〜 出逢い 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<2>
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

「……おい?」

 彼は困惑したように、くり返し声を掛けてくれた。

 へ、返事しなきゃ!!

『大丈夫です。大変失礼いたしました』って言わなきゃ!!あやまらなきゃ!!

「どうした? セフィロス」

「おい、セフィロス。そろそろ始まるぞ。急げ」

「あれ? その子は?」

 惚けていたおれはようやくセフィロスがひとりではないのだと気付いた。彼の他に三人ほど居る。

 そのうちのひとりはすぐに解った。彼も新聞や雑誌でおなじみの顔だから。

 <G>と呼ばれる人……ジェネシスだ。セフィロスと同格のトップソルジャー……

 他の人は知らないけど、上質そうなスーツを着た紳士、そしてソルジャー1stの制服を着た、ちょっぴりヒゲのある人……

 なんだか、おれは、とんでもない人たちの集団に突っ込んでしまったらしい。

 

「ああ、いや、ちょっとぶつかってしまってな」

 セフィロスが苦笑しつつ答えた。

「あれあれ、おまえにぶつかったら、そんな小さな子、吹っ飛んじゃうだろう」

「おい、怪我させたんじゃないだろうな」

 ジェネシスともうひとりのソルジャーの人が言った。

 いけない、これじゃセフィロスのせいみたくなっちゃう!!

「ちっ、違うんですッ! ご、ごめんなさい!! お、おれが慌ててて……ば、場所わかんなくて…… セフィロスさんにぶつかっちゃったんです!! ごめんなさい、ごめんなさいッッ!!」

 ほとんど泣き出さんばかりに支離滅裂な言葉で謝罪したせいだろうか。彼らは一瞬あっけに取られたようだった。

 クスッと後ろの誰かが笑ったようだったが、それを確認する余裕もなかった。

 

「新入社員か?」

 そう訊ねてきたのは、ソルジャーの服を着た、いかつい感じの人だった。たぶん、おれに気を使って、とてもやさしい声を出してくれているのだろう。

「は、はいッ!」

「ああ、式典ホールの場所がわかりにくいんだろう。可哀想にずいぶん走り回ったみたいだね」

 そういったのはジェネシスだった。トレードマークの紅いコートで、すぐにそれとわかる。

 彼は『可哀想に』って言ってくれたけど、全然そんなふうに思ってくれているようには見えなかった。ああ、でも、このときのおれはメチャクチャ混乱していたから、素っ気なく聞こえてしまったのかも知れない。

 だって、目の前にセフィロスが居るんだ…… あのセフィロスが!!

 今は同僚(?)の人たちと話をしているから、こちらを見てはいないけど、さっきまで、すごく綺麗な瞳が、ちっぽけなおれを映し出していたんだ。

 カラーの雑誌でみたプラチナの髪は、本当に『銀色』で、すっごく長くて。『カッコイイなぁ』と思っていた貌は、もうそんな言い方とんでもない! 

 軽い言葉で表現するのが罪になるほど、怖いくらいに整っていた。

 

「あ、あのッ……あのッ……す、すみませんッ! ごめんなさいッ! し、式場への道を教えていただけますで、しょ、しょうかッ!!」

 やっとの思いで、声を引きつらせながらもおれはそう言うことが出来た。

「ああ、ホールは、この道を……」

「いやいい。おまえたちは先に行ってくれ。執務室に寄るんだろう」

 いかつい人の言葉を遮ったのはセフィロスだった。

「どうせ同じ場所だ。私はこの子を送っていく」

 

 え……

 え〜〜〜ッ! え〜〜〜〜〜ッッ!!

 ああ、このときのおれの心境を想像してみて欲しい。

 ニブルヘルムの片田舎で、古びた雑誌の切り抜きを、ずっとお守りにしていた。いつか、彼のようになりたいと…… 夢に見るほど憧れた神羅の英雄が……

「ほら、行くぞ」

 って……

 おれの手を取って。

 ……セフィロスの手の平の感触…… 手袋をしているけど、ちゃんとやわらかいんだ。

 なんて、言ってる場合じゃない!!

 どうしよう。どうしよう。なんか言わなきゃ。話さなきゃ!!

 でも……でも、こんな人相手に何を話すっていうの? 心の準備が……

 

 そう……例えるなら、原稿一枚も用意できていない状況で、サミットで代表発言させられるような心境っていうか…… 跳び箱も跳べないのに、オリンピックで、目の前に鞍馬を置かれる気分っていうか……

 

 それに、きっとおれの印象は最悪のはずだ。

 新入社員のくせに、その入社式に遅刻しそうなっているんだから。ワケのわからないところに迷い込んで、いきなりセフィロスにぶつかって……

 きっと、あの綺麗な顔の下で、「今年の新入社員は質が悪いな」とか「とてもソルジャーにはなれないな」とか思ってるんだ……

 どうしておれは、一番大切なときにこうして失敗してしまうんだろう……

 




 

 目の奥が熱くなって、鼻がツンとしてくる。喉の奥に塊みたいなものが迫り上がってきて、呼吸をするのが苦しくなりそうだ。

 ああ、ダメだ、泣いちゃ!!

