うらしまリターンズ
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<11>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

 

 

 午前7時5分前、起床。

 セットしておいた目覚まし時計のタイマーを切る。いつもどおり、ベルが鳴る前に目が覚めた。やはり場所が変わっても予定通りに起床できるようだ。これは俺の特技なのである。

 カーテンを開けると、まぶしい光が入ってくる。まだ7時になるばかりだというのに、やはり南の島は特別だ。

 即座に起床し、昨夜教えられたバスルームで、手早くシャワーを浴びる。夜は寝苦しいほどに暑くはないのだが、それでも寝汗を掻いたらしい。

 熱めの湯で目をしっかりと覚まし、最後に冷たい水を頭からかぶった。火照った身体からスッと熱の固まりが抜け落ち、実に爽快な気分である。

 

 おそらくそう感じるのは、この家の立地の良さも手伝っているのだろう。採光を充分に取ったバスルームからは、手入れの行き届いたパティオが見渡せ、その向こうには紺碧の海が広がっている。一番、景色が美しいのはヴィンセントさんの部屋だというが、さすがに図々しく入り込むわけにはいかない。

 だが、クラウドがそこを彼に割り当てているのも、またおそらくはもっとも彼が使用することの多かろうキッチンの設備と、その広さに鑑みても、どれほどヴィンセントさんへの深い思い入れがあるのか理解できようというものだ。

 我が家にやってきたときは、ずいぶんと幼さの目立った彼であったが、こうして彼の日常生活の空間へ足を運べば、そこはそれ、十二分に大人の男なのだと知れる。

 

 セフィロスに借りた平服……今日のヤツも簡単な麻の半袖シャツとグレイのデニムだ。

 そいつに着替えて早々に居間に顔を出す。

 

 廊下を歩いていると、ヤズーとすれ違った。

「ふぁ〜、オハヨ、レオン……早いねェ」

「ああ、おはよう」

「お腹、空いた? 一時間もしないで仕度できるから、ちょっと待ってて。新聞取ってこなきゃ。ったく、セフィロスってばさァ、しゅっちゅう、雑誌や新聞眺めているくせに、自分で取りに行ったことないんだから……」

 ブツブツと文句をいうヤズー。

「いや、朝食の仕度を手伝おうと思って。他になにかすることがあるのなら言って欲しい」

「え〜? なに、そのためにこんな時間に起きたの〜? ホント、奇特な人だねェ」

 手振りを加えて、彼は笑った。

 この人物はヤズーと言って、クラウドの弟になるらしい。詳細は良く知らないが、『兄さん』と彼を呼ぶのだから、そうなのだろう。むしろセフィロスのほうによく似ていると思うのだが……

 そして、この家においては調整役……というか、こう非常に立ち回りの上手い人だ。女性顔負けの美貌なのに、案外、ツケツケとモノを言うし、世慣れた雰囲気もある。機微に長けていて、敏感に人の気持ちを察知し、ウイットに富んだ会話でさりげなくフォローを入れるのだ。俺とは正反対のタイプと考えてもらえれば良かろう。

 

「なに、どうしたの? 何なら、居間に行ってみたら。ヴィンセント、もう起きてるし」

「あ、ああ、わかった」

 ヴィンセントさんには、昨夜の非礼と俺の無神経な態度を謝罪しなければならない。セフィロスはさておき、あの人は本当に年長者だと感じる。容姿は、ヤズーに負けず劣らずの美貌なのだが、女性的で華やかなヤズーとは異なり、まるで彫刻のような……というか、ある種畏怖の念を抱かせる、妖しい人形のような美しさなのだ。

 この人が、あの騒々しいクラウドの恋人というのは、いささか合点がいかないところなのだが、だからこそ、正反対のタイプに惹かれるのかもしれない。

 

