9days
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
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 ヤズー
 

 

 

 

 

 

 

 

the fifth day……

 

 床上げが済んでしまえば、後は早いものである。

 なんといっても、『セフィロス』なのだ。いかに深手を負っていようとも、治りは順調で、それ以降、熱にうなされる日もなく、静かに時が過ぎていった。

 

 そう不思議なことに、本当に『静かに時が過ぎて……』という形容がもっとも似つかわしいと思う。

 家族がひとり増えたのだから、いつもの食卓はにぎやかになっておかしくないし、日中だとて常よりも騒がしくなるはずなのに……

 『セフィロス』の在りようのせいなのであろうか。

 彼が居る空間は不思議な静謐に満ちているのだった。

 だいたい、あの人は、いつでもひとところに落ち着いている。兄さんやカダたちのように、ちょこちょこ動き回ったりはしないのだ。またウチのセフィロスのように、おおっぴらに遊び歩いたりもしない。

 朝……わりと早めの時間に起きて、皆と一緒に食事を取り、後はずっとサンルームのカウチソファに寄りかかり、中庭を眺めている。新聞や本を読むこともなく、ずっと中庭を眺めているのだ。

 一度、「なにを見ているの?」と訊ねたことがあったが、「外を……」というごくあたりまえの返事しかなかった。

 子猫のヴィンは、殊の外彼のことを気に入ってしまったようで、勝手にサンルームに入り込み、カウチソファに寄りかかった『セフィロス』の腹の上で、のんびりとくつろいでいた。『セフィロス』も、ヴィンを邪険にしたり、邪魔扱いすることなく、細い指でゆっくり小さな身体を撫でてやっていた。

 今朝も、朝食を終え、俺は『セフィロス』と一緒に風呂に入った。

 片手では身体を洗うのにも難儀だろうし、なにより、腰を覆うほどに豊かな長髪を扱えようもない。

 メインの浴室はリフォームの時に、もとよりも大分大きく改築してもらったので、ふたりで入っても十分な広さがあるのだ。

「はい、いいよ。髪の毛終わり! ちょっと入って温まる?」

「……いや……もう十分だ。シャワーを浴びて上がる」

 湯に入ったせいか、白磁のような肌が微かに上気し、いつもより少しだけ彼は健康的に見えた。ウチのセフィロスがあのとおりの暴漢のせいだろうか。同じ姿なのに、口数も少なく、風呂や食事以外は、勝手に出歩くこともなく、ひとところで静かに時を過ごす彼はまるで死病の療養患者のように生気がなく見えてしまうのであった。

 ああ、いけない。縁起でもないことを。

「じゃ、お湯掛けるね。動かないで」

「……ああ」

 言われたまま、軽く顎を上向け、直立する。

 ああ、こうして並んでみると、やはり彼は背が高い。俺だってヴィンセントと同じらいはあるのだから、けっこう長身のほうだと思うが、『セフィロス』のほうが、頭一つ以上大きいのだ。

 シャワー口から流れ落ちる雨のような湯が、彼の白い肌に弾かれ珠になってこぼれてゆく。なめらかでしなやかな身体。服を着ていると細身に見えるものの、こうして裸体を眺めてみると、鞭のようにしなやかな筋肉が、高い長身を覆っていた。

「……なんだ?」

 黙ったまま、ずっと一カ所にシャワーの湯をかけ続けていたせいだろう。『セフィロス』が後ろに立つ俺に声を掛けてきた。

「え、ああ、ごめん。なんでもないよ。……ね、その傷……」

 雪のような肌……その調和を乱している部分が脇腹の一角であった。

 深い部分に、引き連れたような傷跡が残っている。そこだけ普通の肌の色ではなく、やや青みがかって、内部で鬱血したような印象だ。

「……昔のものだ。なんともない」

「肩の傷よりも重傷だったろうね。……あまり無茶するもんじゃないよ」

 冗談めかしてそう言ってやると、彼は向こうを向いたまま、フッと低く笑った。

 

 

 

 

