虎と狐
<最終回>
 
 加藤清正
 

    

「ふーっ、よかった」

「な、なんなのだよ、貴様はさっきから!」

 照れ隠しに逆ギレする三成を、まぁまぁといなしてから、俺は口を開いた。

「いや、よかったと思って。俺の独りよがりではなかったんだな」

「だ、だいたい、清正のほうが、全然肝心なことを言っていないではないか!貴様はどうなのだ。この俺のことをもちろん……!」

「ああ、好きだよ。子どもの頃から」

 素直にそう言うと、今度こそ顔がボンと破裂しそうなほど真っ赤になった。

「面と向かって恥ずかしいことをいうな!それに子どもの頃からって……どういう……」

「いや、それほど恥ずかしくはないだろ」

 俺たちがこれまで重ねてきた行為のほうが、よほど口にするのをはばかられると思うのだが。

「初めて逢ったときからなんとなくな。予感めいたものがあって……ずっと気になっていた。それがどういう感情か今までよくわからなかったが、俺にとっても、おまえは特別みたいだ」

 正直にそう告げると、三成は目線を泳がせながら何かを必死に考えているように見えた。

「な、ならばそれで良いのだよ」

 怒ったようにそういうと、三成はふたたび手にぐるぐると包帯を巻き付けた。

 なんとか格好になったように見えると、俺とは目線を合わせずに立ち上がろうとした。

「部屋に戻る」

「あ、ああ」

「ほ、他に何か言わないのか」

「ああ、そ、そうだな。おまえの室まで送っていく」

「当然だ」

 そんなやりとりをして、俺たちの距離は少しだけ縮まったらしい。

 

 

 

 

 

 

「見合いの相手というのはどんな女だったのだ」

 翌朝、皆が勢揃いの朝食の席で、あまりにも唐突に三成が訊ねた。

「ブッフォォォォ」

 と味噌汁を吐き出しそうになるのを必死にこらえる。

 ちなみに同席しているのは、正則はもちろんのこと、秀吉様やおねね様もいるのだ。

「おま……おまえ、少しは話題を選べって……」

「別に立ち消えになったのならば良いだろう」

「逆に良くねーよ。その……ごく普通のやさしそうなお嬢さんだったよ」

 俺は周囲に気を使いつつ、言葉を選んで説明した。

「ふーん、その『やさしそうなお嬢さん』が気に入らなかったのか」

 ツケツケと訊ねてくる。正則なんぞは興味津々で聞き入っている。

「だから、今はまだ時期じゃないというか……」

「でもよぉ、可愛い子だったんだろ、清正。もったいねーな!」

 正則の言葉に、俺はため息を吐いた。

「……他に気になるヤツがいるからな。そんな気分になれないんだよ」

「えー、マジ?清正、好きな子いんの?俺初耳だぜ~!」

 米粒を飛ばして訊ね返してくる。

「まぁ、そんなところだ」

 向かいの席の三成が真っ赤になっている。一応、俺の言いたいことは通じていると思いたい。

 なおも追いすがって訊ねてくる正則をいなして、俺は今日の仕事を済ませに部屋に戻った。

 まもなく、四国へ……長宗我部との戦になるだろう。気を緩めている場合ではないが、子どもの頃からの、不思議な保護欲に、名前がついたことを良しとしたい気分だった。

 

終わり