うらしまクラウド
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<16>
〜帰還〜
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

「……レオン……? だ、だいじょうぶ……?」

 恐る恐る、オレを抱きしめるレオンの髪に触れてみる。

「……正直……どうすべきか迷ったんだ」

 彼は耳元で苦しげにささやいた。

 

「……え? なに……レオン?」

「おまえのことを誰も知らない世界へ行けた方が……セフィロスなどいないところへ行ってしまったほうが……もしかしたらおまえにとっては幸福なのかも知れないと……悩んだ」

 肩を掴んでいた手がそっと背に回され、やさしく……本当にやさしくオレを抱きしめてくれる。

 ……うん、レオンだ……

 レオンの腕だ……こんなふうに、抱いてくれるの……レオンだけだもの。

 

「おまえは、自身のことでずっと苦悩していただろう? ……ならば、おまえにとって、一番楽な形を選ぶべきだと……逡巡した」

 こんなときでさえも、難しい言葉を羅列するレオン。

 頭の悪いオレには、時々彼の言いたいことがわからなくなってしまう。

「……レオン……」

「すまなかった……おまえを無理やりここへ連れ戻したのは俺の我が儘だ」

「ま、待ってよ、オ、オレ……」

 抱きしめられたまま、なんとか言葉を挟んでみる。

 何故だかわからないが、レオンは自分を責めているみたいだ。

 どうして、悩むの? レオンはいつでも、オレにやさしいのに。どんなときでも、オレのことを大切にしてくれるんだから、そんなふうに自分を責めることなんて何もないじゃない。

 

「レ、レオン……オ、オレ、レオンの言ってること……よくわかんない……」

「……クラウド……」

「で、でも、オレ、ここ、戻ってこられて嬉しい。アンタのとこ、帰ってこられて……」

 『帰って』という言葉を口にした途端だった。

 それまで夢うつつだった、気持ちが不意に現実化し、それはそのままオレの涙腺を直接的に刺激した。

 『帰って』……

 レオンの側に『帰って』こられた……

 

「レ、レオン……レオン……!」

 涙がブワッと音がしそうな勢いで、瞳に溢れてきた。

 本当はちゃんと見ていたいのに、逢えなかった間……何度も何度も夢にまで見たレオンなのに……

 

「レオン……オレ……ごめん……ホントごめん……」

 何も考えることなく、謝罪の言葉がこぼれ落ちた。

 自分でもよくわからなかった。

 心配掛けて「ごめん」なのか、こんなに苦しませて「ごめん」なのか……それとも、セフィロスと過ごした夜のことを申し訳なく思ったのか……

「ごめんね……オレ……また……めいわく……」

「泣くな、おまえが無事ならそれでいいんだ」

 宥めるように、髪を撫で、背を叩いてあやしてくれる。

 

「……でも、どうして……だろう……なんで戻れたのかな……」

「…………」

「あっちの世界で……いろいろ歩き回ってみたり……人に相談したり……してみたのに、全然……」

 情けないことに、ヒックヒックと吐息がひきつる。

 額に張り付いた前髪を、そっと指で梳き、レオンが静かに口を開いた。

「……オレもなんとかならないかと……どうすればいいのかと歩き回り、文献を捜し……最期に人に相談した」

「……そんなに……いろいろしてくれたの?」

「あたりまえだろう。おまえのことだ」

 きっぱりとそう言ってくれる、力強い言葉が嬉しくて……またもや涙腺が緩んでくるのを、寸でのところで食い止めた。

 

「レオン……」

 白いシャツをギュッと握りしめる。もうどこへも行かないように。レオンと離ればなれにならないように。

「おまえは何処に居たんだ? 誰に相談した……?」

「もうひとりの『クラウド』のところ……」

 そう答えると、レオンは驚きもせず、「ああ」と頷いた。

 

「そこで逢った人たちに……『クラウド』のまわりの人たちにいっぱい、いっぱい助けてもらった。何度も泣きそうになったけど……っていうか、泣いちゃったけど……みんな、オレのこと心配して、守ってくれた」

「……そうか」

「……向こうの『セフィロス』にも逢った」

 彼の名を口にしたとき、ズキンと胸の奥が疼いた。

 

「『セフィロス』に……?」

「うん……帰って来れたの……もしかしたら、『セフィロス』のおかげだったのかもしれない……わかんないけど…… あッ……」

 パジャマ一枚で毛布にくるまったままのオレを、レオンが抱き上げた。小さな悲鳴は急に身体が浮いて驚いてしまったからだ。

 そのまま自分のベッドにオレを横たえ、きちんと布団を掛けてくれる。

「……だいじょうぶだってば……病人じゃないんだから」

「ああ、だが、心配でな」

「ね、ここ、ホロウバスティオンだよね?」

「ああ」

 低く応えるレオン。

 

