スポーツの秋物語<6>
  
 
 土浦 梁太郎
 

   

「はぁ〜……それで、月森くんと障害物競走に出ることになったんだ」

 呆れた様子で……だが、どこか面白がっている雰囲気を漂わせ、加地がため息混じりにそう言った。

「いや、もうね……俺的には何が何だか……」

「ま、音楽科の有志チームは白組で仲間なんだから、おかしいことはないけど」

「そういう問題じゃねーだろ。障害物競走なんて出るつもりはまったくなかったし、ましてや月森と組むことになるなんて……」

 はぁ〜と心の底からため息を吐いて、俺は顔を両手に押しつけた。

 ああ、もちろん、ここは学食の一角、窓際の席だ。本来は勉強するための席ではないが、放課後のがら空きになる時間帯のみ、自由に使うことができる。

 小腹が空いたらすぐに何か食べられるし、俺たちと同じように宿題を片づけているメンツも多い。

 

「なんでよ、月森と組むの、そんなに嫌なの?」

 ズバズバと訊ねて来るのはもちろん加地だ。こいつは基本的に言葉を飾らない。

「いや、嫌だのなんだのっつー前の話だろ。久々にまともに話をしたと思ったら、唐突によ……そもそもあいつは体育祭なんて、出場するようなキャラじゃなかったはずなんだよ……」

「だから、それは、これまで土浦といろいろあって、一緒に参加したいと思ったんだろう?」

「いろいろあってってなんだよ……別にペアを申し出られるような関係じゃないっつーの」

「うーん、それは土浦にとってはそうかもしれないけど、例の一件は月森にとって、人生観が変わるような大きな出来事だったんじゃないのかな。まぁ、ふたりきりでいたとき何があったか知らないけど」

 話の内容をまるきり知らない人間が耳にしたら、なにやら誤解されてしまいそうな言い回しに、俺は眉を顰めた。

「いや、別になにもねーよ。そりゃ、なんとか助かるために、協力し合ったのは確かだけどさ」

「まぁ、いいじゃない。もう引き受けちゃったんなら後には退けないだろ。そりゃ、土浦目当ての女の子たちには気の毒だけど、相手が月森なら、誰も文句いえないだろうし」

 いけしゃあしゃあと加地が言った。

 

 

 

 

 

 

「なんだよ、そいつは。だからそんな女いないっつーの。ただ、月森と一緒に出るとなると、怪我させるわけにはいかないからな。十分気をつけてやらないと……」

「それこそ、おおげさじゃん。まるでお姫様を守るナイトのセリフだ」

 茶化すでもなく、加地が呆れたようにそう言った。

「オメーはまだ付き合いが浅いから知らないだろうけど、あいつはお世辞にも要領がいい奴じゃねーんだよ。一見、しっかりしているように見えるのに、とんでもないドジをかましたりすんだよな。ちょっと前には、俺の傷の手当てをしている最中に倒れられるし……なんかこう放っておけないんだよ」

「ふぅん、『放っておけない』ねぇ」

 と加地が繰り返す。

「例の合宿のときだって、ボートから放り出されたりしただろ。本人はいつでも真剣で必死なのに、トラブルに巻き込まれやすいというか……まぁ、さすがに学校内でおこなわれる体育祭なんだから考えすぎだとは思うが……指にテーピングくらいはさせておいたほうがいいかもしれねーな……」

「まぁまぁ、当日まではまだまだ時間があるんだし、ふたりで打ち合わせする余裕は十分あるだろ。二人三脚なんかは、ぶっつけ本番はきついだろうし、それなりに練習が必要だと思うよ」

 加地がさっさと数学のノートと教科書を片付けながら、いかにももっともらしいことを言った。

 ……確かに、他の競技以上に、障害物競走は練習が必要なのかも知れない。

 なんせ、個人競技ではなく、二人一組、ペアの呼吸が合わなければ、好成績を残すのは難しいだろう。

 これから体育祭までの二週間は部活動も休みになる。せっかくの機会なので、ピアノの練習もしようと考えていたが、何割かは月森との障害物競走のための時間に割り当てるしかなさそうだ。

「ほらほら、土浦。次は古文だろ。丸写しするなら、俺のノート貸すけど?」

 加地が宿題のノートを取り出す。

「……いや、自分でやる。とりあえず、引っかかったら教えてくれ」

 はぁとため息混じりにそういうと、

「土浦のそう言う性格、好きだと思っている人は多いと思うんだよねェ。男女の関係なく」

 そういって、野郎のクセに妙に整っているツラを綻ばせたのであった。