~この手をとって抱き寄せて~
 
<最終回>
 KHセフィロス
 

 
 

 

 

 翌日。

 

「……ジェネシス。そろそろ私は戻る」

 荷物などなにひとつ持っていないので、いざ帰ろうとなれば、時空のゆがみのある場所へ足を運ぶのみだ。

「もう行くのかい。もっとゆっくりしていけばいいのに。俺はいつまで居てくれてもかまわないんだよ」

 ジェネシスが昼食の片付けをしながらそう言う。

「……私の目的は果たされた。……もっとも納得いかない部分も多いが」

「ふふ、君は頑固だねぇ」

「では、これでさらばだ」

 私は素っ気なく別れを告げ、部屋を出ていこうとした。

「待って。送らせてもらうよ」

「…………」

「場所はどこなの?」

「ノースエリアの街外れだ」

「ああ、君がおかしな輩に捕まりそうになった場所だね」

「……そんなことない。私が本気を出せば……」

「もちろん、わかっているよ。しかし、場所が街外れの細路地というのなら、尚のこと送らせて欲しいね」

 そこまで言われて、私は素直に付いてきてもらうことにした。

 

 一緒にマンションを出て、表通りを歩く。

 目的の場所までやってくると、ジェネシスは手に持っていた紙袋を手渡してきた。

「はい、これ、お土産だよ。官能小説の新刊。君はまだ読んでいないはずだから」

「む……」

 わずかに躊躇しながらも、私はそれらの本を受け取ることにした。

 淫夢を見るのは、小説本のせいではなくて、自身の気持ちの問題だという。そうであるならば、私が自身を律することで、見なくなるだろうと考えてのことだ。

「……もらっておく」

 私はそれを受け取ると、ジェネシスを振り返ることなく、足を一歩進めた。

「それじゃあ、『またね』、『セフィロス』」

 ジェネシスの言葉が後を追ってくる。

 

 ゆがみが私を取り込み、時空のはざまに引き込まれる。

 

 次の瞬間、私はアンセムの城の、彼の資料室に戻ってきていた。

 

 

 

 

 

 

「……戻ったか。あれからどれだけ時間が経ったか」

 時空のゆがみの時間圧縮は千分の一に近かった。ホロウバスティオンからコスタ・デル・ソルに旅立ってから、経った時間はわずか一時間程度だった。

 まだ昼前だ。

 

「レオンが来る前に……部屋に戻るか」

 片手には小説本の紙袋もある。

 寝室に戻ってひとやすみだ。

 

 私は寝室の扉を開け、小説本をチェストに仕舞った。ただし、一冊だけ適当に抜き取って、退屈しのぎに読むことにしよう。

 

 シャワーを軽く浴び、外出のほこりを落とすと、ようやくまどろむ気になれる。

 寝台に転がったとき、部屋をノックする音で、私はハッと気を取り戻した。

 

「だ、だれ……レオン?」

「ああ、俺だ」

 力強い声がそう応える。

「……開いている」

 私がそう言うと、いつものように扉が開く。

 

「……どうした、セフィロス。ぼんやりと突っ立って」

 私はベッドから腰を上げた姿勢で、呆けたまま突っ立っていたらしい。

「あ……いや、何でもない」

 レオンの顔が正面から見られない。

 何なのだろう、この感覚は。

「髪が濡れている。風呂へ入ったのか?」

「……ああ、その、気分転換に」

「どうかしたのか?」

 まともに目を合わせない私をおかしく思ったのだろう。レオンは心配そうに訊ねてくる。

「な、なんでもない」

「具合が悪いのではないのか?俺には隠し事はするな」

「え……あ……いや、その少し疲れているかもしれない」

 そんなふうに私はごまかした。

「だったら、ベッドで休め。何か俺にして欲しいことはないか。今日は時間があるんだ」

「……寝るから……キスして欲しい」

 そういうと、レオンは少し困ったような表情をしたが、素直に私の額に口づけてくれた。レオンのキスはいつも額にくれる。こちらから唇に欲しいと言わなければ、気安く口づけてはくれないのだ。

「大丈夫だ。俺が側についている」

 横になった私のシーツを直しながら、レオンがそうささやいた。

「ん……」

 レオンが視界に入らないように、私は目を閉じた。

 ジェネシスと過ごした濃密な三日間が、思い起こされる。

 

「……ただ、謎を解きたかっただけだ。私は悪いこと……してない」

 ぼそぼそと独り言をつぶやく。レオンがそれを聞き止めたのか否かはわからない。

「悪いこと……してない」

 もう一度そう言うと、私は頭から布団をかぶった。

 

 

 

 

終わり