〜 めばえ 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<10>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 

「うん……なかなか筋がいいね」

 ちょうど作業が終わったところらしい、ジェネシスが頭の包帯を押さえてクラウドを誉めた。

「きつすぎないし……ちゃんと固定されてる」

「は、はい。あ、ありがとうございました」

 誉められたので彼も嬉しそうだ。

「おう、よかったな、クラウド」

 と、折りをみて、俺は声を掛けた。

「あ、ザックス、どこ行ってたの? あ……セ、セフィロスさんッ」

 パッとクラウドの顔が、花が開くように輝いた。やはり彼にとって、未だセフィロスは憧れの英雄そのものなのであろう。

 

「ああ、クラウド。なんだ練習の相手が欲しいなら、オレ……私の部屋を訪ねてくればいいのに」

 春風のようにさわやかに宣うセフィロス。さっきまでの怒れる獅子とは対照的な笑顔だ。

「そ、そんな……滅相もないです」

 ……おめーの部屋はどこにあるんだよ、セフィロス。

 エグゼクティブルームの最上階だろ? 棟に入るのに、身分チェックが行われるようなお偉いさんたちの居場所だろ?

 どの面下げて、そこに「包帯巻かせてくださ〜い」って言いに行くんだっつーの。

「ふぅん、頭ってけっこう難しいのに、綺麗に仕上がっているじゃないか」

 重ねてジェネシスが誉めた。

 どうやら本気で感心しているらしい。

 ……というか、鏡に映った包帯姿のおのれに満足しているというか……

「あ、ありがとうございます…… 本番も緊張してトチらないように頑張りますッ」

「ふふ、そうだね。明日が本番だったね。……じゃあ、ハイ、ご褒美」

「え……?」

 ジェネシスの言葉の意味がわからなくて、大きな青い瞳を見開いたまま首を傾げるクラウド。本当に『小首を傾げる』だ。側にいるジェネシスが平均以上に大きいから、よけいに小柄なクラウドが、子供のように見えた。

「あ、あの……?」

 ジェネシスはついと手を伸ばすと、クラウドの顎をとり、その頬に口づけた。親が赤ん坊にするような軽いキスだ。

「ひゃっ……」

 と、クラウドが小さな悲鳴を上げる。

「げッ……」

 不躾な声は、俺の口から漏れたものだった。

 とっさに「ヤバイ」と身体が反応し、となりの男を押しとどめた。

「こ、この、ジェネシスッ!! 貴様ーッ!!」

 激昂するセフィロスの左腕に身体ごとタックルだ!またもや刀を抜かれては怪我人が出てしまう。いやただ騒ぎになるだけでも、またもやアンジールの胃炎を悪化させてしまうだろう。

「あっはっはっはっ。さてと、俺の用件は終わり。じゃ、ザックス、伝えたからな」

「早く帰れ、早く!!」

 悠長に手を振る変態詩人を追っ払う。背中を押しに行くわけにはいかない。俺は渾身の力でセフィロスを押しとどめているのだから。

 

 

 

 

 

 

「あの野郎ッ! ブッ殺すッ!!」

「セフィロス、落ち着け!! お兄さんじゃなくて、鬼になってんぞ!!」

「うッ……ぐぅぅ……」

 ようやくクラウドの前だというのを思い出してくれたのか、セフィロスは怒りを収めてくれた。普通の状況でなら有り得ない話だ。

 たぶん、ソルジャーのミーティングルームかなんかだったら、本気でマサムネ持って、ジェネシスを追い回していたに違いない。

「あぁ……びっくりした」

 ジェネシスの去った扉のほうを見て、クラウドは頬を押さえながらつぶやいた。

「大丈夫か、クラウド!? よしよし、こっちにこい。おい、ザックスッ! 消毒薬をもってこい! ぐずぐずするなッ!」

「いや、あのな、英雄……」

「ぼさっと突っ立っているな! あんな男に…… クラウドの顔が腐るッ!」

「あ、あの……どうなさったんですか?セフィロスさん……」

「いや……あの軽々しい輩の振るまいが不快でな。おまえのように素直なよい子にぬけぬけと……」

 ギリギリギリと歯がみする。またもや目つきが険しくなったところで、俺はヤツの背中を叩いた。

「む…… おのれ……ジェネシス」

「あ、で、でも、ジェネシスさん、おれの練習に付き合ってくださったんです。頭に包帯巻かれるのって、きっと鬱陶しいと思うのに……ずっとそのままの姿勢で居てくれて……」

