うらしまクラウド
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<9>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 

 

「……どうした? なにをそんなに怯える……」

 頬に張り付いた髪を、そっと指先で撫でつけ、問いかける。

「…………」

「……こうされてもまだ怖いか……?」

 本物には掛けたことなどないほど、甘い声音でささやきかけてやる。

 ……酒のせいだろうか。

 ついつい、悪戯心が疼いてくる。

 石像のように硬直した小さな身体を、ガウンの中に抱き込んでやり、しなやかな筋肉のついた……それでもずいぶんと細く感じる肩を包み、オレは『クラウド』の前髪に接吻した。

 

「……フフ、どうだ……?」

「…………あ、あの……」

 俯いた耳元と、パジャマから伸びる首筋が、気の毒なほど真っ赤になっている。

 ……おかしな気分だ。

 まだ神羅に居た頃、幼いクラウドを相手にしていたころのようだ。

 

「……フフン……もったいないことをしたのかもな……」

「……え……?」

「……『クラウド』を手放したこと……ああ、いや、独り言だ」

「…………」

  腕の中の『クラウド』は、息をひそめ、意味などわからないであろうオレの言葉を聞いていた。

 ……そろそろ肝心な質問をしてみたい。

 

「……ところで……昼間はオレを見て、ずいぶんと怖がっていたようだったが……」

 と、口火を切る。

 途端に狼狽する『クラウド』。

「あ、あのッ……ごめんなさい! オ、オレ、自分の知ってるセフィロスだと思って……! よ、よく考えれば、違うって、わ、わかるはずなのに……! ごめんなさいッ!」

「フ……別に咎めているわけではない」

 泣き出しそうな顔つきで、オレを見上げる。

 いや、すでに深いマリンブルーの瞳には、水滴が揺らめいている。

「どうした……? おまえの世界の『セフィロス』はそんなに恐ろしいのか……?」

「……オレ……オレ……」

 震える声音で必死に言葉を紡ぐ『クラウド』。

 長い睫毛に、涙の粒がからみつき、それはポロポロと頬を伝ってこぼれ落ちた。

 脅かさないよう、わずかに腰をかがめて、それを唇で吸い取ってやる。

 

「オレ……セフィロス……裏切ったの……かも……」

「…………」

「……セフィロス……怖くて……」

「…………?」

「セフィロス……怖くて……ずっとオレ……セフィロスしか……いなくて……でも、セフィロスはオレのこと……」

「…………」

 ふところに抱かれたまま俯き、ひっくひっくとしゃくりあげ始める。

 気が高ぶっているせいか、要領を得ない。

 

「オレ……オレのこと……セフィロスだけ……か、かまってくれて…… オレには……セフィロスしかいなかったけど……でも、セフィロスは……いつもひどいこと……して……オレなんて……ただの飽きたオモチャみたいに……放っておかれて……」

「…………」

「でも……好きだって……いうの。……オレ、オレ、もう……どうしていいのかわかんなくて……側居られなくて…… オレ……怖くて……どんどん変になっちゃって……フ、フツーの人じゃなくなっちゃって……セフィロスから逃げなきゃって……」

 ゲホッゴホッと涙に噎せ返る『クラウド』。

 黙って耳を傾けるものの、具体的な経緯はほとんど理解できない。

 

「……『セフィロス』はおまえを可愛がってはくれないのか?」

 真っ赤になった耳朶を噛むようにささやきかける。

「……そ、そうして……くれるときも……あ、あるけど……でも、いつもじゃない。セ、セフィロスは……きまぐれで……ざ、残酷で、オレの方から、そ、側に行っても、突き放されるし……でも……オレ……」

「…………」

「……おまえは『セフィロス』が好きなのか……?」

 ふたたびオレは語りかけた。

「……好き? ……好き……わ、わかんない…… でも、オレにはセフィロスしか……いなくて……他には誰もいなくて……」

「……誰もいない?」

「オレ……ヘンだから……ヘンにされちゃったから……普通の人じゃ……もう……ダメで……」

「…………」

「セフィロスだけしか……ダメみたいで……でも……レオンは……違うから……」

「……『レオン』?」

「レオンだけは……わかってくれて……オレのこと……受け入れてくれて……レオン……フ、フツーの人だけど、オレでいいって……」

「ああ、よしよし。……少し、落ち着け」

 オレは話を聞くのをあきらめた。

 これ以上、無理に尋ねようと思っても、おそらく要領を得ないままだろう。

 人事不省に陥ったのは昼間のことだ。まだまだ気が高ぶっている様子だ。

 

 息を引きつらせ、激しく上下する背をさすり、安心させてやる。

 夜半を過ぎた月明かりが、オレの髪を透かし、『クラウド』の金の髪を煌めかせた。

 

「……セ、セフィロス……?」

「フ……やれやれ、どこの世界に行っても『クラウド』は手間がかかるようだな」

 ガウンごと頼りない肩を抱きしめ、白い額に……そして腫れた目元に口づける。

「……あ」

 彼は小さな声を漏らしたが、為すがままで抗いはしなかった。

 年齢は、もとのクラウドと変わらないはずなのに、腕の中の身体は、ずいぶんと小作りに、華奢に感じる。

 ……そう、まるでこの子が十五、六だった頃のように……

 

「……ごめん……なさい…… し、知らない人……なのに……」

「フフン……つれないことを……知らない者同士ならば、これから知り合えばいいだろう?」

「……え……?」

 未だにビクつく身体を抱き上げ、傍らの寝台に放り上げる。

 ああ、もちろん、乱暴にではなく、十分、注意を払ってだ。

「……あッ……」

 掠れた声があがる。それでもやはり驚かせたようだ。

 

「……セ、セフィロス……?」

「……安心しろ。なにもしない……」

「…………」

「ただ、こうして……」

 固く身を縮める『クラウド』を、ふたたび懐に抱き寄せた。

 

「……? セ、セフィロス……?」

「ふふ……こうしてな……オレに慣らせてやろう」

「…………」

「……怖いか?」

 耳元に口を近づけ、低く訊ねると、『クラウド』はゆっくりと頭を横に振った。

「……フフ、いい子だ」

「…………」

「安心して眠れ、クラウド……」

「…………」

 黙ったまま、彼がコクンと頷いたように思えた。

 

 横になると、一挙に睡魔に襲ってくる。

 ……ああ、考えてみれば、オレはつい先ほどまで外に出ていたし、アレのところで、してきたことを考えれば、そこそこ疲労しているのも頷けるというものだった。

 

 ふところの『クラウド』も微動だにしなくなった。

 やはりこの子も疲れていたのだろう。……肉体と言うよりも心のほうが、だ。

 

 オレたちは、そのまま泥のように眠り込んだらしい。

 

 オレの目覚めは家の中でも早いほうなのに、翌朝は、家人に起こされるまで気付かなかったほどに……