Summer storm
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<21>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちしておりました、お客様」

 

 相変わらずクソ几帳面な男だ。

 昨夜と同じく、一分の隙もないスーツを身につけ、店の支配人が深々と頭を下げた。

 こんなところまで、ヴィンセントに似ていると、さすがに可笑しくなってくる。

「気を使うな。今日は客というわけではないのだからな」

 オレは言った。

「いえ……このような形でご助力いただけるとは望外の恩恵です。この度はご迷惑をかけて、誠に申し訳ございません」

「迷惑というなら、うちのイロケムシのほうだろ。おまえは何も悪くない」

「い、いえ……」

 あくまでも恐縮する青年の代わりに、ヤズーが口を出した。

「まぁ、モノの言い方は気にくわないけど、今回は彼の言うとおりだから仕方ないね。ごめんなさい、支配人さん。俺もできるかぎり協力するから」

「まぁ、そういったワケだ。そしてコイツがヴィンセント。イロケムシの代わりだ。今日一日、好きに使ってくれ」

 オレは、緊張してカチコチのヴィンセントを、ぐいと前に押し出した。

「ちょっ……セフィ……アンタなッ!」

「黙ってろ、ガキ」

 こちらのやり取りをよそに、ヴィンセントが自分によく似た男に声を掛ける。

 

「こんな私にヤズーの代わりが務まるとは思えないが……精一杯努めるつもりだ。よろしくお願いする」

「こちらこそ、ヴィンセント様。では、早速で恐縮ですが、準備をお願いできますか」

「え、ええと……それは、なにをすれば……」

「衣装を整えますので、どうぞこちらへ。それでは、皆様は客室のほうでおくつろぎください」

 後は手慣れたものなのだろう。

 黒髪の支配人は、ヴィンセントを促し、奥の部屋へ入っていった。他にもスタッフがいるのだろう。打ち合わせの声などが聞こえてくる。

 オレたちはスタッフルームのとなりにある、小綺麗な待合いに通された。十分贅沢な応接と、ミニバーがついている。目立たないように、壁面に作りつけの観音開きがあるところを鑑みるに、おそらくここも衣装部屋として使用することが出来るのだろう。

  

 器用に松葉杖をチェストに立てかけ、ヤズーがソファに腰を下ろす。

 オレは適当にバーを漁り、好みを酒を片手に座った。

「あ、セフィロス、俺にももらえる?」

「ハァ? 生意気な」

「怪我人にはやさしくしてよ。アナタの選ぶの、美味しいんだよねェ」

 

「ちょっ……アンタら、何くつろいでんだよッ!!」

 クラウドのガキが、こちらをキッとにらむ。

 さきほどから、うろうろと室内を歩き回っているのだ。

「兄さん、ちょっとは落ち着いたら?」

「これが落ち着いていられるかよッ! ヴィンセントがホストだぞ? あいつは箱入りなんだよ! ようやく慣れてきたけど、まだまだ人見知りが激しくて……そのくせ、頼まれると嫌って言えないし……」

「ほぅ、言い寄られると断れないのだな。覚えておこう」

「おい、セフィッ! アンタなぁ!」

「だから貴様はガキだと言うんだ。こんな衆目の中でトラブルになるわけないだろ」

「……そ、そりゃそうだけど……でも……」

「ビジネスの話もってことは、どうせ今日の客だって、そこらの小会社の社長かなんかだろ」

「…………」

「だいたいあの男は、もとタークスなんだ。いざ、身に危険が及べば、十分応戦できる実力はあるはずだろーが」

「……わかってるけど……」

 それでも思案顔で、ようやくソファに腰を落ち着けるクラウド。

 

「やれやれ、兄さんは本当にヴィンセントのことが大切なんだねェ」

「あたりまえだろ」

「口にできるっていうのは、素敵なことだよね」

「おい! この際だから、ふたりにハッキリ言っておく!」

 唐突に前置きすると、クラウドはだらしなくくつろぐ、オレとイロケムシの前に、ズンと立ちふさがった。

「なんだ、ガキ、鬱陶しい。おまえも座って酒でも飲め」

「ヤダなァ、セフィロス、それじゃ酔いどれオヤジだよ〜、アッハッハッ」

「聞けってばッ!」

 クラウドはオレたちを一喝するとすぐさま続けた。

 

