〜 めばえ 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<2>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 

 ……運命の日は唐突にやってきた。

 それも、ごくフツーの何の変哲もない日。

 クラウドは授業を終え、俺はパトロールの任務を完遂し本社に戻ってきた。そしていつもどおり、ふたりして社食の晩飯を食いに行ったのだ。

「チュース! ザックス! クラウド」

「お、メシ、これからか? 今日はA定がイケてるぜ〜」

「よ、クラウド。ちわす、ザックスさん!」

「おい、クラウド、明日の語学だけどさ〜。あ、ザックスさん、こんちわッス」

 寮の食堂はとても広いわけだが、利用者のほとんどは当然のことながら寮生だ。新入社員たち、そして見習い兵に一般兵。下っ端ソルジャーなど。

 つまり会社組織に置けるピラミッドの底辺チームが住まうところで、だからこそ友愛の情も篤い。俺にとっては居心地の良い場所なのだ。

 クラウドと一緒にダチおすすめのA定食をもらい、席に着く。

 ちなみに、社食に金はかからない。支給されたIDカードを券売機に突っ込めば、食券が出てくるシステムだ。

「あー、腹減ったァ。さ、食おうぜ、クラウド」

「うん。……ホント、寮の食事って量が多いよね〜。おばちゃんに少な目ねって言ったのに、こんなによそってある〜」

 辟易とした面もちで器を見せるクラウド。

 なるほど、おすすめのA定食は大した分量なのである。

 鳥の唐揚げ甘酢あん掛けに、山ほどの千切りキャベツ。むら雲スープに、卵のココットケチャップ風味。それにバジル風ライスと、パン。なんとラザニアまで着いているのだ。

 もっとも、俺にとっちゃあ、どうってこともない量だが。

 クラウドは少食というわけではないが、やはり食事の量と体格は関係するのか、寮の食事は彼には多すぎるようであった。

「ザックス〜、多分食べ切れないよ…… ちょっと手伝って」

「ああ、わかったわかった」

 そんな何気ない会話を交わしつつ、さっそくフォークを手にしたとき…… 背後から、どす黒いオーラを感じたのだ。重苦しいねつい視線に思い当たる前に、食堂の中が騒がしくなった。

 それも、ワァワァと大声が上がるのではなく、密やかな物言いがいくつも重なってザワザワというざわめきになったのだ。

(……セフィロスだ!)

(え、うそ、ホント? 本物!?)

(セフィロスって? ど、どうかしたのかな、何かあったのか?)

(どこどこ? セフィロス……本物のセフィロス?)

 

 

 

 

「ザ、ザックス……セフィロスさんだって……」

 こそこそとクラウドが声を掛けてくる。

 イ、イカン!!

 どうする、俺様!? ここはA定を捨ててでもクラウドを引っ抱えて逃亡するか? いくら食堂が広いからと言って満席というわけではないのだ。少し歩き回ればあっさり見つけられてしまうだろう。

 

 ……だが、俺の葛藤は一分も続かなかったのだ。

 獲物を駆るケダモノの嗅覚といおうか、エロ本を漁る夏休みの中二といおうか、とにかく絶対的な動物的直感で、ヤツはつかつかと俺たちの席に直行してきた。

「きゃっ……」

 驚いたクラウドが小声で悲鳴を上げる。

 コイツはまだセフィロスの本性を知らない。入社式のときに助けてくれた『憧れの英雄』のままなのだ。その人物が唐突にやってきて心の準備ができていなかったのだろう。

「おい、クラウド! ちょっとこっち……」

「クラウド。久しぶりだな」

 蒼天澄み渡るごとき爽やかな声音で、セフィロスは俺の前の席の彼に声を掛けてきた。

 ガタン!

 という派手な音を立てて、クラウドはしゃっちょこばって立ち上がった。

「は、はいッ! あ、あの、入社式のときは、あ、ありがとうございました!! ご、ご迷惑を掛けてすみませんでした!!」

 口の回りに甘酢をくっつけたまま、かぶりを振るように頭を下げるクラウド。可哀想なくらいに緊張している。無理もないとは思うが。

「フフフ……」

 野郎はごく当然というように、コートのポケットからハンカチを出して、クラウドの口のまわりを拭った。食堂内がドオッとざわめく。もちろん、一顧だにしないセフィロス。

「ひゃッ……あ、す、すみません! ご、ごめんなさいッ!!」

 ……あのハンカチ、きっと洗濯しないぜ。それどころかソロ活動に使用するつもりかもしれない。

 一方、もはや泣き出しそうなほどに赤面するクラウド。衆目の中、これは一種の羞恥プレイなんだろうか。

「ふふ、どうだ、ここには慣れたか?」

「は、はい!」

「何か困ったことはないか?」

 これが『頼りになるお兄さん作戦』なのか!? 腰をかがめ、クラウドと同じ目線になって語りかけるセフィロス。いかにも親身に相談にのる風である。

「あ、い、いえ…… お、おれ……いえ、じ、自分は頭が悪いので、勉強は難しいですッ。でも、ザックスやみんなに教えてもらって、が、がんばってます!!」

「そうか、いい子だな」

 セフィロスは子猫を愛でるように、彼の頭をそっと撫でた。もはや食堂内は寮生どころか、給食おばちゃんに至るまで、無言のまま固唾を呑んでいた。

「オレ……私もおまえにとっては、顔見知りの先輩になるはずだ。何か困ることがあればいつでも相談するといい」

「えッ……あ……あの……」

「どうした、何を驚いている?」

 いや、俺が驚いてるのは、テント張ってるアンタの股間だけどね、コレ。

「い、いえ。は、はい。ありがとうございます!!」

「ああ、そういえば、さきほど授業が難しいと言っていたな。よければ今夜……」

「お、おい!セフィロス!」

 俺が割って入ったのと、館内放送が流れたのはほぼ同時であった。

『ソルジャー・クラス1st、セフィロス。同じくクラス1st、ジェネシス。至急、ソルジャー統括室へ。繰り返す。ソルジャー・クラス1st、セフィロス……』

(チッ……!)

 ヤツはあからさまではなかったが、心の中で舌打ちしたらしかった。一瞬瞳が険しくなったから。

「フッ……ラザードめ。無粋だな」 

 クラウドの手前、余裕のある苦笑を漏らしつつ、彼は低くつぶやいた。

「ではな、クラウド。まだ機をあらため……」

「しゃーす! ソルジャー2ndのザックスっす!! セフィロス先輩、速攻で統括室行ってください! アンジールにも言われていたのを今思い出しました。そんじゃあ、俺らはこれで!」

 ヤツの言葉を遮り、割ってはいる。

 皆まで言わせず、グイとクラウドの腕を取った。

「ザ、ザックス?」

「では失礼しまーすッ! よし、クラウド! 宿題の続き見てやっから!」

「え、あ、う、うん。あ、で、では失礼します、セフィロスさん。こ、声を掛けてくださって、あ、あり、ありがとうござい……」

「急げ、クラウド!!」

「ひゃあ!」

 不満顔のセフィロスを置き去りに、俺はクラウドを抱きかかえるようにして部屋に戻った。