9days
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家&おまけの『うらしま』〜
<最終回>
 
 セフィロス
 

 


 

 

  

 

 翌朝。

 

 オレ様はかなりムカムカとした気分で起き出した。

 時間もいつもより遅い。

 もっとも昨夜は、日付が変わってからの帰還ゆえに、致し方ないとも言えるわけだが。

「おはよ。さすがにお寝坊だね、セフィロス」

 こちらはいつもとそれほど変わらぬ風情のイロケムシだ。相変わらずつかみ所のないヤツである。

「……おい、メシ」

 オレはつぶやいた。いつもならば、ヴィンセントに言う台詞なのだが。

「へぇ、食べられるんだ。あなたは二日酔いじゃないんだね、セフィロス」

「ケッ、酔いつぶれたのはどこぞの大馬鹿野郎だけだ」

「よしなさいよ、可哀想に」

 たいして同情しているふうでもなく、そういうと、ヤツは手早く朝飯を並べた。

 

 ミソとかいう調味料を使ったスープは、酒を飲んだ翌日にとてもいい。

 『セフィロス』が居ることで、ここしばらく洋食中心になっていたが、もともとこの家では朝食には和食と呼ばれるものが供されることのほうが多かった。

 初めて出されたときには、なんつーか、色気も味気もないような気分だったが、それは夕食であったからそう感じただけで、飲んだ翌日の朝には、もってこいの料理であった。

「……ヴィンセントは?」

 ボソボソとダイコン飯を食いながら、オレは訊ねた。

「サンルームでしょ。一緒に寝てると思うよ」

「ハァ?」

「ソファベッドでだよ、もちろん」

「……甘やかせやがって」

 ムカムカと胃に来る不快を、オレはそんな言葉で吐き出した。

「ヴィンセントはね、もうああいう人なんだからさ。文句言っても仕方ないでしょ」

 緑茶を注ぎつつ、イロケムシが適当に返す。

「ったくなんだってんだ。あの懐きようは。あの野郎がここに来てから、ほとんどベッタリじゃねーか。怪我が心配だというのはわかるが……」

「そりゃもう、相手が『セフィロス』だからさァ」

 クスッと小面憎く鼻で笑ってくれるヤズー。なまじご面相が整っているから、馬鹿にされたような気分になる。

「オレだってセフィロスだ」

「うふふ。知ってるよォ」

 そんなふうに言って、ひとしきり笑うと、「おかわり!」と突き出した椀に、味噌スープを注いだ。

「……そう、ヴィンセントにとって、もうセフィロスは、あなたでも向こうの彼でも、とにかく大事で大事で、思い入れが深くて仕方がないんだよ」

「……フン」

「例の事件の時、ボロボロになったヴィンセントがようやく目覚めて、開口一番なんて言ったと思っているの? ううん、まともに声になって出ていなかったけど」

「……知るか。オレだって、とばっちりを受けたんだからな」

 心にもない悪態など、余裕でスルーしてくれて、ヤズーは言葉を続けた。

「セフィロス、セフィロスってさ。まだまともに頭あげることもできないのにだよ? 意識ももうろうとしているのに、君の名前ばっかり。さすがにちょっと兄さんが気の毒になったね」

「………………」

「あなたとヴィンセントと、過去にどんな因縁があったのかは知らないけどさ。なんとなく、ヴィンセントにとって、<セフィロス>ならば、もう何でもかんでも無差別に大事で……ある意味、恋人である兄さん以上に思い入れがあるように見えるんだけどね」

「……何が言いたい」

「ああ、話しとしては、あなたがあの人にヤキモチ妬く必要はないんじゃないのってこと。ヴィンセントにしてみれば<セフィロス>なんだから、もうとにかく大事でたまらないってことだろうから」

