KHセフィロス様の憂鬱
〜おまけのうらしま外伝〜
<20>
 
 スコール・レオンハート
 

 

 

 

 5時間……というのが、こんなにも早いとは。

 

 たぶん、これほど長く、彼の間近に居たことがなかったせいかもしれない。

 特に何かしたというわけではないのに、空港に着いた俺はかなり疲労していた。

 

 大統領旅客機でのフライトは、概ね快適で……ああ、だが、慣れないセフィロスは、途中で気分が優れなくなったのだ。

 多少なりとも親しく会話したいという俺の願いも虚しく費えた。

 真っ青な顔色で冷や汗を掻く彼に、「具合が悪いのか?」と尋ねると、「気持ちが悪い……」と小声で答えた。

 

 傷の痛みや発熱などではなく、どうやら乗り物酔いらしかった。

 係員に手伝ってもらい、簡易ベッドを設置すると、セフィロスには到着までそこに横になってもらうことにしたのであった。

 仕立ての良いスーツの上着を脱がし、アスコットタイを緩める。

 すぐさま用意された、冷たい水とタオルで対処しつつ様子を見ながら、フライトを続けることになった。

 彼は自らの体調が、思い通りにならぬことに軽い自己嫌悪と焦燥を抱いたようであった。

 もっともそれを素直に口に出す人物ではない。

 苦しげな息を堪えつつ、何も言わず時を過ごしていた。

 こちらから声を掛けようかとも思ったが、具合が悪いところを煩わせることになろうかと、敢えて沈黙を守ることにした。

 

 だが、旅客機がホロウバスティオンに到着する際になると、彼はしゃんと身を起こし、窓から懐かしの地を眺めた。

 

 

 

 

 

 

「セフィロス、無理をせずに横になっていたらどうだ? 到着したら知らせるぞ」

「……大事ない。世話を掛けた」

 平坦な口調で彼は謝罪とも着かぬ言葉を綴った。

 

 乗客は俺と彼のふたりしかいないのだが、ご丁寧に館内放送が入った。

 後、十分ほどでホロウバスティオン、空港上空に到着するらしい。この地は霧が深いので、着陸するのに時間がかかる。

 

「結局、アンタとはまた話ができなかった……」

「……話? 何だ……? あの子のことか……?」

 『あの子』というのは、俺の家に居るクラウドのことを指しているのだろう。

 そう……いつだって、セフィロスは、クラウドの存在を通してしか俺を見ない。

 

 ……それはある意味あたりまえなのだ。

 セフィロスに傷つけられ、ずたぼろになったクラウドを俺は保護し、側近くに置いている。最初からそんなつもりはなかったが、結果的に、俺たちふたりは、ただの友人の領域を越え、特別な存在として認識し合うに至った。

 ……自惚れが許されるのなら、俺以上にクラウド本人がそれを強く望んだからだ、と付け加えておこう。

 

 ……端から見るなら、セフィロスとクラウドの関係に、俺が割り込み、クラウドを彼から奪い取った(望むと望まざるとに関わらず)……こういう図式なのである。

 現在の構図は、俺とセフィロスは、クラウドを中心に置いた恋敵……とでも言えばよいのだろうか。

 もちろん、セフィロスがクラウドに執着しているのは事実だが、それが恋情なのか否かは読み取れない。

 そしてクラウド自身のことも。

 俺の家で生活するようになり、徐々に落ち着きを取り戻しつつはあるものの、やはり『セフィロス』の名には敏感に反応するのだ。

 

 クラウドのことを誰よりも理解している人物……それはやはり現在でこそ、「恋人」という位置に居る俺ではなく、やはりセフィロスなのだと……そう思わされることが多々ある。

 

「どうしたのだ……急に黙り込んで」

 静かな問いかけに、俺はハッと顔を上げた。

「あ……いや、すまん」

「おまえはいつも、ひとりで勝手に考え込んでいるな。……物を考えぬ、あの子とはよい取り合わせだ。いや……あれと共に在るとなると、どうしてもあの子の……」

「……セフィロス!」

 思いがけないきつい声が出ていた。

 強い口調で、彼の物言いを遮ったのが不思議だったのだろう。セフィロスはほんのわずかに、瞳を瞠って俺を見た。

「やめてくれ、セフィロス」

「……? どうした?」

「……アンタは……アンタは、いつでも、クラウドを通して俺を語る。俺の決めたことや選択した行動をも、すべてあいつの存在を仲介に見る。……それはやめてくれ」

「…………?」

 俺が激昂する意味がわからなかったのだろう。

 彼は、湖のような淡いブルーの瞳で、じっと見つめ返してきた。

「クラウドは大切な人間だが……少なくともアンタと話をしているときは、俺個人として、真摯に物を言っているつもりだ。彼の存在は関係ない」

「……レオン……?」

 名を綴る声音に、わずかに困惑の色が混じる。

 バカな……! ただでさえ、具合の悪い彼を煩わせてどうするのだ!?