「ここ、あのおうちだよね? レオンのおうちだよね?」

「ああ、オレとおまえの家だ」

「ああ……ホントに帰ってこれたんだ……レオンのところ」

 オレは目をつむり、なつかしい家の香りをすぅっと吸い込んだ。

「……後悔していないか?」

「なにが?」

 何を尋ねているんだろう。おかしなレオン。

「……ここに戻ってきたことを……後悔して……いないか?」

 レオンは掠れそうな小さな声で、そう繰り返した。

 聞いたこともないような、不安げな物言いで……

 

「なに言ってるの。後悔なんてしないよ。それより、帰れなかったら……二度とアンタと逢えなかったらって……そればっか、考えてた」

「……そうか」

 まだ何か言いたげであったが、それ以上、彼は言葉を重ねることをしなかった。

「レオン、ね、もう一回、して?」

 オレは、ベッドの上で半身を起こし、レオンに両手を差し出した。

「……? なんだ?」

「もう一回……さっきみたいにギュッてして……?」

「…………」

 

 レオンはそのまま、腰をかがめると、そっと抱きしめてくれた。さっきよりはいくぶん緩やかな力で。

「……これでいいのか?」

「うん……もっとね、ギュッとして」

 そうねだると、オレの背に回された腕に力が入る。

 すると、必然的に、彼の胸に顔を埋める形になり、強い鼓動が耳に響いた。

 

「……苦しくないか?」

「うん。……このままがいい」

「…………」

 困惑しつつも、律儀にそのままの姿勢を崩さない。

 オレは震える吐息をそっと吐き出し、彼の胸元に顔を押しつけた。

「レオン……レオンだ。よかった。ホントにレオンだ。レオンの匂い、する」

「……? な、なんだ、それは? オレはタバコは吸わないし……あ、ああ、今朝はまだシャワーは……」

「違うよ。レオンの匂いはレオンの匂いだよ……オレ、ちゃんと知ってる……」

 

 強くて不器用なレオン。

 言葉の足りないレオン。

 ……でも、だれよりやさしくて、オレを大切に思ってくれているレオン……

 

 

 

 

 ……しかし、なぜ、オレはパジャマ一枚で毛布にくるまり、壁にひっついていたのか。

 しかも自室ではなく、レオンの部屋で寝ていたのか……『クラウド』と入れ替わりになったというなら、なぜ『クラウド』はそんなことをしていのだろう。

 謎は深まるばかりだったが、レオンは額を押さえたまま、はっきりとは教えてくれない。

 

 ただ、この場所に、『クラウド』が居て、しばらく一緒に生活していたと言っていた。

 

 逢えなかったもうひとりの自分、『クラウド』。

 あんなにやさしいヴィンセントさんが今の恋人で、『セフィロス』に愛された『クラウド』。

 ……ありがとう。

 アンタのまわりの人たちは、とてもオレによくしてくれたよ。名前だけが同じで、だれからも愛されたアンタとは大違いのオレなんかに、本当に親切にしてくれた。

 女の人みたいに綺麗なヤズー。生意気だけど可愛いカダージュ。ガタイはいいけど気弱でやさしいロッズ。

 自分だって本当は不安で心配でたまらないのに、いつでもオレの気持ちを大切に考えてくれたヴィンセントさん。

 そして、オレをああいう形で愛してくれた『セフィロス』。

 

 『クラウド』。

 一度でいいから、アンタに逢ってみたいよ。アンタはオレ見てなんて言うだろう。もしかしたら、すごくがっかりするかもしれないよね。

 誰か側に居てくれないと、生きていけないような弱い、もうひとりの『クラウド』を見たら。

 ……ううん。そんなことはないか。

 すぐに悪い方へ考えちゃうのはオレのよくないクセなのかもね。

 レオンはアンタをそんなヤツじゃないと言っていたよ。それにあんな素敵な人たちに愛されるアンタが、そんな無慈悲なヤツだとは思えない。

 

 『クラウド』、ありがとう。

 もうひとりのオレが、アンタでよかった。アンタのようなヤツで本当に嬉しく思う。

 

 いつの日か……もし、また神様のイタズラがあったとしたら、今度はアンタに逢いに行きたい。

 ありがとう……クラウド。

 

 

 
 

 

終わり