「ふざけるな!このオレ様があのふぬけ野郎相手に妬くか、ボケッ!」

「はい、オレ様。お味噌汁、お代わりどうぞ」

「あちっ! 熱いだろーが! ナメてんのかッ!」

「お味噌汁は熱いものでしょ。やつあたりしないでよ、かわいい息子に」

 口の減らない野郎だ。ったく苦々しい。

「ヴィンセントにとっては、あっちの『セフィロス』も、あなたも、大切で大切でたまらない人物なんだよ。いいじゃない、あの綺麗な人にそれだけ思われて」

「黙れ。このオレ様が誰かと同等で満足なんざできるか」

 しゃべりながら、ガツガツとメシをかっ込み、魚料理を追加させる。

「おい、てめぇには言っておくがな、イロケムシ。約束の地を見つけ、しかるべき時期が来たなら、クラウドもヴィンセントも連れて行くからな。そのつもりでいろよ」

「ふぅん、うふふ、嬉しいなァ。じゃあ、ずっと兄さんやヴィンセントと一緒に居られるんだ、俺たち」

「勘違いするな。クラウドもヴィンセントもいずれ俺のものになるということだ。早いか遅いかだけの違いだ。だから他の連中に気を引かれるようなことがあると、後々面倒だと言っているのだ。力づくで引っ張っていって、首でも吊られたら寝覚めが悪い」