「はぁい、ヴィンセント、お風呂終わり〜」

 と、俺はサンルームの清掃を終えたヴィンセントに声を掛けた。

「ああ、ではこちらへ、『セフィロス』……」

「ああ」

「ヤズーも早く着替えてきたまえ、風邪を引くぞ」

「やだなァ、南国のまっ昼間じゃないのォ。あ〜、暑〜い! カダ、バド取って」

 弟に好みのビールを頼む。カロリーが心配なのだが、今のところは大丈夫そうである。

「オッケー。『セフィロス』は何を飲む?」

「……同じもので」

「酒は身体に良くない……フルーツジュースなどにしたほうがよいのではないか?」

「……ではヴィンセントの言うもので」

「おいおい、貴様には主体性っつーもんがないのか? 別れろって脅されたら別れるのか? 結婚してくれと言われたら、あっさり入り婿になるのか?」

「……ちょっとよしなさいよ、セフィロス。ワケわかんない混ぜっ返しをすんじゃないの」

 退屈しのぎに、『セフィロス』に絡む、我が家の大魔王をいなして、俺は一気にビールを空けた。

「はい、『セフィロス』。ジュース」

 缶のままではなく、きちんと氷を入れたグラスに空けて運んでくるカダージュ。この子もおとなしくて従順な『セフィロス』を好いているのだ。

 『セフィロス』は「すまない」とつぶやいて、それを受け取った。なんだかひどくカダージュが嬉しそうだ。

 ウチのセフィロスは、まともにカダやロッズの相手をしない。兄さんにさえ「すっこんでろ!」と怒鳴りつけるような輩だ。

 だから、同じ姿をしたもうひとりの『セフィロス』が、きちんとした応対をしてくれるのが、本当に嬉しいのだろう。

「では、『セフィロス』。髪を整えるから……」

 とヴィンセント。入浴の介助は俺。出た後はヴィンセントの受け持ちだ。

「手間を掛ける」

「いや、全然。私は君の長い髪が大好きなんだ…… とても綺麗で銀色に輝いていて……

「……そうか」

 どうでもよさそうに彼は相づちを打った。

 ヴィンセントが、遠くからドライヤーを宛て、髪を乾かす。『セフィロス』の髪は細くて長いわけだが、乾きは早い。

 それから、目の粗いクシで大まかに髪を梳き、ようやく豚毛のブラシを掛けるのであった。

「兄さん。いつまでそこで眺めてるの? 午後は配達があるって言ってたじゃない」

 俺はサンルームのソファに寝転がっている兄さんに声を掛けた。最近、なにかというと、『セフィロス』に付きまとっている。理由は簡単だ。ヴィンセントが『セフィロス』べったりだからである。

「ゴハンの仕度できてるよ。早く食べちゃいなよ」

「……まだ平気だもん」

「……あのね、ヴィンセントは怪我した『セフィロス』のお世話をしてあげてるんだからね? わかってるよね?」

 ツケツケと諭すように俺は言い聞かせた。

「わかってるよ。……何にも言ってないじゃん」

「顔がむくれてるから言ってるの」

「あ〜あ、俺もヤズーたちみたいな銀髪ならよかった〜!」

 聞こえよがしにそう宣う兄さん。ヴィンセントは振り向きもせずに、ひたすら『セフィロス』の髪を梳いている。

「セフィロスにもアホチョコボって言われるし……」

「……私は何も言っておらぬが?」

 むこうを向いたまま、『セフィロス』がささいた。ヴィンセントに髪を梳かされているので、こちらを見られないのだ。

「アンタじゃないよ。ウチの意地悪大魔王」

 兄さんの物言いに、『セフィロス』がフッと笑った。

「……おまえの金の髪だとて、とても美しいではないか」

 めずらしくも『セフィロス』は言葉を続けた。

「だって、ヴィンセントがセフィロスの銀髪好きって言うんだもん。なら俺だってそっちのほうがいい」

「……クラウド……」

 たしなめるように彼の名を呼んだのはヴィンセントだった。手をやすめはしない。

「そうか……おまえはヴィンセント・ヴァレンタインの恋人だったな」

「そーだよ。忘れないでよ」

「……クラウド、よしなさい」

「いや……そういった近しい間柄になると、なかなか相手の良いところを、面と向かって誉める機会が作りにくくなるだけであろう。おまえは子ども子どもしているが、なかなか退屈しない面白い青年だ」

 誉め言葉ととるべきか否か。その間で揺れ動く兄さんを無視して、俺は着替えを取りに行った。『セフィロス』は一日中、寝間着を着ているわけではなく、床上げの翌日から、昼間はきちんと平服を着用している。もっぱらウチのセフィロスの服を借りているわけだが、何枚かは彼のために新調したのだ。

 『セフィロス』は一日のほとんどを室内で過ごす。

 だが、日差しが落ち着くと、外に出ることもあった。もっとも遠出をするわけではない。ぶらぶらと海岸を歩き、そこらの景色を眺め、気が向けば青物市場を覗くという程度だった。

 そうそう。

 青物市場と言えば、俺とヴィンセントには日常的な場所だが、先日、買い物をしている最中に『セフィロス』に出くわして、ひどく驚いたものだ。

 ……麻のシャツにダークグレーのパンツという、ごくシンプルな装いにも関わらず、彼はひどく人目を引いた。おそらくウチのセフィロスが、その場に居ても、彼ほど激しく注目されはしないだろうと思われる。

 なぜなら、彼は適度に柄が悪いし、適当に人々と交われる人間だからだ。にぎやかでやや泥臭い、田舎町の青物市場ゆえ、そこそこ見られることはあろうが、違和感や不調和を感じるほどではない。ようはそれなりに俗人っぽさがあるのだ。

 だが、あちらの『セフィロス』は違っていた。

 完全に世界が異なるのだ。纏う空気、人々を見る眼差しひとつ……どれをとっても、そこに居る多くの平凡な『民』たちとは、生成物質からして異なるのだというオーラを発していた。もちろん、本人に自覚はなかろうが。

 野菜売りのおばさんの前で、ぼんやりと立ちつくしている彼を見つけた時、ヴィンセントは飛び上がらんばかりに驚いていた。だが、『セフィロス』にしてみれば、異国どころか、別世界の市場を見る機会などめったになかろう。それゆえ、中年女性の野菜の店で足を止めたのである。

 すぐに『セフィロス』をフォローしに走ると、彼はもうしばらく市場に居たいと意思表示した。それほど強い興味を示した様子ではなかったが、もう少し見ていたいというのだ。俺たちは彼に付き合い、三十分ほどタイムロスをした。

 その間、面白い形をした野菜や、目の覚める色彩の果物などを指さし、ヴィンセントに「これは……?」とその都度訊ねるのであった。もちろん、ヴィンセントが丁寧に解説し、『彼』の欲しがるものはすべて買って帰ったのである。

 

 おっと、話がやや逸れたが、おおむね、『セフィロス』は療養の期間をそんな感じで過ごしていた。

 ヴィンセントに加勢するわけではないが、客観的に見ても、この家の在りようは、決して『セフィロス』の気に障るものではなかったし、むしろ適度に興味を満足させ、また彼ひとりの時間も大切にしてやることができていたと、そう思っている……