「セフィロスもヤズーも、ヴィンセントのこと気に入ってくれてるのは嬉しいけど、ある一定レベル以上は親しくすんなよ! 最近、ふたりともヴィンセントにかまいすぎだぞ!」

「ハァ? なに寝ぼけたこと言ってやがる」

「そうだよ、心外だなァ。ヴィンセントはみんなに親切でしょ? だから、こっちもそれ相応にやさしく……」

「アンタらのは、やさしくじゃなくてヤラシクなんだよッ!」

 激昂するクラウドをよそに、コンコンと軽いノックの音が室内に響いた。

 こちらから空ける前に、ドアが開き、身支度をととのえたヴィンセントと支配人が入ってくる。

 

「お疲れ様。わぁ、綺麗に仕上がったじゃない、ヴィンセント」

 開口一番ヤズーが言う。

 この時点で、すでに出遅れているクラウド。何をしているのかと思えば、ぽかんと口を開けたまま、ヴィンセントを見つめている。まったく情けないガキだ。

 当のヴィンセントは、所在なさげな様子であったが、ヤズーのいうとおり、姿形は文句のつけようがないほどに決まっていた。

  

「ほぅ、いい出来だ」

 オレも素直に感想を述べてみた。

「そ、そうだろうか……」

「うんうん、とっても綺麗だよ。自信もってヴィンセント」

 ヤズーが言う。使えないガキは惚けたままだ。

 

 おそらく支配人の見立てであろう。

 深紅をさらに深くした、ダークレッドのスーツ。腰には目立たないシルバーグレイのサッシュ。胸元のこしらえは、上質な光沢のアスコットタイのみで、ヤツの瞳と同じ色……ルビーのついた飾りピンで留めていた。

 少しくせのある髪を耳の後ろでひとつにまとめ、黒の細いリボンで括っている。
 
 前髪はウォーターグリースで形作っているのだろう。なめらかな曲線を描き、鬱陶しくない程度に額に掛かっていた。

 

「ヤズー、基本的なことを教えて差し上げてください。私はもうホールに出なければなりませんので」

 支配人が言った。

「わかりました。大丈夫、任せておいてください」

「はい……よろしく頼みます。特別席のお客様は21:00ちょうどにお見えになられます」

「承知しました。……あ、店長さん」

 きびすを返した黒髪の男を呼び止めるヤズー。

「眉間にシワ寄ちゃってる。そんなに不安そうな顔しないで。大丈夫、俺も居るし、なにかあったら、いくらでもフォローできますから」

「……あ……ありがとう、頼みます」

 そういうと、律儀にも、オレたちに一礼し、支配人はフロアへ降りて行った。

 

「21:00……あと三十分しかない。ヤズー、頼む」

 ヴィンセントが真剣な声で言った。

 衣装に合わせた、薄化粧のせいだろう。いつものような惚けた感じはせず、深紅……ダークレッドの衣装によく似合う雰囲気に……さながら闇の国の王子……といった風情に仕上がっていた。
  
 「王」ではなく「王子」なのは、ヤツはトップを張るには貫禄が足りないからだ。

 

「兄さん、こっちに座って、セフィロスの向かい。お客の役ね」

「…………」

「ちょっと、兄さん、聞いてるの?」

「え……あ……、いや、ヴィンセント……すごい……キレイ……なんか、俺……胸、苦しくなっちゃって……」

「ク、クラウド……」

「まだそんなことを言ってるのか、クソガキ。だからおまえはいつまで経っても乳臭いんだ。さっさと言われたとおりに動け」

 俺がキツイ口調でそういうと、ようやく正気づいたように、「ええと、何だっけ?」などとヤズーに聞き返していた。
 
 相変わらずクラウドは、手間のかかる子どもそのものであった。