〜 ムンプスウイルス 〜
〜 神羅カンパニー・シリーズ 〜
<2>
 ザックス・フェア
 

 

 

 

 指定された場所……つまり、懇談の席に足を運ぶと、すでに話が行っていたのだろう。

 ルーファウス神羅副社長が、ごく丁寧に客人をもてなし、ジェネシスと俺を紹介してくれた。

 あー、メシ食い終わった今、その御人の名前が思い出せない俺としては、別に特に印象に残る人物ではなかったということだ。ただ、神羅カンパニーにとっては、大切な取引先なので、食事中、話しかけられればきちんと応えた。

 ……っていうか、俺が応じざるを得なかったのだ。ジェネシスのヤツってば、もうホント、心ここにあらず……で。

 次の予定があるからと、先に席を辞したお客人を、副社長自ら送りに出ていった。

 まぁ、やることはやってるじゃねーかと感心しつつ、人が居なくなった食卓のメシを平らげる。

 お客さんには申し訳ないが、ご丁寧に一品ずつ並べられるコース料理なんざ食った気がしないのだ。

 

「……ご苦労だったな、ジェネシス、ザックス」

「あ、ツォン!」

 背後からお茶のおかわりを注いでくれたのは、なんとタークスのツォンだったのだ。

「なんだよ、アンタが同席してくれれば……」

「所用があったのでな。それにお客人はソルジャーとの懇談をご所望だ」

「みたいだね。物好きだな」

 そんなやり取りをしていると、ルーファウスが部屋へ戻ってきた。今度は両脇にきっちりとタークスのガードがついている。

「ああ、そのまま。ザックス、ジェネシス、多忙なところ済まなかったな」

 鷹揚に頷きつつ着席する副社長。

 ……こいつ確か俺と年変わらねーはずだよな。いや、ちょい下か?

「客人相手だと食べた気がしなかっただろう。プレートも少な目だったしな。きちんと済ませていってくれ」

「あ、いや、別に……」

 慌てて否定しようとしたが、両手に手づかみで果物とか飾りのデザートを握りしめている俺の発言は説得力がなかっただろう。

「ツォン」

「あ、いいッスよ。食堂かなんかで食うし」

「たまには私と同席してくれてもいいだろう? ソルジャー・ザックス」

「はァ……」

 きっと、最初から準備をさせていたのだろう。

 副社長と会話をし始めてまもなく、次々と料理のプレートが、テーブルに並べ立てられた。どれもこれもボリュームのありそうな食事で俺好みだ。

「さぁ、ザックスもジェネシスも。昼間から不謹慎だが、よい酒も入っている」

「え? そーすか? ま、あれ、そんじゃあ、せっかくだから……」

「そうだとも、ゆっくりしていきたまえ」

 あああっ! イカン!! つい『よい酒』のフレーズに惹かれてしまったァァァ!! 

 

「……ジェネシスは……どうかしたのだろうか? 具合でも?」

 手ずから酒を注いでくれるルーファウス神羅。だが、ジェネシスはいかにも心ここにあらずのままなのだ。

 いや、もうなんつーの…… いいかげん大人なんだからさァ。演技でもいいから、せめてお客さんや副社長の前でくらい、フツーでいるように頑張ってみようや。

「あ、いや、ジェネシスはちょっと疲れてて」

「そうか? 具合が悪いのでなければいいが……」

 と、副社長。意外にも本気で心配している様子であった。

「……ご心配なく。ただの恋患い…… 理想の女神に出逢ってしまったのでね……」

「お、おい、よせっつーの! あ、どうもマジスンマッセン。この人ちょっと夢と現実がごちゃごちゃに……」

「なんだよ……ザックスだって会っただろう? 俺の女神に」

「いや、もう、おまえなァ!」

「失敬、副社長。……そういうわけで、いささか胸が苦しくてね。あまり食欲はないんだ」

 ふぅ……と吐息し、気怠げにルーファウスに答えた。さすがにジェネシスの発言は驚きだったのだろう。ブルーの蒼い瞳が丸く見開かれる。

 ……アレ?

 そういえば、この人って、ちょっとクラウドに似てるな。ああ、いや、髪と瞳の色が同じだからそう感じるのか?

「おやおや……それは初めて聞く話だな。君のハートを射止めた幸運な女性はどなただろう?」

「フ……残念ながら、その人はまだ俺のものではないんだ」

「そ、そうか…… その、それはまだ気持ちを告げていないという意味で……?」

 ルーファウス神羅は、興奮を内に押し込め、敢えてゆっくりと訊ねた。

 いくら副社長とはいえ、もっとも恋愛に興味のある年齢なのだ。しかも神羅カンパニーの誇る二枚看板のソルジャーの片割れ、ジェネシス。

 その人の恋愛模様に、副社長だとて興味をそそられてもおかしくはなかったのだ。

「告げたよ。でも答えはもらえなかった…… なぁ、ザックス」

「そ、そりゃ仕方ねーじゃんかよ、あの状況じゃ……」

 ますます興味津々の眼差しでこちらを見つめる副社長。

「ジェネシスがここまで思い詰める相手……か。とても興味があるな」

「ああ、いや、もう、アレ、この人の場合、ただの妄想っつーか、コレ……」

「失敬だなァ、ザックス。俺は本気なんだからな。いつか必ず女神を迎えに行くと約束を……」

「いや、もうおまえ黙ってろッ!」

「その方はどちらに住まわれているのか? 神羅の社員……というわけではなさそうだな?」

 さらに問いつめるルーファウス。

 おいおいおい、ジェネシス。わかってんだろうな。一応ニブルヘイムに行ったという話は内密になってるんだぞ?  いや、クラウドの手前、極秘事項だッ!

「……女神は……ああ、閉ざされた屋敷の地下で、王子の訪れを待っているんだ。まだ……目覚めのときではないのさ」

「屋敷……? どこかの貴族階級の家柄なのかな?」

「ええ、まぁ、あれ、そんなモンっす! さぁてと、ごちそうさまッ! よし、ジェネシス、そろそろ仕事に戻るぞッ!」

「ん……ああ……そうだな…… 女神……」

「女神じゃねーっつーのッ!! おらッ! 行くぞ!」

「おやおや……何もそんなに慌てて退室しなくてもいいじゃないか、ザックス。まだ時間は大丈夫だろう?」

 立ち上がった俺たちを、ルーファウスがとどめる。たぶん、もうちょっとジェネシスと話をしていたのだろう。今日はセフィロスがいないしな。

「あ、いや、ちょっと、同室のヤツが今朝から具合悪いみたいでね。気になるんスよ」

 他意もなくそう告げると、『柳眉』と読んで差し支えないであろう、ルーファウスの細い眉がピクリと反応した。

「……同室…… ザックス。確か君と同室の社員は……」

「え? ああ、今年入社の修習生っすよ。クラウドっていって……」

「……ああ、そう。クラウド・ストライフだったかな。最近、その名を耳にすることが多い」

「え……?」

「ああ、いや、気にしないでくれたまえ。……たいしたことではない。つまらんうわさ話だ」

 ……なんだよ、気になるじゃんかよ……

 だが、今、この場所で副社長に詰め寄る時間はなかった。もうとっくに昼の時間は過ぎているし、ジェネシスも一緒なのだ。下手な発言をされたら一巻の終わりである。

「ああ、じゃ、スイマッセン。ごちそーさまっした!」

 とりあえず、ぺこりと頭を下げ、ジェネシスを引きずって部屋を出る。

 さっさとこのボケ詩人を、ミーティングルームに置いて、寮の部屋に戻らねーと。