Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<2>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 

「ええと……無事なのが、ヴィンセントの部屋と、俺たち、三人が使わせてもらっている客間……だけか。セフィロスのところもアウト?」

 食後の茶をふるまいながら、ヤズーが言った。

 もう、大分遅い時間になってしまっている。カダージュとロッズはすでに眠ってしまった。

 

「ああ、雨漏りがしている。幸い気づくのが早かったから大事には至っていないが」

「そ、そうか……クラウドの部屋も?」

 ヴィンセントが後を引き取るように続けた。

「うん。ベッドとかは無事だけど。デスクのほうがヤバイみたい。今はバケツ置いて凌いでいるけど」

「……ダイニング、リビングにもバケツ設置か……兄さん、これは大々的に手を入れるしかないと思うよ」

 ヤズーが言った。

 「思うよ」という言い方ではあるが、響きが断定的だ。

「……去年やっとけばよかった」

 俺はついボソリと愚痴をこぼした。

「今さら何を言ってやがる。ボケナスが。ったくおまえという子は本当に気配りの無いガキだな。備えあれば憂いなしって言うだろーが」

「うるさい! セフィに『気配り』なんて言われたくないね! アンタが勝手にやってきて、ドタバタしてくれるから忘れちゃったんだよッ! セフィのせいだ!」

「なんだと? もういっぺん言ってみろ、クソガキ!」

「あーあー、もう、兄さんとセフィロスはすぐこうなんだから。今はケンカなんてしている場合じゃないでしょ?」

 やれやれと言わんばかりにひょいと両手を上げて、ヤズーが口を挟んだ。

 

「いずれにせよ、今夜は適当に寝るしかないな。明日になったら、ホテルに移動だ」

 セフィロスが言う。

 コスタデルソルは観光地だから、リゾートホテルはたくさんある。このタイフーンの時期ならばガラ空きだろう。

「そうだね。いずれにせよ、大工に入ってもらって、壊れているところ、全部手直ししてもらわないと」

 ヤズーも頷く。

 

「……あんまし、お金がないよ」

 俺は多少躊躇しながらも、そう言ってみた。

「……そ、そうなの? 兄さん」

「全然ないわけじゃないけど、あんまり、無い」

「どうして早く言ってくれないんだよ。最初に言ってくれれば……」

 いかにも心外と言わんばかりにヤズーが声を上げた。

「ク、クラウド……そ、そうなのか……どうして……なにも……」

 ヤズーよりもさらに驚いたのはヴィンセントだったらしい。紅い瞳を丸く瞠って、俺に詰め寄る。

「ち、違うよ、ヴィンセント。無いわけじゃないんだけど、まとまった金額がないっていうか……」

「……クラウド……」

「だって、別に生活に困っているわけじゃないし。フツーにやっていけるんだからいいじゃないかって……」

「……ふぅ、どうやら、俺たち、居候のせいみたいだね、兄さん」

「そ、そんなこと言ってないだろ」

 俺は慌ててヤズーをとりなした。

「いいんだよ。俺、兄さんがなにも言わないから、そういう心配はないのかと思っていた。その……あまりこの世界の通貨の概念が……俺の頭にインプットされていないみたいで……」

 ヤズー、カダージュ、ロッズはセフィロスの思念体だ。

 『人』とは言っても、いわば、作り出された生命体である。赤子の頃から、この世界で生活し、社会の有り様を知っているわけではないのだ。

 

「……おい、服の釣り銭はどうした?」

 セフィロスが憮然とした表情で訊ねてきた。

 『チッ、ちゃんと覚えてやがる』

 俺はセフィロスを真似て、心の中で舌打ちした。

 

 セフィロスが最初にコスタデルソルにやってきたとき、俺は彼の日用品を購入するのを手伝わされたのだ。

 ……というか、ほとんど俺がさせられたのだが。

 その時、セフィロスは片手で持てないような札束を無造作に放り投げた。もちろん、釣り銭は商品の値段よりも遙かに多い。

 興味なさそうに「いらん」という彼から、押しつけられたそれを俺が受け取ったのである。

 

「ああ、アレね」

「アレだ」

「……ヴィンセント名義の定期にしました」

 俺は敬語で答えた。

「……ハァ?」

「ク、クラウド? な、なんの話を……」

 おろおろと俺とセフィロスを交互に見るヴィンセント。

「いいの、ヴィンセントは知らないことなんだから」

「おまえなぁ……」

 セフィロスが何か言いたげに口を開く。

「だって、アレは、俺とヴィンセントの将来のためのお金だから」

「俺がやったんだろうがッ!」

「アンタが捨てたのを拾ったの」

「ク、クラウド……セフィロス……」

「まぁまぁ、待ってよ、ふたりとも。じゃ、とりあえず、そのお金は当てにできないね」

「うん、当てにしちゃダメ」

「……クソガキが……」

 セフィロスは、ハァ……とばかりに盛大なため息をついた。

 

「ねぇ、家の修理って、どれくらい時間がかかるものなの?」

 声をあらためて、ヤズーが俺たちに訊ねてきた。

「……そ、そうだな……程度にも寄るだろうが……一ケ月くらいはかかるのだろうか……」

 思案深げにヴィンセントがつぶやく。

「うーん、まぁ建て替えじゃないからね。サウスエリアに、腕利きのフィガロ商会ってトコがあるから、あそこの兄弟なら二週間でやれちゃうんじゃないかなァ」

 俺は、よく荷物の配達で立ち寄る、南の大きな工務店を思い浮かべた。

 

 コスタデルソルから陸続きの南部地方は、一部が砂漠になっていて、人口はまばらだ。その地域での建築を一手に引き受けているのが、腕利きのフィガロ商会である。

「でもなぁ、腕はいいし、仕事も速いんだけど、値もけっこう張るみたいだからな」

「いいじゃない。そこに頼んでよ、兄さん」

 あっさりとヤズーが言う。

「だから、腕はいいけど、高いんだって」

「支払いって、前払い?」

「まさか、仕事終わってからだろ。多分、分割も可能だと思うけど……」

「そう、じゃ、それでいいや」

「おいおい、ヤズー。それでいいやって……どうやって支払うんだよ。……定期は解約しないぞ」

 ヴィンセント名義の定期預金は死守する俺。

 

「ク、クラウド……」

 ヴィンセントが、困ったように、俺の服を引っ張るがそこだけは譲れない。

 先立つものがなければ、俺たちの将来に不安が残る。

「大丈夫。俺、できないことは請け負わないから。任せてもらえない? これだけ世話になってるんだし」

「そ、そりゃ……そうしてもらえれば……すごくありがたいけど……でも、ヤズー、弟だし……一方的に頼るのは……なんか……」

「ふふふ、ありがと。お礼はその言葉だけで十分だよ、兄さん」

 ひどく艶やかに微笑むと、ヤズーはさっさと立ち上がり、「おやすみ」と一言だけ残して、自室に引き取ってしまった。