「……あ……レオン……おはよう。早いな……」

 そういうと、彼は微かに微笑んだ。

「もっとゆっくり横になっていればいいのに……疲れているのだから……」

「おはよう、ヴィンセントさん。昨夜はすまなかった」

 続けざまにそう言って、勢いよく頭を下げると、彼は呆気にとられたように立ちすくんだ。思えば、この人はいつも俺に対して、驚いた表情ばかりを見せる。

「え……あ、あの……何がだろうか……?」

「すべてがだ!」

 断定的に強い声音で告げると、思わずといった様子で一歩退いた。

「えッ……あ、あの…… 私は……君に謝罪されるような覚えは……」

「まず第一点目として、セフィロスと深刻な話をしていたようなのに、不躾にも邪魔をしてしまったこと。第二点目として、この家に世話になってから、今まで、自分と『クラウド』の都合ばかりを口に出し、あなたの不安を顧みなかったこと。以上二点は充分に謝罪要件に値する。申し訳なかった!」

「レ……レオン……」

 ヴィンセントさんは、困惑したように俺を見つめると、次の瞬間、花が開くように笑った。

 

「君は……君という人は……本当に真面目でやさしい人なのだな…… あの子が君を慕うのもよく理解できる」

「……? 『クラウド』のことか?」

「ああ、君と違って、彼はなかなか落ち着いてくれなくてな……ずっと不安そうに君の名を呼んでいた。とても可哀想で……なんとかしてやれないかと、ずいぶん気を揉んだものだ」

「す、すまない。あ、あいつは気の付く方じゃないから…… あ、い、いや、俺もそうなのだが……より以上に自分のことしか見えていないヤツだから……」

「ふふふ、君は昨夜から謝ってばかりだ。私は君たちのことが大好きだし、そんなふうに気遣う必要はない。……私はクラウドを信じているから……必ずここへ戻ってくれると……そう思っているから……」

 そうささやくと、彼は笑みの色を濃くした。ほとんど笑った顔を見ていなかったせいだろうか。

 いつもは能面のように固く……だが美しく整った彼の容貌……それが、こうして微笑んでくれると、まるで無彩色の絵画に色が落とされたような……モノトーンの景色が、一挙に色づいて華やぐような印象だった。

「……ヴィンセントさん……」

「でも、ありがとう、レオン。君は強いばかりではなく、本当に思いやりのある人なのだな。……うらやましく思う」

「あ、あなたにそんなふうに言われると…… なんだか、あなたと話していると、自分が力無い子供になったような気分だ……至らないところが多すぎる」

「……? なぜ……? おかしなことを……レオン」

 クスッと小さく、ヴィンセントさんが笑った。

 

「私から見れば、心が強くて……それでも周囲の人々を思いやれる君のような人には憧憬の念を抱いてしまう……本当にうらやましい」

「……こちらのほうこそ、尊敬している。こんな機会ではあるが、あなたに逢うことが出来てよかった」                                          

「他人からそんなふうに言われたのは初めてだ…… 君のような息子が居たなら、さぞかし心強く感じることだろうな」

「……息子? ずいぶんと話が飛ぶな。年上だとしても、俺よりせいぜい4、5才上なのではないのか? あなたはあまり年齢を感じさせない人だが……」

 そうなのだ。

 彼は本当に人間離れしていて年齢不詳なのだ。

 ……透けるような白い肌……どこもかしこも華奢な造作……そして血のような紅い双眸に漆黒の長い髪……浮世離れしたそのたたずまいは、まるで精霊かのようで、この人が普通に食事をしたり、眠ったり、おおよそ普通の人間の営みを送っているのが不思議なくらいだ。

「……君はいくつだ?」

「25……もうすぐ26になる」

 俺は答えた。

「そうか……」

 彼は頷くと、さきほどよりも一層やわらかな微笑を浮かべた。それはあまりにも儚げで朧げで、なぜか少しばかり寂しそうにも見えた。

 

「さて、ヴィンセントさん、手伝おう。なにをすればいい?」

 ヤズーもやってきたところで、あらためて訊ねる。昨日と同じように、やはり戸惑った様子を見せたが、すぐに苦笑すると諦めたように口を開いた。

「それでは……すまないが……サラダを頼めるだろうか? そちらの材料を使ってもらって……どんなものでもかまわないから……」

「了解した!」

「それじゃ、台所は若いお二人に任せて、俺、洗濯物干してきちゃうね」

「ヤズー……」

「はいはい、ゴメンねっと!」

 ヴィンセントさんの説教が始まる前に、思ったとおり要領良く彼は中庭に消えたのであった……