 バカじゃないの? こんなところで泣いてどうするんだよ! そんなことよりちゃんとセフィロスに非礼をあやまらなくちゃ。

 ううん。今からでもひとりで行けますからって言うべきなのかもしれない。道を教えてもらえればひとりでも大丈夫なんだから。

 だって子供じゃないんだし、おれみたいな新人が、セフィロスのような身分の高い人を煩わせるなんて、とんでもないことなんだよ! 

 

「おい、どうした? やはりどこか痛むのか?」

 手を引いて先導してくれていたセフィロスが、怪訝そうに顔を覗き込み、足を止めた。

「い、いえ……ッ な、なんでもないですッ!」

 背を伸ばし、思わず後ずさったおれに、彼はやれやれといった調子で苦笑した。そんなふうに笑うと、まるで氷で出来たみたいな綺麗な双眸が、融けるように和らいのであった。

「そんなに緊張する必要はなかろう」

「い、いえッ……でもッ…… すみませんッ め、迷惑を掛けてしまって」

 『迷惑』という単語を口にした瞬間だった。

 ずっと堪えていたものが、堰を切ったように溢れ出してしまった。

 

 小さな田舎町からたったひとりでミッドガルに来たこと。ここにはだれひとり知っている人などいないこと。出発の日に母さんが笑いながら涙を浮かべて手を振ってくれたこと。

「……ッ ……ッ うッ…… うぇッ……」

 セフィロスの前だというのに!

 あんなにあこがれた英雄の前で、どうして、こんなに不様な姿を晒さねばならないのだろうか?

 いきなり泣き出したりして……セフィロスを困らせるだけじゃないか。いや、それ以前に呆れられて放っておかれるかもしれない。そんなことになったら、おれは絶対にホールに辿り着くことなどできないだろう。

 そう考えれば考えるほど、涙は後から後からこぼれ落ち、嗚咽が漏れる。

 

「うっ……うっ……ご、ごめんな……さい…… ひぃっく……」

 だが、セフィロスはその場から動かなかった。

 無理に言葉を発するでもなく、ただそこに居てくれた。……たぶん、おれが落ち着くのを待ってくれていたのだと思う。

「うっく……も、申し訳、あ、ありません、でした」

「……落ち着いたか?」

 そう訊ねてくれた声が、さっきよりもずっとやさしくて慌てて顔を上げた。

「は、はい…… す、すみません、でした。ほ、ほんとうに……失礼を……」

「気にする必要はない」

 そういうと、そっと頭を撫でられた。

 最初は何をされたのかよくわからなかったのだ。セフィロスの手がおれの髪に触れているなんて…… よくよく考えれば、きっとガチガチに緊張してるガキをなだめてくれたのだろう。

 雑誌で見たセフィロスは、とても強そうで綺麗で大きくて……でもちょっぴり怖そうに見えたのだ。でも、本物の彼は、とてもやさしい人らしかった。

 

「フフフ……新入社員と言っていたな」

 話ながらセフィロスはまた歩き出した。

 この時点で、『自分ひとりで大丈夫です』とお断りするタイミングは失われた。

「名は……?」

「あ…… ク、クラウドです。クラウド・ストライフです」

「……クラウドだな。覚えておこう」

 きっと社交辞令だ、とすぐにそう考えたが、彼がおれみたいな子供に社交辞令を言う必要などないと気付いた。

 名前は覚えてもらえなくても、側を通りがかったら「見た顔だな」くらいに、思ってもらえれば嬉しい。……そんな風に思うことにした。

 出来れば、今日の失態などは綺麗さっぱり忘れて欲しいのだが。

 ホールに到着すると、新入社員は割り振られたクラスごとに、順番に着席しているところだった。

 セフィロスはごく当然というように、おれを後ろに従えてツカツカと中に入っていく。

 新入社員を始めとし、周囲の者がにわかに色めき立つ。さすがに入社式という厳粛な場で声を上げるような者はいないが、皆一様に彼の存在に感嘆し、興奮を押し隠し、感動をこらえている。

 そして多分……その彼に連れられてきたおれに注意を払っているに違いなかった。

 ようやく落ち着きつつあった心臓が再びバクバクと波打ってきたが、それはそう長い時間ではなかった。なぜなら、もう目的地についているし、これ以上セフィロスと一緒に居る理由はなくなってしまったから。

 

 彼は側にいた係員を呼び寄せると、おれのことを任せた。

 その時に、そっと背を押してくれたのが、すごく嬉しかった。

『大丈夫だから、行け』と言ってくれているようで……

 相変わらず彼を取り巻く無言のざわめきは去ることがなかったが、彼は悠々と会場を横切り、用意されたのであろう上席に腰を下ろしたのであった。

 

 係員に連れられ、ようやく自分の座席に着いた途端、セフィロスにきちんと礼を言わずに別れてしまったのだと、今さらながらに気付いたのであった……