「嫌だなァ、コワイこと言わないでよ」

「ヴィンセントが、オレ様を大事に思っているならば都合がいい。『セフィロス』みたいに、別世界の野郎を寄せ付けるのは得策じゃないだろ」

 やや理屈っぽくなったオレの言葉を、女顔負けの睫毛バサバサの瞳を細めつつ聞き流し、

「はいはい。俺はみんなと一緒に暮らせて、カダさえ側に居てくれれば文句はないよ」

 と、請け合った。

 その後、そう昼も近くなってから、ヴィンセントは身支度をきちんとすませてから、オレたちの前に姿をあらわした。

 サンルームからは居間を通過せずに、洗面所や風呂場に行けるのだ。

 なんとなく、オレの様子を気にしつつも、ヤツはやはり『セフィロス』に付きっきりで看病していた。

「おい、具合はどうだ?」

 オレがそう声を掛けると、ヤツは寝台に横たわったまま、

「……なんともない」

 と仏頂面で応えた。

 その反応が、なんとなく恥ずかしそうで……だが、プライドの高さが言い訳をするのを邪魔しているようであった。

「まぁ、次に会うときまでには、酒の飲み方くらい覚えておけ」

「…………」

「……傷口さえ悪化してなきゃ、二日酔いなんざ寝てりゃ治る」

 意地の悪い言葉に、冷ややかな眼差しをよこしつつ、お返しとばかりに口を開いた。オレではなくヴィンセントに向かって。

「あの場所にはヴィンセント・ヴァレンタインが居た」

「……え?」

 傍らでタオルを絞っていたヴィンセントが、驚いたように顔を向ける。

「あ、あの……何の話だろうか……?」

「……昨夜行った店には、『ヴィンセント』が居たのだ」

 柱の影でクスクスと笑っているのは、イロケムシのヤズーだ。察しのいいコイツのことだ。いったい誰を差しているのか、すぐにわかるのだろう。

「その場所で、この男は、ずっと『ヴィンセント』にやさしかった」

「え……あ、あの……店の……ヴィンセント……とは? 私には覚えがないのだが……?」

 とあさってのセリフのヴィンセント。

 ニブニブ鈍感男なのが幸いした。

「おい、何言ってやがる! 意識もなかったくせに、酔っぱらいが!」

「記憶がないのは……終わりのほうだけだ。おまえが店の『ヴィンセント』に口づけていたのも覚えているし、もっと親しげに……」

「うるさいッ! このボケ野郎ッ!」

 力任せに黙らせようとすると、ヤズーが後ろから腕を引っかけて止めやがった。

「もう、病人相手に手ェ出すなんて真似はしないでよね、セフィロス」

「放しやがれ! こいつ、おとなしげなツラをして……」

「私は記憶のままを口にしているのだ。……なにか不都合が?」

 嫌みっぽく、ひょいと手を挙げて見せて小首を傾げてみせる。そんな小悪魔的な仕草が似合うのも憎々しさ倍増であった。

「セ……セフィロス……私と親しくというのは……あの……どういうことなのだろうか?」

「あー、おまえはいい。そのまま無視しとけ」

 天然記念物並の鈍感男を適当にいなし、オレは『セフィロス』をにらみつけた。昨夜のお返しとばかりに涼しい顔で嫌みを思いつきやがる。

「……まぁ、アレだ。幸いにも貴様は怪我人だ。今はカンベンしてやる」

 せいぜい横柄に言い放ってやった。

「次に会うときに覚えておけよ、この野郎」

 ぎろりとにらみつけてやると、野郎はいかにも、ツンといった様子で顎を持ち上げ、そっぽを向きやがった。なんつー可愛くない野郎だ。

 ……いや、あたりまえか。『セフィロス』なのだから、可愛くては困る。

「あ、あの、あの、気になるのだが……」

「ああ、おまえは気にする必要はない。……オレはもう一度寝る」

 憮然とした表情で溜め息を吐いた。睡眠不足のこめかみをぐいと片手で押さえる。

 純粋に訊ねてくるヴィンセントを相手にするのも疲れるし、イロケムシの茶飲みに付き合う気もなかったのだ。

「セ、セフィロス……? 気分が悪いのか?」

「昨夜おまえに怒られたからな。傷ついて具合が悪くなった」

「ええッ!? そ、そんな……」

 敢えてあてつけがましく言ってやった文句を真に受け、目に見えて動揺するヴィンセントである。こいつは人を疑うということを学ばないのだろうか。しかも、このオレ相手に。

「そ、そんな……そんなつもりはなくて…… す、すまない……こ、言葉を選べる余裕がなくて…… わ、私は決してそんなつもりでは……」

「あ〜あ〜、胸が痛い。おい、イロケムシ、心の薬……」

 ヤズーが、やれやれといった調子で、グラス一杯の水と『胃腸薬』をテーブルに用意した。

「あ、あの、あの、セフィロス…… す、すまなかった……私としたことが……き、君の気持ちも考えずに……つい……つい……」

「オレのことなど放っておけ。おまえはそいつの面倒みてりゃいいだろ。じゃーな」

「セフィロス! セフィロス……ッ!」

 慌てて後を追ってこようとするヴィンセントを無視して、オレはさっさと部屋に引き取ってやった。

 居間を出るときに、視線が合った『セフィロス』が、いかにも「なんとワガママな」という、呆れ果てた眼差しを寄越してきたが、オレは舌を出してやったのであった。

 そいつを見て「フ……」と、ヤツの頬が緩んだ。

 そのまま、外のほうへ、ゆっくりと目線を戻した。

 

 ヤツは、この家が案外気に入っているのかもしれない。

 ……そう、このオレ様のことも含めて…… 

 窓からの風に髪をそよがせ、中庭の日溜まりを眺めるあの男の姿に、そんなことをふと感じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 『セフィロス』がこの家から姿を消したのは、その翌日のことだった。

 何の予告もなく、あっさりと。

 ここ数日は完全にヤツのテリトリーと化していたサンルームに、ごくシンプルに走り書きのメモだけが残されていた。

 

『世話になった、感謝する』

 の一言が……

 

 まぁ、その後のことは想像がつくことだろう。

 クラウドや他のガキどもが、たいそう驚いていたのはともかく、見ちゃいられないのはヴィンセントであった。言葉を発することさえ苦痛というように、涙をこぼし、しばらく放心状態のような有様だった。

 ……ほれみろ。感情移入しすぎるからそういう目に遇う。オレが案じたとおりだ。

 

 イロケムシは、それほどショックだったようでもなく、いつもと同じようにひょうひょうとしてやがった。もちろん、ヴィンセントを宥め慰め、落ち着かせる役割は十分に果たしてくれたわけだが。

 

 ヤツの居た九日間。

 とくに何をしたというわけでもない、短い期間。

 だが、家の連中にとっては、レオンやクラウドと同様に……いやある意味ではそれ以上に印象深い人物になったようだ。

 もっとも、このオレ様と同じツラなのだから、それくらいでなくては困るという、いささかガキじみた気持ちもあった。

 

 あの男の行く手には、どのような未来が開けているのだろう。 

 欺瞞に満ち、残酷で……そして可笑しいほどに不器用で、臆病な『セフィロス』。

 

 ヴィンセントではなかったが、また会うことができるなら、ちっとはマシな慰めの文句でも考えておいてやろうかと、そんな気持ちになったのだった。

 

 for nine days……

 

  ……またな、『セフィロス』

 

終わり