~この手をとってささやいて~
 
<最終回>
 
 レオン
 

 

 

 

 結局二週間ほど、コスタ・デル・ソルで世話になった。

 ホロウバスティオンに帰る日は、家族総出で見送られる。

 時空のゆがみは、海岸線にあるというのに、皆勢揃いでその場所まで来てくれた。

 

「今回は世話になってしまった。この礼は、また会えたときに……」

 俺が言いかけたのを、ヴィンセントさんが遮る。

「そんな水くさいことを言わないでくれたまえ。また、いつでも顔を出して欲しい。もちろん、ふたり一緒に……」

「あ、ああ、それは是非そうしたいが……」

 と言って、『セフィロス』のほうを見る。

「ホロウバスティオンと、コスタ・デル・ソルでは時空が異なるからな……もし、また入り口が開いたのなら、会いに来よう」

 そう言って彼は淡い笑みを浮べた。

「きりがないな……では、行こうか、レオン」

 そう言って、『セフィロス』が俺に手を差し伸べてくれた。

 ……以前は、俺が差し出した手を、振り切って逃げ出したのに。そんなささやかな記憶が、つい昨日のことのように思い出される。

「ここの時空のよじれは大きい。そのまま歩き進めば、ホロウバスティオンに戻れる」

 手を引いてくれる『セフィロス』に従って、俺は前に歩いた。

 

 ……一瞬の浮遊感……

 いつまで経ってもなれない感覚だ。足元をすくい取られるというか……

 

 すると、俺と『セフィロス』は、あっという間に元の場所に……アンセムの城の寝室に戻ってきていた。

 

「……レオン、時間圧縮は、万分の一だ。おまえがこの部屋に来てから、ようやく一時間経つというところだろう」

 『セフィロス』が穏やかにそう言った。

「それはいいが……『セフィロス』、頼む。どうかこの城に留まってくれないか」

 俺は逆に彼の腕をとって、そう願った。

「…………」

 無言のまま、『セフィロス』が俺を見つめる。

「……自分でも勝手なことを言ってるとは思っている。だが、無機質な人形の城には戻らないでくれ」

 俺は、以前彼が見せてくれた、『セフィロス』の棲む世界を、人形の城と呼んだ。

 何一つ生きている物はいない、どこまでも続く石英の樹木と、『セフィロス』の名の入った墓標が続くその場所は、到底彼を置いておくには、安心できる場所ではない。

 

 

 

 

 

 

「どうか、頼む。このアンセムの城に留まってくれ」

 俺は頭を直角に下げて、彼にそう頼んだ。

「この城は……人の出入りがあるのではないか」

 彼が言う。

「大丈夫だ。ハートレスやノーバディのせいで、自警団の監視下にあるゆえ、今はめったに人は訪れない。城のこのフロアにまで昇ってこられる猛者はいないだろうし」

「…………」

「俺には帰らなければならない家がある。……だが、アンタがこの場所に居てくれるなら、毎日でも顔を出そう」

「クックックッ……それこそ、クラウドに何か疑われるのではないか」

 妙に楽しそうに『セフィロス』が笑った。

「それは大丈夫だ。アンタが安全な場所に居てくれさえするのなら、俺はなんでもしてみせる」

 我ながらしつこく粘っていると思う。だが、この件については、引いてはいけない。あんな無機質な世界へ、ただひとりで居ては、気もおかしくなろうというものだ。

「……いいだろう。なるべくこの城に留まろう。今はそれでよしとしろ」

 『セフィロス』はそういうと、アンセムの寝台にぽすんと腰を下ろした。

「幸い、浴室からキッチンまで揃っているしな。ここに留まるのもそれほど不自由じゃなさそうだ」

「わかった。ありがとう」

 礼を言う俺に、『セフィロス』はさもおかしいというように、また笑ったのである。

「……そんなにかしこまって礼を言われることではない」

「それから、携帯電話を活用してくれないか。たとえば、ここにいるときに連絡をくれるとか……」

「携帯電話……な。おまえもラグナもメールをよこしすぎだ」

 銀色の小さな機器を取り出して、呆れたように彼が言う。

「返事をやろうとしたが、どう書いていいものやら……」

「なんでもいいんだ。今、居る場所を書いてよこすだけでも、俺としてはありがたい」

「そんなものか。あちらの世界のセフィロスに、携帯を見せてみたが、なんともいえない顔つきでメールとやらをのぞいていたぞ」

 あっけらかんとして『セフィロス』が言った。

「メ、メールを見せたのか?」

「いけなかったか。興味深そうに見ていたぞ。だが、渋い顔をしていたが……」

 『セフィロス』に悪気はない。

 俺からのメールだとて、常道を逸したものは送っていないはずだ。だが、コスタ・デル・ソルの彼が、渋い顔をしていたというのは、問題だ。内容がよくないということなのだろうか。

「いずれにせよ……おまえはもう家に帰るがいい。私も少々疲れたので、湯に浸かってから休もうと思う」

「……ここに……アンセムの城に居てくれるか」

 真剣な面持ちでそう訊ねると、『セフィロス』は、

「そうだな。……そうすることにしよう」

 と言ってくれた。

 

 俺は後ろ髪を引かれる思いで、城を後にした。

 気持ちが通じ合えたなら、今度はひとときだとて離れたくないと感じてしまう。

 俺はこんなにもよくばりだったのだろうか。

 日常生活に戻るために、帰路を急いだ。そしてクラウドに微笑みかけてやらなけらばならない。

 俺は自らの誓いを、反故にせぬよう、気を引き締めて自宅へと戻ったのであった。