虎と狐
<11>
 
 
 加藤清正
 

    

「おい、ちょっ……三成……」

「前に言った。……子どもの頃」

 ……いや。

 いやいや、ちょっと待ってくださいよ。

 前に言ったって、『子どもの頃』くらい昔の話になるのかよーッ!?

 十数年も前の話を持ち出されても、さすがに記憶にあるような、ないような……?

「……子どもの頃か。すまん、さすがによく覚えて……いないかな?」

「俺は覚えている。清正がおぶってくれて……そのときに言った」

 ……子どもの頃、三成をおんぶしたことは何度かある。

 子どもの頃、俺たちはよく探検ごっこなどをして遊んだものだ。一度、雑木林で足を怪我した三成を負ぶって帰ったことがあった。

 背中でひっくひっくとえずきを繰り返す三成を、何度もなだめて夜の暗い道を城まで背に負って歩いた。

 そのときのことだろうか……あのとき、何を話したのか……

「そ、そうか。わかったよ。……特別なんだな。特別……か。悪い気はしないよ」

「……特別だから、怪我とかするな……俺が普通でいられなくなるだろうが」

 ごしと顔を擦ると、掠れた声で三成がつぶやいた。

 ……無茶なことをおっしゃる、とは思うが、俺の怪我を心配してくれているには違いない。

「ああ、わかったよ。もう大丈夫だから、『普通』に戻れよ」

「…………ッ」

 ひっくとしゃくり上げて、三成は涙をぬぐった。

 

 

 

 

 

 

「……じゃ、俺はもう寝るから。おまえは部屋に戻ってろ」

「貴様が眠るまでここにいる」

 三成は頑固にもそう言った。

 何も無理やり部屋に戻す必要はなかったので、俺もそれ以上は言わなかった。

 だが、三成が俺を特別というのなら、言っておきたいことがある。

「……三成、俺のことを特別だと言ってくれるなら、もうああいう真似はすんなよ。マジで気が滅入る」

「……え?」

 と、三成が困惑したような声を上げた。

「ああいう真似って……」

「決まっているだろ。好きでもない奴を相手にするな」

「え……あ、あれはそういう意味じゃなくて。話を引き出す必要があったから。……清正とするのとは全然違って……」

「それでもだ」

 少し強い口調で俺は声を上げた。

「それでも、無理にすることじゃない。嫌だと思うのにやることじゃないんだよ」

「気が滅入る……っていうのは?」

 今にも消えそうな声で三成が問い返してきた。

「言葉通りだよ。おまえが好きでもないのに、あんなことしてると思うと嫌な気分になる。だからもうよせ」

「…………」

「……いいな、わかったな」

「……わかった」

 と、三成は頷いた。

 これで話は終わりだ。

 怪我の分はよけいだったが、三成との間の不可解なしこりは消え去ったと思う。