事実を後悔し、彼への謝罪を繰り返せば……こうして待ちながら時を過ごす、つらく苦しい時間に耐えれば耐えるほど、セフィロスが戻ってきてくれる日が早まるのではないかと思ってしまうのだ。

 私の苦しみを神が憐れみ、セフィロスを返してくれるのではないかと。

 だから、ヤズーやクラウドのように、ごくあたりまえの日常に戻り、彼らに合わせて笑ったり楽しんだりする気になれなかった。いや、しようとしても無理なのだ。

 食事の仕度をしていても、セフィロスは何を食べているのだろうか、とか……ヤズーがクラウドが酒を楽しんでいても、彼は暴飲暴食をしたりはしていないだろうか……とか。

 夜眠るときでさえ、きちんと睡眠はとっているのか心配になる。

 きっと、セフィロスにしてみれば、こんなふうにいちいち埒もない心配をし、肝心なときには迷惑ばかり掛ける私に、辟易していることだろう。

 でも……

「……ント、ヴィンセント?」

「えッ……あ……」

「お茶、入ったよ。カモミールにしたから。……気分が落ち着くよ?」

 聡いヤズーには、私の懊悩が読みとれているのだろう。だが、そんな様子をおくびにも出すことなく、彼はやさしく声を掛けてくれた。

「あ、ありがとう…… 気を使わせて……すまない」

「ふふふ、あなたのほうこそ、しんどいときは甘えなよ」

「……ありがとう」

 私は差し出されたカップを手に、ソファに座った。

 ヤズーもなんとなくとなりに腰掛けてくれた。

「ヤズー……あの……前から聞きたかったのだが……」

 そんなふうに私は話を切りだした。

 なけなしの勇気をかき集めて。

「そ、その……いいだろうか?」

「んー? なぁに?」

「あ、あの……ヤズーが以前働いていた……社交クラブがあるだろう?」

「うん。支配人さんのクラブのことでしょ?」

「あ、ああ。あの……どうして、そこで働くことにしたんだ? あ、あの、ホ、ホストという仕事のことを言っているのではない。それは実入りのいい仕事を選んだということで納得しているのだが……あの店を選んだのは……」

「ああ、そういう意味ね」

 わかったというように、ひとつ頷くと、ヤズーはあらためて私を眺め、にっこりと微笑んだ。

「ん〜、とは言っても、ぶっちゃけ偶然なんだよね、あそこを知ったのは」

「そ、そうだったのか……」

「女友達で、あの店によく行く子がいてさ。人づてに聞いたの。それで、ちょうどよかったから、その日のうちに訪ねて行ったんだよね」

「な、なるほど……」

「で、そこで支配人さんに会って、ああ、これは決まりって思って」

 うふふ、とヤズーが人の悪い笑みを浮かべた。

「…………」

「ほら、容姿はヴィンセントに似てるし、穏やかで賢くて綺麗でさァ。ずいぶん話もしたし、俺的には意気投合できたと思ったわけ」

「そうだったのか……」

「うん。あの人さ、いつも何か少し困ったような顔しててね。特に何かなくてもだよ? 芯はとても強い人だと思うけど、普段はなんとなく頼りなげに見えてさァ。この人のためになにかしてやりたい!って気にさせるんだよねェ」

「………………」

「ま、俺が店で働いたのは一ケ月足らずだったけど、けっこう楽しかったよ。支配人さんも思ったとおりの人でね」

「……そう……か」

「……どうしたの、ヴィンセント?」

 途中で私が黙り込んだせいだろう。ヤズーは不思議そうにこちらを覗き込んできた。

「あ……い、いや…… 彼は本当に魅力的な人だなと思って……」

「そうだねェ。あの人はモテると思うよ。けっこう目当てで通っている常連さんもいたみたいだったし」

「…………」

「でも、普段はあまりしゃべる人じゃないからね。皆、あまりしつこくはできなかったんじゃないかな。 ……そうそう、この前のネロの事件の時にさ、間一髪で間に合ったのって、支配人さんのおかげでもあるんだよ」

「え……?」

 これは初耳だった。

 あのときは、もう本当に、生きた心地もしなかったわけだから。それはクラウドたちも同じだったと言っていたが。

 人質にされていた彼を解放させ、私があの場所に残った……そこまでしか知らないのだ。カダージュに後を任せていたから、大丈夫だと思いたかったが、一体何度、無事に自宅に帰り着いてくれ願ったことだろうか。

「支配人さんね、カダに屋敷の見取り図を描いて渡してくれたんだよ。だからすぐに、あなたが捕まっている場所の目処も着いたし、脱出の経路も考えておくことができた。もっとも連中が飛行艇で逃げるというのは想定外だったけど」

「………………」

 『私が事なきを得たのは幸運だった』

 そう思っていた。

 そうではないのだ。今回もやはりそういうことではないのだ。

 セフィロス始め、家の皆が必死に救出を試みてくれたこと……そして、ごく普通の民間人である彼が、そんなふうに機転を効かせ、私を救うために尽力してくれたこと……

 どれもこれも『幸運だった』などというセリフでは片づけられない。

「……彼は……本当に聡明な人物なのだな」

 ぽそりと素直なセリフがこぼれ落ちた。独り言のつもりだったけれど、ヤズーの耳には入ったようだ。

「聡明……そうだね、あなたも賢い人だけど、彼もとても聡い人だと思うよ」

 そんな慰めに、私はゆっくりと頭を振った。

「いや……そんな比較にならない。本当に素敵な人物なのだな、彼は」

「ヴィンセント?」

「セフィロスにふさわしいと……私もそう思う」

 ヤズーは少し困惑した面持ちをした。たぶん、私が支配人さんのことを口にしたのは、セフィロスがらみで訊きたかったからだと理解したのだろう。

「あ、あのさ、ヴィンセント。セフィロスにふさわしいかどうかはともかくとして、まぁ大人同士なんだから。相性がよかったんでしょ」

「……セフィロスは、彼と一緒に暮らしたいのだろうか……?」

 恐る恐る私はヤズーに尋ねた。

 そう、本当は一番訊きたかったのは、それなのだ。

 私はセフィロスにこの家に戻って欲しいと思っている。私に対して怒りを感じているのなら、許してくれるまで謝罪したいと…… だが、もし、セフィロス自身の本音が、この家ではなく、『最愛の人と暮らしたい』だとしたら?

 私などにそれを止める権利があるだろうか……?

 

 以前、DG事件で気落ちしていた私に、彼は『ずっと側にいる』と言ってくれた。今、私はその言葉ひとつに縋っているようなものだ。

 だが、もし、彼に、最愛の人がいるのなら、その人の側近くに居たいと思うのが当然だ。

 私だとて、そういう関係にあるクラウドに望まれ、こうして生活を共にしているのだから……