人形の城
〜キングダム・ハーツ外伝〜
<最終回>
 
 スコール・レオンハート
 

 

「……ただいま」

 重い足を引きずるようにして、自宅に戻った。

「おかえり、レオン、遅かったね」

 ひょいと顔を出してクラウドが応えてくれる。彼をこの家に引きとどめて、すでに数ヶ月が経つ。最近は大分落ち着いた様子で、夜にうなされることも少なくなっていた。

「レオン、ちょっと疲れてる?顔色が悪いよ」

 クラウドは勘が鋭い。気をつけなければ。

「え、ああ、ずっとコンピューターに向かっていたせいかな。少し……」

 気取られないようそれらしい言い訳を口にする。

「それより腹が減っただろう。すぐに支度しよう」

「でも、具合悪いならデリバリーかなんかでいいじゃん。レオン、本当につらそうだよ」

 クラウドが困惑したようにそういう。

「……いや、問題ない」

 声を励まさなければ、いつもと同じ態度になれない。ともすればセフィロスのことに引っ張られそうな意識を、無理やり引き戻してクラウドに答えた。

「じゃ、俺、手伝う」

 腕まくりをしながらキッチンの横にくっつく。やはりクラウドの目から見て、今の俺は様子がおかしいのだろう。気を抜けばこぼれ落ちそうなため息を押し殺し、極めていつもどおりの表情を作って相対する。

「簡単なものだから大丈夫だ。おまえのほうこそ、先に風呂を済ませてきてはどうだ」

「……うん、それでもいいんだけど」

「先に入ってくれ。のんびりしてきてくれれば、おまえが上がる頃にメシができる」

 無理な笑顔を作ってそういうと、ようやくクラウドは引き下がってくれた。

 

「あぁ……」

 クラウドがいなくなると、思わずうめきともつかない声がため息と共にこぼれ落ちる。

『セフィロスのことが好きだ』

 これが恋愛感情というものなのか。こんな痛烈で凶暴な感情が自分の中にあるなんて。

 クラウドへの愛情とはまったく異なる気持ちを、ようやく俺は認知するに至った。

 今こうして、自宅で食事の支度をしているときでさえ、彼のことを考えてしまう。次にいつ会えるのか。会ったらどうにかして、この世界に……ホロウバスティオンに止めておく方法はないだろうか。そして俺の気持ちを伝えて……

 いや、俺の気持ちは今日伝えたではないか。支離滅裂な物言いになっていただろうが、『好き』と口にした。

 そして彼は、またも俺の前から姿を消してしまった。何一つ答えになるような言葉さえ残さずに。

 

 

 

 

 

 

 ……俺は彼に嫌われている。

 そんなことをあらためて自覚させられる。

 彼がエスタにいるのを迎えに行ったときにも、いや、その前……向こうの世界のクラウドがやってきたときにもわかっていたことではないか。

 セフィロスの、俺に向ける言葉や目線は到底好意的とは言い難かったのだ。そんなこと十分わかっている。知っているつもりだったのに……

 ……胸が痛い。

 彼の笑う顔が見たい。

 そしてその笑顔を俺に向けて欲しい。

 じりじりと焼かれるような焦燥感に取り込まれ、俺はもう自覚するしかないと考えた。

 俺はあの人に惹かれているのだ。

 なりゆきで口にしてしまった「好き」という言葉、そのとおりに。

 

 ぐるぐると思考の乱れる頭を抱えながら、俺はひたすら手だけを動かして夕食を作る。

 ……笑ってしまう。

 あんなことがあったのに、いつものように、ふたり分の食事の支度ができるのだ。

 

 ……クラウドのことは大切に思っている。その気持ちに嘘はない。現にこうしてセフィロスのことに気を取られていても、彼のことを思いやる心がなくなるわけではない。

 いつもどおり、ふたりで他愛もない話をして、夕食をとり、一つ屋根の下で眠るのだ。

 

 ……胸が苦しい……

 震えそうになる吐息をぐっとこらえ、俺は努めて平静を保った。

 恋とはこんなにもつらいものなのだろうか。そしてその苦痛が激しければ激しいほど、甘い痛みとなって胸をかき乱される。

 

 今頃、あの人はどうしているだろう。

 昼間俺に見せてくれた人形の城で、ひとり佇んでいるのだろうか。

 その間、ほんの少しでも俺のことを考えたりはしてくれていないのだろうか。

 

 いや……俺は恋を知ると同時に失恋したようなものだ。

 セフィロスは、俺から身をよじって逃げてしまったではないか。……もうこの恋は終わりなのだろうか。未来永劫報われることはないのだろうか……?

 

 コスタ・デル・ソルに居るセフィロスの忠告を思い出す。

『よけいな手出しをするな』

『クラウドひとりを大切に見てろ』

 という、あれらの言葉。

 きっとそれは正しい忠告だったのだろう。だが、今の俺は自覚してしまったのだ。

 氷の精のような白い天使を特別に想う心を。あの人を自分の手の届く場所に置いておきたいというあまりにも身勝手な欲望に。

「痛ッ……!」

 うっかり指先を包丁で切ってしまった。

 その指先を口に含むと、苦い鉄の味が広がった。