「私だったら、丸一日動かずに付き合ってやるッ! 頭と言わず、どの部位であろうと、おまえが巻きたいとのなら、それこそどこでも……」

 ええ、ええ、そうでしょうね。

 もう望むところでしょうね、アンタ的には。

 アンタだったら、悦んでナニにも巻いてもらうことでしょうねェ。

 ……ああ、イカン。これじゃ、下品なプレイになってしまう。

「ああ、よしよし。可哀想に……気色悪かっただろう? ほら、上を向け、クラウド」

「え……あ……」

「大丈夫だ。すぐに綺麗にしてやる」

「あ、は、はぁ……あの……でも、ソルジャーの人たちってやさしいんですね」

 強引に頬を拭かれながら、クラウドはぽつりとつぶやいた。

 彼の言葉はひどく暖かで……嬉しそうな雰囲気だったせいだろうか、俺もセフィロスも引き寄せられるように意識を向けた。

「最初の日……入社式の場所がわからなくて困っていたら、セフィロスさんが助けてくれたし。あ、あの、おれ……」

 頬を染め、わずかに躊躇しつつ、どもりがちでありながらもクラウドが続けた。

「おれ……ずっと、セフィロスさんに憧れて……あんなふうに強くなりたいって…… でも、本や雑誌で見ると、本当に別世界の人で……少し怖いのかなって思っていたんです」

「……クラウド」

「だから……ああやって、おれみたいな子どもに声を掛けてくれて、手を引いてくれて…… 恥ずかしかったけど、とっても嬉しかったんです」

 そういって、にっこりと笑った顔は、今までのどの時より可愛らしかった。別に涙もろいわけでもない俺だが、ジーンと来た。

 もちろん、となりの野獣への注意は怠らないが。

 ……ってゆうか、なんで、この感動的なシーンでハァハァしてんの? そういう場面じゃないだろ、セフィロス。

「ああ、クラウド、おまえは本当にいい子だな…… なんて愛らしいのだろうか」

「え……あ…… そ、それに同じ部屋のザックスもソルジャーの仕事で忙しいのに、いろいろと相談に乗ってくれて…… いつも勉強も見てくれるし」

「クラウドがいいこと言った! オイ、聞いたか、英雄!」

「こんなクソハリネズミでなくて、私に相談すればいいだろう。勉強なら一晩でも付き合ってやる」

「あ、あの…… あ、そ、それに、今もジェネシスさんが…… ただのきまぐれかもしれないけど、誉めてもらえてちょっとだけ自信がつきました」

「だから、包帯なら好きなだけ私に巻き付ければ……」

「おめーはうっせーんだよ」

 吐息すら荒くなっている英雄の足を蹴っ飛ばす。

 このまま放っておいたら、クラウドに飛びついて押し倒しかねない。だが、強靱なこの野郎は、びくともしないのであった。

「クラウド…… 掃討作戦には私も協力することになっている」

 猫なで声とはこういうのをいうのだろう。猫好きが、子猫をあやすような声音だ。

「セ、セフィロスさんも? すごいや、そんな大がかりなミッションだったんだ……」

「おまえはCクラス、学籍番号710番、座席は窓側前から三番目だったな」

 セフィロスは一度もつっかえずに、すらすらと言ってのけた。

 キモチワリーんだよッ! ストーカーそのものじゃんかッ!!

「え…… あ、は、はい」

「ミッションではおまえのクラスの配置は……」

「あ、は、はい、後方支援第五部隊です」

「第五部隊だな…… 後方支援とはいえ、実戦だからな。十分に気をつけて……危険な真似などしてはいかんぞ」

「ハ、ハイ……」

「それから、怪我したふりをして、馴れ馴れしく寄ってくる輩にも十分注意を……」

「そんなんオメーしかいねーだろッ!」

「黙れッ! たった今、ジェネシスの所行を目の当たりにしたばかりだろッ! こういう可愛い子は注意してし過ぎることはないんだッ!」

「あー、はいはい。もういいだろ、セフィロス」

 このまま放置していたら、この人は何をするかわからない。

「よーし、クラウド。じゃ、部屋に戻って宿題でもやっとけ。後で見てやるから。俺とセフィロスは統括のところに行ってくる」

「うん!」

「おい、ザックス、別に今すぐでなくとも……」

「いいからッ! だいたいアンタ、計画表だってまともに目ェ通してないだろッ! ほら、行くぞ」

「チッ……ああ、では、クラウド、私が部屋まで送って……」

「クラウドの部屋はこの棟だから! 俺たちが行くのは本社だからな!!」

 未だしつこくクラウドにかまう英雄を引きずり、俺はようやくこの一幕を終えられたのであった……

 ってゆーか、もう明日は実行日だというのに……なんで、俺、こんなにぐったりしてなきゃならないんだよ……(泣)