〜 修習生・研修旅行 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<20>
 ザックス・フェア
 

 


「ポイントD’−8……」

 ジェネシスは、時折地図を出して場所を確認する。初めてこんな形で共に行動したわけだが、彼は非常に分析型で緻密な計画を立てる男なんだとわかった。

「……大分南側に移動したよな……いや、この道だからそう感じるだけかな」

 俺は前を歩くジェネシスに訊ねた。

「そうだね…… ただ下りはそれほどでも……ああ、いや、傾斜地だからそう感じないだけか。上からのライトが限界だな」

「仕方ないさ。大分頑張ってくれてたと思うぜ。命綱だって、ちゃんとつながっている」

「そうだな。そろそろ二時間を超えるか……」

 ジェネシスのつぶやきに焦燥は感じないが、俺は黙っていると良くないことばかり考えてしまってつらい。

「……ザックス、このポイントから、もう一段下がってみよう。いくら突風とはいえ、これ以上向こうに飛ばされる可能性は低い」

「あ、ああ、わかった」

「アンカーを付けておこう。気を付けて降るぞ」

「わかってる。先に行ってくれ、ジェネシス」

 そう促して、再度、命綱のロープを確認し直した。

 我ながら無茶なことをしていると思う。雨でずるずるに滑る断崖を、たいした装備もなくロープ一本で降って……いくら訓練を受けたソルジャーとはいえ、正直俺には相当キツイ。……怖いんだ。いつ足を滑らせ、黒々としたクレバスに吸い込まれるか…… そう考えると、脚を前に動かすのも冷や汗が出る始末だ。

 ジェネシスはそんな俺に気づいているのだろう。さりげなく俺の歩みをフォローしてくれていた。

 同等ぶっても、やはり俺とジェネシスでは格が違うんだ。ソルジャーのクラスが異なるように、経験値が違いすぎる。

 だが、彼はいっさいそんな素振りを見せず、俺をサポートしてくれた。

 

「ザックス、そこ……岩が出ている。ロープに気をつけて」

「ああ、大丈夫だ……」

 小声でやりとりをしながら、俺たちはさらに崖を降った。

 

 

 

 

 

 

 ドガッドガッ! ガシャッガシャッ!

 

 崖上から、不穏な音が聞こえた。

 まさか崖崩れ……!?

 それこそ、まさに俺たちが一番おそれていた事態だった。強烈な風雨は岩盤のすきまに詰まった土の層を浸食する。

 これだけの高さをもつ絶壁となると、一カ所が崩れれば周辺部は影響を受け、すべて崩落する可能性が強い。いくら命綱があるとはいっても、ロープ一本の頼りなさだ。

 

 ドガッドガッ! ガシャッガシャッ!

 

「ジェ、ジェネシス……やばくないか……?」

「…………」

「一旦、凹みになっている部分に引き返して……」

「しっ…… 違うよ、たぶんあれは……」

 

 ガッガガガッガガッ!

 

 ものすごいイキオイで何かが降りてくる。

「お、おい……ジェネシス……」

「いいから」

 ジェネシスが貴重なペンシルライトを軽く振って見せた。

 俺はこの時点においてでさえ、それが何者かわからなかった。到底人間の動きではなかったから。

 崖崩れでないのならば、何かの野生動物が誤って崖から足を滑らせたのだと……そう思っていた。

 

「ジェネシス! ザックス! このクソ馬鹿野郎ども! ゼーッ! ゼーッ!!」

「やぁ、セフィロス。こっちこっち」

 ごく当然というようにジェネシスが応えた。

 

 セフィロス…… セフィロスだって……!?

 

 いや、確かに目の前にいるのは、見慣れた英雄だ。ただし、髪はぐしゃぐしゃ、あちこちに泥を跳ね上げた状態であったが。

 いったいどうして彼がここに……? 今、どんな方法で崖を降ってきたんだよ……!?

 

「くそっ……霧雨と風が鬱陶しいな! 足場が悪くて難儀した!」

「いや、たいしたもんだよ。ものすごい早さだ」

 まったくだ。

 ……というか、いったいいつ、セフィロスに連絡が行ったのだろう? ジェネシスが時折携帯電話をいじっていたが……あれだったのか?

「そんなことはどうでもいい! 状況はどうなんだ! ああ、クラウド……!」

「セフィロス、少し落ち着けよ」

「馬鹿野郎! あの繊細な子がどれだけ不安に苛まれていることか…… てめぇら、ちんたら探してんじゃねぇぞ!」

「セフィロス……すまん」

 謝罪の言葉がこぼれ落ちた。だが英雄は『おまえのせいじゃない』などと、おためごかしをいうようなキャラじゃないのだ。

「てンめェ〜!、ザックス、この野郎ッ!! 貴様がついていながら……ッ!!」

 グワッっと襟首を掴み上げられ、ようやく俺は目の前にいる人物が夢でもなんでもなく、本物のセフィロスだと理解できた。

 身をもって……だ。

「ぐ……セ、セフィロス……」

「よせ、セフィロス。ザックスのせいじゃない」

 ジェネシスが厳しい声で割って入ってくれた。

「……チッ!」

 忌々しげに舌打ちして、セフィロスは俺を放り出した。

「んなこたァ、わかっている!」

「いや、いいんだ……なんて言われても…… 俺のせいだ。俺がもっと注意していたら……」

「今はチョコボを探すのが先決だろ。ふたりとも、子供みたいな争いをしているんじゃない」

 ジェネシスはそういうと、さっさと作業にもどった。

 絡まったロープを糾し、足場の確認を怠らない。

 ……以前クラウドがおたふく風邪にかかったときにも思ったのだが…… 普段はへらへらしているくせに、ジェネシスという男は非常時への対応が誰よりも迅速だ。頭の切り替えが早いというのだろうか。

 人間なら、つい感情に引きずられて、よけいなことを口走ったり、平常心を欠くことがあると思うのだ。だが、彼にはそれがまったく感じられない。

 どんな逆境でも、ひどく淡々と、出来ることを出来る範囲でこなしてゆくのだ。 

「さ、時間がない。行くぞ、ふたりとも」

 ジェネシスの言葉で現実に引き戻されたのか、セフィロスは先陣を切る勢いで足を進めたのであった。ああ、あの人、命綱もつけてない。いったいどうやって降りてきたんだよ……まさか本当に慣性に任せて駆け下りてきたんじゃないだろうな!?

 

 それからさらに一時間……

 なにも発見できぬまま、俺たちは闇夜を彷徨った。

 

 セフィロスの苛立ちと焦燥……そして胸の痛みが、直接的に伝わってきて、いたたまれないような気持ちになった。