Snow White
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<27>
 
 クラウド
 

 

 

 

「な、なに……?」

「シッ……」

 ヤズーが鋭く制した。

「おい、ヴィンセント女、クラウドをたのむぞ」

 セフィロスが俺を、白雪ちゃんのほうへ押しやった。

「……イロケムシ、石壁の向こうだ」

 低くつぶやいたのはセフィロスだった。びしょ濡れの姿のまま、腰から短刀を抜く。ヤズーは特に準備がなかったのか、俺たちが塔から降りてくる時に使用したダガーナイフを構えた。

「女。離れていろ」

 後ろを振り返らないまま、セフィロスが言った。

 ゴゴゴゴと低い地響きが続き、先ほどまで石壁であった部分が開いていった。ズシンズシンと何かの巨体が近づいてくる音。

 グオォォォォォーッ!

 と、咆吼を上げたのは、見上げるほどの巨体……まるでティラノサウルスのようなモンスターだった。

「あ、あの、壁の切れ目って……」

 この広間に到着したとき、不審に思った、石壁の切れ目……そして、錆び付いた血糊の跡。

 だだっ広い石の作りの空間は、処刑場でもあったのだ。

 それも巨大モンスターに罪人を喰わせるという、想像を絶する……

「やれやれ、ずいぶんと手回しのいいことだ。あの王妃のしわざか」

「まったくだねェ。俺たちが水牢から脱出したのに、いつ気付いたんだろう?」

「さてな。まぁ、おまえにそっくりのツラの女だ。これくらいの周到さは十分ありだろうな」

「顔が似てるだけなんだからね。やめてよね、そういうの」

 聞き慣れたやりとりが交わされると、セフィロスとヤズーは、タッと跳躍した。俺と白雪ちゃんから離れた場所で、モンスター・アルケノダイオスを迎撃する。

 しかし、普段とは勝手が異なる。

 セフィは正宗を持っていないし、ヤズーのベルベッドナイトメアだってない。おまけにふたりとも、長時間水に浸かったままで体力を奪われている。

「セフィ……ヤズー……」

 こぼれ落ちた言葉はほとんど呻き声になっていたのだと思う。俺を抱き締めている白雪ちゃんの細腕に力がこもった。

 こんな大事なときに働けないなんて……おまけに、女の子に守られてるなんて。

 情けなくて居たたまれないのに、前の前が霞んでくる。

 どうしよう、せっかく地下水牢から脱出できたのに、こんなところで足止めを喰らうなんて。

 おまけに、まともな武器もないところへもってきて、巨大モンスターとの対峙だ。

「……白雪ちゃん、放して。俺も……手伝わなきゃ」

 ポケットにナイフくらいなら仕込んである。そう告げた俺を、彼女はキッと見つめると、断固として頭を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 グオォォォォ〜ッ

 アルケノダイオスが首をもたげる。

 だだっ広く、地下とも思えない天井の高さのあるこの空間だが、まさかこんな化け物を飼っていただなんて。

 いったいここでどれほど哀れな罪人が、モンスターの餌食になったのだろう。

 赤黒く錆び付いた犠牲者の血痕を眺めながら、俺はそんなことを考えていた。

「ハァッ!」

 セフィロスが小刀一本きりを片手に、地を蹴る。襲いかかってきたモンスターを避け、その身体にナイフを突き立てた。

 しかし、キンと硬質な音が響き、小さな刃物ははじき返されてしまう。

「チッ……イロケムシ、こいつの表皮はキチン質だ」

「メルヘン世界に、この手のモンスターがいるとはねぇ」

 やれやれといったように両手を広げて頭を振るヤズー。こんな状況なのに、余裕のポーズは相変わらずだ。

「それじゃ、狙いは目しかないね、セフィロス」

「わかってんじゃねぇか。少々厄介だがな」

「俺たちを助けてくれた兄さんのためにも、がんばろ★」

 ヤズーがこっちを見て、にっこりと微笑む。俺も加勢したいのに、身体がいうことをきいてくれない。ハァハァと弾む吐息が、頬を赤く上気させているのがわかる。

「セ、セフィ……ヤズー…… ハ……ハァハァ……」

 喉が痛くて、くぐもったつぶやきになっていたが、セフィロスは俺の声に気づいたみたいだ。あからさまに眉をひそめ、ダメだというふうに頭を振った。

「イロケムシ、おまえ、引きつけろ。オレが殺る」

「また俺が引きつけ役〜? なんだか釈然としないなぁ」

「文句を言うな。手早く片付けるぞ。クラウドがヤバイ」

 ……ヤバくないって……このくらいなんともないってば。

 そう言いたいのに、声を出すのも億劫になっている。だんだん頭がぼんやりするだけでなく目の前も霞んでくる。

 滲んでくる風景の中、ヤズーが軽やかに跳躍した。セフィロスがそのすぐ後に飛びかかる。すごいコンビネーションだ。

 セフィがいろいろな人と共闘しているところは、子供の頃から何度も見ているけど、ヤズーとの相性はすごくいいみたいだ。

 瞼がどんどん重くなって、くっつきそうになったとき、空間を劈くような咆吼が響いた。続いて、ズシーンという巨体の沈む音。

 俺が意識を手放したのは、その直後であった。