 俺はひとつ大きく吐息すると、敢えて落ち着いた声で謝罪した。

「……すまない。大声を出して」

「…………」

「アンタは具合がよくないというのに。俺のことで煩わせるのは本意ではない」

 言い訳がましいセリフに、セフィロスは

「……おまえはよくわからぬ」

 と、ひっそりつぶやいた。

 

 そんなやりとりをしている間に、飛行艇はエアポートに到着した。

 互いに手ぶらもよいところだが、セフィロスは上着のポケットにラグナからもらった携帯電話を入れていた。

 ヤツが選んだにしては瀟洒で機能的なそれは、セフィロスによく似合っているようだ。

 ……と、そう認めると同時に、苛立ちが最高潮に達した。

 

「……では、私はここで。手間をかけたな、おまえにも、おまえの父親にも」

 専用旅客機の到着口ゆえ、一般の人間は入ってこられない。

 俺と、セフィロスは、巨大なステップに、ふたりして並んでいたのだ。

「……礼と謝罪を述べるのは俺のほうだ、セフィロス」

「ふふ……相変わらず堅苦しい男だな、おまえは…… 父親とは大違いだ」

 セフィロスは低い声でそうささやき、わずかに口元をほころばせると、ゆっくりと歩き出した。

 まただ……また、俺はセフィロスの居所も、まともに教えてもらえぬまま、ここで別れることになる。

 そして日常に戻るのだ。

 セフィロスにとっては、何の関わりもない……そう、ただ、『クラウドの一時的な保護者』としての俺……

 

「セフィロス……!」

 ダンダン!と力を込めて彼に向かって歩き出す。

 これからひとり、傷を癒やす彼を煩わせるのは本望ではない。だが、俺にできることがあるのなら…… いや、せめて、アンタに『手を貸せる人間が居るのだ』ということを、心に刻んでもらうために……!!

「セフィロス……ッ!!」

「……? なんだ……? まだ、何か……?」

「その……ラグナも言っていただろう。俺に何かできることがあるのなら、その……なんでもしたいと思っている。せめてアンタの居場所へ、一度連れていってはくれないか? 帰りはひとりでいい。いや、ただ、俺は……」

「……今日は無理だろう……」

 苦笑しつつ、セフィロスはそうつぶやいた。

 そして、傷を負ったほうでない手を、すっと持ち上げ、一方を指し示した。

 ガラス張りの、待合いロビー……そこに映る、金色のチョコボ頭を。

「ク、クラウド……」

「……私はもう何も問題はない。心配は無用だ」

 ふたたび踵を返すセフィロス。

 だが、俺はとっさに、彼の胸ポケットから携帯電話を抜き取った。あのクソ暑い南国の島で、ものすごいキャラクターたちに囲まれ、しぶとく食い下がる術は身につけたのだ。

「失敬……!」

「…………?」

「……ラグナの次というのが気に入らないが、俺の連絡先も登録させてもらう」

「……は……?」

「アンタは恩人だ。もし、何か困惑するようなことがあれば、いつでも声を掛けてくれ。これはクラウドのこととはまったく別の話だ。俺にとっては……その……当然の恩返しだ」

 そう告げた後に、「恩返し」などという言葉を使わねばよかったと気付いたが、緊張して平常心を失った俺にとっては、精一杯の理由づけであった。

 機器には疎そうなセフィロスの目を盗んで、表示させた彼の番号を暗記する。いつでもこちらから連絡が取れるように。俺は数字を覚えるのは強いのだ。

 もし仮に電話に出てもらえなくても、通信可能な状態であれば不安は半分に減る。

 

 俺は手早くそれらの作業をしたつもりではあったが、セフィロスは一度も途中で邪魔しようとも、携帯電話を奪い返そうともしなかった。

「……すまない。勝手なことをして」

「いや……」

 差し出したそれを、何の感慨もなく受け取り、今度こそ彼は足早にエアポートを去っていった。一度も振り返ることなく。

 そんな彼をさらに追うことはしなかった。

 ……俺にはまず帰らねばならぬ場所があるから。これ以上、不安なまま、置き去りにはできない人がいるから。

 

 気を取り直し、金の髪の青年のもとへ、まっすぐと向かった。

 どうか、おのれの表情が強ばっていないようにと、そう祈りつつ……

 

 

終わり