うらしまリターンズ
〜クラウド in ホロウバスティオン〜
<最終回>
 
 スコール・レオンハート(レオン)
 

 

 

 

 

「……ハァ……ハァ……あ……」

「クラウド?」

「……あ……?」

 未だに夢見心地なのだろうか。俺の顔をじっと見るが、惚けたように小さな声を上げるだけだ。

「クラウド!? ……大丈夫か?」

「…………」

「悪かったな、心配をかけて。もう大丈夫だ……安心しろ」

「……え…… あ……ウソ……」

 ようやくまともな言葉をしゃべってくれた。

 蒼い瞳に強い輝きがもどり、それはすぐさま大粒の涙に埋め尽くされた。あわてて近くに置いてあったタオルを手にした。

 

「クラウド、泣くな……身体にさわ……ブハッ!」

 バッチーンと、耳の奥に響く音。巨大風船が鼻先で割れるような感覚が、鼓膜に直接叩き込まれたような感触だった。次の瞬間、つーんと目と鼻の中が熱くなる。

「レ、レオ、レオ……レオンのバカーッ!」

「くっ……痛ッ……」

「な、なんだよ!何なんだよォォッ! どこ行ってたんだよーッ!」

「ク、クラウド……落ちつ……」

「レオンのバカーッッ! オ、オレのこと置いてけぼりにして〜ッ!」

「い、いや、そんなつもりは……」

 バキッ! バッチーン!

 連続攻撃だ。病人とはいえ、パンチの威力はそれほど落ちてはいない。

「バカバカバカーッ! オレがどんな気持ちだったと思うのッ? どんだけレオンのこと捜したと思ってんだよーッ!」

「す、すまない…… だ、だが……」

 『だが、俺にも何がなんだかわからなかった。知らない間に、『クラウド』の世界へ行っていたんだ』

 そう説明しようかと思っていた。きちんと理を持って話そうと考えていた。

 だが、渾身の力でしがみつき、泣きじゃくるクラウドを見ていたら、それはまだ、後のことでいいと思うようになった。

 

「……悪かった。すまなかったな、クラウド」

 出来る限り静かな声で……宥めるようにそうささやく。

「うっうっ……えっえっ……げっ……げほっ!ごほっ!」

 涙に噎せて咳き込んでしまう。

 チョコボの尾のような金髪に、そっと触れた。やわらかなくせ毛の感触が心地いい。なだめるように繰り返し撫で、背を軽く叩き落ち着かせてやる。

「泣くな…… な? もう大丈夫だから……何の心配もいらないから……」

「レオン……レオン……レオン…… もう、どこにも行かないでよ…… ずっと……ここ……居て……」

 しゃくり上げながら、必死に言い募るクラウド。

 熱のせいでただでさえ火照っていた顔が、リンゴのように真っ赤になっている。

「わかってる……もう大丈夫だ。だから落ち着け……」

「うっうっ……えっえっ……」

「すまなかった…… 可哀想なことをしたな。心配させて悪かった」

 俺は謝罪の言葉を繰り返した。

 抱きしめた身体が、一回りほども細くなってしまったような気がした。ズキンと胸が痛む。

 ああ、本当にコイツは、側について守ってやらなければならない子なのだ。ひとりで放っておける者ではないのだ。傷つけられた魂は、ようやくかさぶたができ、痛みが薄らいできたばかりで、まだ俺の手を必要としている。

「もう大丈夫だから…… 泣くな、クラウド」

「うっうっ……えっえっ……」

「な? 身体に障るから……」

 丸められた背を、撫でさすりつつ、思いを馳せる。

 クラウドにではない。 

 別れてしまった『セフィロス』に。

 

 こうして泣くことができるならば、あの人はどれほど楽であったろうか。

 こうして、誰かに縋ることができたなら、どれほど救われただろうか。

 可哀想な『セフィロス』。

 孤独で孤高のまま、彼はいったいどこに行こうとしているのだろう。

 

 もうひとりのセフィロスはこう言っていた。

『もし、あいつが『クラウド』と同じようにおまえを求めたとしたら? おまえはどうするつもりだ? おずおずと差し伸べられた手を振り払うことができるのか』

 今なら、冷静に答えられる気がする。

 きっと俺は、彼の手を振り払うことはしない。いや『できない』。 

 『セフィロス』が俺に救いを求めるのなら、俺はそれに応じるだろう。

 もちろん、『クラウド』のことは、彼が「もういい」と言うまで、ずっと一緒に居るし、支え続けると思う。それはすでに自身に誓ったことだ。

 だが、泣くことすら出来ない『セフィロス』の痛みに、気付かぬ振りをするのはもはや俺にとって犯罪に等しい。その痛みを消してやることはできなくとも、苦しみを理解してやりたいのだ。ほんの少しでも楽にしてやりたい。痛切にそう思う。

 

 ……ああ、もうひとりのセフィロスが言っていたように、俺はあの人に惹かれているのかもしれない。

 『クラウド』を守ろうと決めたときと、似たようであきらかに異なる感情。

 ごまかしても致し方がない。それがいわゆる恋情なのか、それとも形の異なる親愛の情なのか……経験値の少ない俺にはわかりそうもなかった。

 だが、彼を放っておけないと感じるこの気持ちだけは、まぎれもなく本物であったし、不器用な俺は、愚直にそれを実践するのだろうと思う。

 

 いつか……いつの日か、『クラウド』が、もう少し強くなれたなら、『セフィロス』の話をしてやろうと思う。

 『クラウド』をああいう形でしか愛せなかった『セフィロス』。

 そうせざるを得なかった、病んだ魂のことを。

 その日が来るまで、クラウドには気付かれぬよう、『セフィロス』を見守ろうと思う。ひどくおこがましい言い方かも知れない。『セフィロス』自身は、たった一度も俺にそういう申し出をしたことなどないのだから。

 だが、あの人の在りようを知ってしまった今、今度こそ差し伸べられた手を取ろう。いや、無理やり腕を引っ張って、抱え込んでやる。

 

 孵ったばかりの雛を抱きしめながら、俺は氷の精霊を想った。

 未熟な俺に、ふたりのためにしてやれることなど少ないのかもしれない。しかしずっと葛藤し続けていたこと……認めたくても避けていた事ども……せめてそれらから目を反らせることなく、彼らとかかわっていこうと……そう決めたのであった。

 

 そして、今回の招かざる珍事は、俺にそれを決意させるために起こったのではないかと……そんな都合の良い思考をする自身がいささか滑稽に感じたのであった。

 

 ……『セフィロス』……

 アンタはどこに居るんだ?

 どこに行けば逢えるのだろうか?

 『城へ……』

 この前、会話したとき、俺の質問にアンタはそう答えた。

 

 ……やらなければならないことは……いや、俺にできることはまだたくさんある……

 自身にそう語りかけると、クラウドを抱く腕に、そっと力を込めてやった……

 

終わり