Summer Vacation 
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<8>
 
 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 先ほどよりも、注意を払って、そっと部屋の扉を開ける。

 カダの眠りは常人よりも遙かに深い。あまり気にする必要はないのだが、同じ部屋で眠ることの多い俺は、もうくせになっている。

 

「……ヤズー?」

「……カダージュ? すまない、起こしたか」

 俺は言った。めったにないことに、少し慌ててしまう。

 

「どこ、言ってたの?」

 拗ねたように尋ねるカダージュ。

「あ、ああ、ちょっと外にな」

「…………」

「悪かった。おまえに言って行こうと思ったんだが、急いでたし、姿が見えなかったから……」

「……ヤズー、お風呂、入ったの?」

「え? あ、ああ、今、あがったところだ」

「じゃ、もう用はないんだよね。一緒に寝てよ」

 カダージュが言った。いつもの奔放なもの言いではない。どこか、伺うような神妙さがある。

「……ああ」

 多少のとまどいを覚えつつ、俺はカダージュのとなりに滑り込む。幸い、この部屋のセミダブルベッドは、かなりの横幅があり、男二人で横に並んでも、それほど窮屈ではない。ロッズのほうは、続きの別室で休んでいるのだろう。

 

「ヤズー……」

 となりで横になっているカダージュが、ぎゅっと俺の夜着を掴んでくる。この子は不思議なほど人恋しがる。俺などは同じ思念体でありながらも、どちらかというとひとりで過ごす時間の方が好きなくらいなのだが、カダージュは絶対にダメだ。

 必ず、目に見えるところに、誰か居ないとパニックを起こす。

 ぎゅうぎゅうと胸元にしがみつき、懐に身体を押しつけてくるカダージュ。

「どうした、カダ。寂しかったのか?」

「だって……ヤズー、知らない間にいなくなっちゃうんだもん……」

「悪かった悪かった。ちょっとセフィロスとな……」

「セフィロス?」

 カダージュの声音が変わった。

「なに? セフィロスになんかされたの? 俺のせい?」

「違うよ、カダ。少しだけ彼と話をしてきただけだ。それにヴィンセントも一緒だったし」

「…………」

「ほら、もう機嫌を直して」

 俺はそう言うと、俺よりも一回り細い身体を抱きしめ、髪を撫でてやった。

 

「ねぇ……」

 ふたたび、カダージュが口を開く。

「ん?」

「ねぇ……ヤズーはずっと、俺の側に居てくれるよね? 兄さんとヴィンセントみたいにさ、ずっとずっと……俺から離れたりしないよね?」

「もちろんだろう。俺たちは兄弟なんだから」

「……兄さんとヴィンセント、兄弟じゃないのに、なんであんなに近くにいるんだろ。ずっと一緒に居るの? 兄さんは兄弟よりもヴィンセントのほうが好きなの?」

「……それは……」

 俺は説明のための言葉を捜した。

「……それは……そうだな……兄弟よりも大切な人が出来てしまうこともあるんだよ。兄さんにとっては、それがヴィンセントだったんだろう」

「……ヤズーも、いつか兄弟より大切な人が出来ちゃうかも知れない?」

 微かに怯えを孕んだ目で、俺を見上げるカダージュ。

「……俺はカダが一番好きだよ。だれより大切に思っている」

「……ホント?」

「ああ、本当だよ。いつもそう言っているだろう?」

「……うん、でも……」

「どうした? カダらしくないな。俺が今までおまえにウソついたこと、あるか?」

「ううん」

 カダージュは頭を横に振った。

「でも、セフィロスに逢って……何だか色々怖くなっちゃった」

「どういうことだ? 今の話とセフィロスと何か関係があるのか?」

「……そうじゃないんだけど……なんだろう? 前は……兄さんたちと逢う前は、全然そんなこと思わなかったのに……今の方が楽しいくらいなのに……たまにすごく怖くなる」

「カダージュ……」

「僕の知らないところに落とし穴があって、ひとりぼっちで落っこちゃって……ヤズーもロッズも、兄さんも気づいてくれなくて……いつか、みんな、僕が居たことなんて、忘れて、普通の、あたりまえの毎日を送ってるんだ。でも、僕はなんとかして、みんなのところに帰りたくて、一生懸命、そこから出ようと穴をよじ登ったり、大声をあげたりするんだけど、誰も気づいてくれなくて……そして……ずっとずっと……長い年月が経って、僕は白い骨になって……」

「カダ、もうよせ。そんなこと考えるんじゃない」

 俺はできるだけ、やさしい声でカダージュの言葉を遮り、彼の身体を抱く腕に力をこめた。

「ヤズー……」

「俺がおまえに気づかないなんてこと、あるわけないだろう? カダの姿が見えなくなったら、どこへだって捜しに行くさ。たったひとりでも、おまえを見つけるまで、俺は捜し続けるだろう」

「うん……」

「どうした? セフィロスに会って、少し気が高ぶっているのかな。安心しろ、いつでもおまえの側には俺がいる。こうして抱きしめてやる」

「うん……」

 俺の胸元で、カダージュは小さく頷いた。

「ヤズー……」

「ん……?」

「ヤズー……僕のこと好き?」

「ああ、もちろんだ。いつも言ってるだろう?」

「兄さんがヴィンセント好きみたいに、好き?」

「……カダ……」

 俺は暗闇の中で、人知れず瞠目した。

 わずかに間隔を開けて、ふたたびカダージュが口を開く。

 

「ヤズー、……いつもみたいに、して?」

「カダ……」

「ねぇ……ヤズー……」

「……ああ」

 俺は『いつものように』、そう応じた。