うらしま外伝
 
〜招かれざる珍客〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 

「ん……」

 細い腕をオレの胸元に突っ張らせたが、口づけが深くなるとそれはすぐに力を失った。

 貪る角度を変え、逃げる舌を吸い上げ、口腔を愛撫する。

 ツラが似ていると嗜好も似るのか、彼もヴィンセントと同じように身体を重ねる行為以上に、こうした深い口づけを好むようであった。

「……ん……あ……」

 解放した口唇から、ぬるりと銀の糸が引く。

 深いワイン色の双眸が、濡れて輝いているのは、もう彼が充分に興奮していることを表しているのだろう。

 薄い背に腕を回し、頽れないよう身体を支えてやると、とろけた眼差しがオレを見つめた。

 ふたたび口づけを交わし、今度はゆっくりと頬に耳朶に唇を滑らせ、喉を強く吸う。服の上から下肢に手を這わすと、切なげに眉が寄せられた。

「あ…… ダメですよ…… こんな……」

 真っ昼間の店の中だ。

 カウンターは店の奥とはいえ、出入り口は道路に面している。いつ馴染みの業者が出入りしてもおかしくはない、夕暮れ時……

「セフィ……ロス……」

「どうする。やめるか?」

 答えはわかっているが、あえて訊ね返す。さっきの仕返しだ。

「……あ、貴方は……意地が悪い……です」

「心外だな。希望を聞いてやっているというのに」

 喉の奥で嗤ったのが、聞こえたのだろう。濡れた双眸に光が戻ったが、それは一瞬のことだった。

「……どうする?」

「……や、やめないで……ください。はやく……」

 ベストを床に落とし、ワイシャツのボタンを手繰る。それさえももどかしいのか、細い指がねだるようにオレの腕を引き寄せた。

 力の抜けた身体を抱き上げ、テーブル席のソファに運ぶ。

 カウンターテーブルで料理するのも面白いと思ったが、固くて冷たいそいつは使いにくそうだった。

 高級クラブらしく質のよい巨大なソファが、彼の体重を受け止める。

 招くように差し出された腕に応え、身体を沈めようとした、そのとき……

 

 ピピピピピピ……ピピピピピピ……

 

 不愉快な電子音が、甘い空間を遮った。

「……セフィロス……け、携帯……」

「チッ……無粋な。放っておけ」

 オレはそう吐き捨てた。

「で、ですが……ヴィンセントさんかもしれません……」

 彼が言う。

 そっくりと似たツラの支配人がヴィンセントのことを口にするのは、妙に落ち着かない気分にさせられたが、彼は気づくまい。

 いや、それよりヴィンセントからの心使いに直接礼を言いたかったのかもしれない。そういうところはふたりともよく似通っていて、几帳面だ。

「セフィロス……」

「……わかった。おい、オレだ。ヴィンセントか?」

 面倒くさげなオレの声に応えたのは、果たして思った通りの人物ではなかった。

 

 

 

 

 

 

『あ、セフィ〜!? いつの間に出かけたんだよォ!ちょっとばっか俺が昼寝していた間にィィィ!』

 通話口を塞ぐまもなく飛び出してくる場違いに騒々しい声。反射的に電話を押さえたが、完全に聞こえてしまっただろう。

『どっか出かけるんなら、ラグナさんも連れてってくれたっていいじゃ〜ん! せっかくひとつ屋根の下に居るのに、つれないなァ!』

 ……げっ!

「……いや、違う。これは……そのアレだ」

 オレのセリフは、組み敷いていた青年に向けての言葉だ。

「………………」

「事情があってな。一時的に宿を貸しているだけで……」

 ヴィンセントによく似た濃いワイン色の双眸がスッと細められる。

『セフィ〜! もしもーし!聞いてるの〜!? あ、そうそう、夕食うちで食べるんでしょ!? ヴィンセントがどうするか困ってたみたいだったよ〜』

 ああ、もう追い打ちだ!!

 このときのオレの心境を思いやってほしい。

 DGソルジャーとの死闘だの、オメガ復活阻止ぎりぎりバトルなども厳しかったが、ぶっちゃけ、こういう類のストレスのほうが甚大なのだ。

 くそラグナめ〜!あいつ、本当は大統領どころか貧乏神かなんじゃなかろうか!

「……失敬、セフィロス」

 彼はそういうと、引ったくるようにしてオレの電話を奪った。

「お、おい!」

「ごきげんよう、ミスター。セフィロスはすぐにお返ししますので、ご安心ください」

『え? あ、あれ、君……』

「それでは失礼いたします」

 一方的に通話を切ると、彼はオレに携帯電話を戻してくれた。……さきほどまでとはまるきり異なるつっけんどんな態度で。

「おい……誤解をするな。ただ勝手にあいつが……」

「わかっていますよ。彼は貴方の好むタイプとは正反対の人物のようですから」

「ならいいだろう?」

「……ですが、ずいぶんと彼に気に入られた様子ですね。驚くほどよいタイミングで邪魔をしてくださる」

 氷のような物言いに、さすがのオレも二の句を継げなくなる。

 乱れた衣服をてきぱきと直すが、未だに上気したままの頬は隠しきれない。身体はかなりつらい状態のままだろう。

「開店の準備があります。……申し訳ございませんが、今日はお引き取りください」

「今夜は居続けでもいいだろう。……おまえのところに泊めてくれ」

 乱れた髪を撫でつけて誘うが、彼の自制心がオレのスケベ心を凌駕した。

「……いけません。ヴィンセントさんに何も言ってきていないのでしょう?心遣いまでいただいて、彼に心痛を与えるわけにはいきません」

「ヴィンセントはクラウドのモンなんだぞ? オレが外でなにをしようと勝手だ」

「……貴方がどうおっしゃろうと、ヴィンセントさんは貴方を特別に思っておられます。彼は私にとっても大切な友人であり、また恩人なのです」

「……チッ、やれやれ。おまえといいヴィンセントといい、その手のツラのヤツは、なぜ頑固者が多いのだろうな?」

 お手上げという調子で、両手を開いてかぶりを振ると、彼はようやく笑ってくれた。もっとも『苦笑』といった様子だったが。

「セフィロス……」

  几帳面に爪の摘まれた細い指が、オレの肩越しから首筋に回される。ただ触れ合うだけのキスを自ら俺の口唇に重ねると、彼はいつもの支配人に戻った。

「ごきげんよう、セフィロス。またのご来店をお待ち申し上げております」

 にこやかに微笑む整ったおもてに、情事の名残はすでに消え去っていた。