『堕ちた天使~軍服と鞭』
 
<最終回>
 
 KHセフィロス
 

 

 

「大切な君のここに、醜い痕など残っては大変だからな。よしというまで、大人しくしていてくれ」

 そう言いながら、ジェネシスはやさしい手つきで、私の臀部に香油をたっぷりと塗り込めていった。

 しばらく屈辱的なその体勢でがまんしていたが、ほどなくしてジェネシスは、

「もういいよ。楽になっただろう」

 と、言って手を放してくれた。

 

「さて……今回はこれでそろそろ終わりのようだね」

 ジェネシスはまたもやあの紅い表紙カバーの文庫本を手にそう言った。

「ジェネシス、何なのだ、その本は……!」

 私が訊ねると、

「知っているでしょう?俺が書いた官能小説だよ」

 と当然のごとく返されてしまった。

「そんなことはわかっている……! なぜ、どうして、私の夢の中でここでの世界が現われるのだ……!」

「……さぁ、それは俺よりも君自身のほうがよくわかっているんじゃないのかな」

 そういうと、ジェネシスはクスクスと笑ってみせた。

「この世界はどう?前のと比べて楽しめた?」

「バカな……!おまえの小説の世界は悪趣味だ。こんなひどい扱いを受けたのは初めてだ!」

 鬱憤を晴らすように、私はジェネシスを怒鳴りつけた。

 それでも、彼のクスクス笑いは止まらない。

「本当に嫌いなんだったら、もうここにやってくる必要はないよ。君の好きにすればよいことなのだから」

「…………」

「ああ、本当にもう時間だ。じゃあ、『またね』、セフィロス……」

 

 目の前がぐるぐると回る。

 おかしな浮遊感を味わった後、私は自身の世界で目を覚ました。

 

 朝の10時過ぎ……二度寝をしたような時間だ。

 

 下腹がひどく敏感になっていて、しびれるような快感がつま先から頭に向けて通り過ぎてゆく。

 案の定、私の半身は熱を持って立ち上がっていて、肌にもねっとりとした嫌な汗が噴き出ているのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 バスルームに入ると、機械的に、自身の劣情の処理をおこない、ごしごしと身体を洗った。まるで今の自分がひどく汚れているような気がして、たっぷりとボディソープを泡立て、納得のいくまで洗い尽くしたのである。

 

「やってくる必要はないよ、君の好きにすればいい」

 

 ジェネシスはそう言っていた。

 ならば、あの夢は、小説が私を誘っているのではなく、私自身が、その小説の中の登場人物になることを願って、繰り返し淫夢を見ているということになるのだろうか。

 

「バカな……」

 だが、どこか蠱惑的なあの世界での刺激は、ついぞ感じ得たことのないものである。

 さまざまなおぞましいプレイも、見知ってはいたが、自身がその被虐者になったことなど一度もなかった。

 

 ……もう少ししたらレオンがやってくるかもしれない。

 

 そう考えて、私は十分身体を綺麗に洗ってから、湯から上がった。

 

 レオンと触れ合うことができれば、あんな浅ましい夢など見ることもなくなる。

 私はそう信じていた。いや、そう信じたかった。

 

 もらった文庫本を焚きつけてしまおうかとも考えたが、それではまるで負けを認めてしまうようで、思いとどまった。

 

 レオン、早く顔を見せてくれ。

 私が待っているのは、おまえだ。

 おまえをここで待っているのだ……

 

 彼の気に入っているらしい、白い貫筒衣を身につけ、私はテーブルの側に茶器の支度を始めた。