悪魔のKISS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<7>
Interval 〜03〜
 セフィロス
 

 

 

 

 

 

 翌日……

 ああ、早くも六日……一週間近くになるのか。

 神羅時代に、戦傷や熱病にやられたことはあっても、こんなに長引くことはなかった。

 

 あろうことか、今日は昨日よりも身体が重い。

 ヴィンセントが部屋にやってくる前に、シャワーを済ませたが、上がって来るなり、オレはベッドに寝転がった。

 ……だるい。

 

 ……やはり、これはどう考えても尋常じゃない。

 ただの風邪引きなら、オレの身体がこんなにやられるはずなどない。

 ……ならば何か悪性の……

 ……いや、オレの身体? この身体のせいか……? 甦らせたこの不自然な肉体の……

 いや……待て。

 そうではない。そんなはずがない。

 

 この身体に拒絶反応を感じたことはない。死人の肉体を甦らせるとき、必ず何らかの抵抗があるのが通常だ。

 だが、オレの肉体にはそれは感じられなかった。

 

 ……では、何故? 

 何故、こんなに長く、不可解な症状に見舞われるというのだ……? 

 

 トントンという軽いノックの音が、オレを思考の淵から引き戻した。

 いつもどおりの時間ぴったりに、ヴィンセントが朝食を持って顔を出したのだ。

「……おはよう、セフィロス、今朝の具合はどうだろうか……?」

「……ああ」                                        

 ヴィンセントに気取られると厄介だ。

 オレは極めていつも通りに振る舞ったつもりだった。

 

「……セフィロス……?」

 怪訝そうな眼差しでオレを見つめるヴィンセント。

 ……甘かった。こいつの目はごまかせない。

「あの……」

「なんだ……どうした?」

「セフィロス……なんだか……つらそうに見えるが……」

「……ああ、少しな」

 オレは溜め息を一つ吐くと、素直に認めざるを得なかった。

 

「みゅん……みゅん?」

 ヴィンセントと一緒に飛び込んできたチビ猫が、小首をかしげてオレを見る。なんとなく物言いたげな瞳で……こいつは本当にヴィンセントとどこかで繋がっているのではなかろうか。

「セフィロス、すまない……手を……いいだろうか?」

 黙って片手を差し出すと、ヴィンセントはすぐに脈を取った。

 オレの額にそっと触れ、わずかに眉間にシワを寄せる。

「……セフィロス……昨日よりも熱が出ているようだ。一応体温を測ってみよう」

「……そうか」

「額を冷やしたほうがいいかもしれない。後で用意してくる」

 ヴィンセントが言った。

「……くそ……なんだというんだ」

 イライラして、つい吐き捨てる。そんなオレを心許なげに見つめ、ヤツは殊の外、静かな口調でささやいた。

「……君は少し疲れているんだ。大丈夫、きちんと静養してくれれば、必ず……」

「……身体にガタが来ているのかもしれんな」

 ヴィンセントの言葉を遮るように、オレは口を挟んだ。

 

「……セフィロス……?」

「まぁ、当然だな。この肉体は一度死んでいる。よくよく考えてみれば、こうして普通にしていられるほうが不思議だ」

「…………」

「甦らせた肉体は、時を待たずに滅びる宿命なのかもしれんな」

「……セ、セフィロス? 君は……何を……」

 呆然とした様子でつぶやくヴィンセント。

 

「……言葉通りだ。リユニオンしていないオレの身体は、生身の人間と変わらない。……ただし、死人のな」

「……そんな……」

 紅い瞳がオレを見つめる。もともと色の白い肌が、透き通るように蒼冷めてゆく。細く長い指が小刻みに震えているのを見取り、オレは苦笑した。

 ……オレの方には、苦笑するだけの余裕があったのだ。

 

「……なんてツラをしている、ヴィンセント」

 フッと鼻で笑い、オレはヤツに声をかけた。

「そんな……そんなはずはないだろう……だって、君は今まで一言も……」

「……ああ、問題ないと思っていた。特に異常を感じることもなかったしな。……だが、今のオレの体調はあきらかにおかしい。たかが風邪でこんなに長引くはずがない」

「…………」

「普通に薬も飲んでいるし、おまえの言葉に従って安静にもしている。それなのにこのザマだ……他に原因は思いつかない」

 一息にそう言うと、オレは大きく吐息した。

 

「……セフィロス……」

 ヴィンセントの声が震える。

『おまえにとっては、オレなどいないほうが都合がいいだろう』と悪態をついてやろうかとも思ったが、コイツの顔を見ていたら、そんなくだらない言葉は引っ込んでしまった。

 

「……セフィロス……どうしよう……どうすればいいのだろうか……?」

「……さぁな。どうしようもないんじゃないか」

 ため息混じりにそう答えた。

「……もし……このまま……君の身体が元に戻らなかったら……君自身はどうなってしまうんだ?」

「……この身体の中の『オレの意識』は死ぬんじゃないのか」

「そんな……ッ!」

 ヴィンセントが叫んだ。

 もともと色味の少ない唇から血の気が完全に引いてしまっている。膝の上で固く握りしめられていた手が、掛け布団を掴み、ヤツは椅子から立ち上がった。

 

「そんな……そんなことを言わないでくれッ!」

「……おい、騒ぐな」

「なぜ、君はそんなふうに落ち着いていられるのだッ!」

 悲鳴じみた鋭い声が、ヴィンセントの口から飛び出す。チビ猫が驚いて、オレの懐へ飛び込んできた。

「おい……」

「どこへも行かないと……そう言ったではないかッ!」

「…………」

「約束の地を見つけたならば……私のことを連れて行くと……あれはウソだったのかッ? 君は……君は……ッ」

「……落ち着け、ヴィンセント」

「君はどうして……いつも……そうやって……私……を……」

 語尾が震えて言葉にならない。穏やかな深紅の瞳が、今は朱金に輝いている。こんなときにもかかわらず、オレの目にはその色がひどく美しく映った。

 

「……やれやれ、バカが。何を激している。……なんだ、フフフ……そんなにオレと一緒に行きたかったのか?」

 冗談めかして軽口を叩く。だが、ヴィンセントの気はほぐれなかったようだ。

「……君と離ればなれになるのは……もう耐え難い……ここに居てくれ……たのむから……私たちの側に……」

 力尽きたように椅子に頽れると、ヤツはボトボトと大粒の涙をこぼした。相変わらず、ほとんど嗚咽しない。ただ感情の起伏に合わせて、とめどなく落涙するだけだ。

「……やれやれ……おまえのその言葉を聞いたら、クラウドのヤツが泣くぞ。それじゃまるで愛の告白だ」

「……愛の……告白?」

「ああ、そのまんまだろ」

 こんな場合ではありながらも、クスっと笑いがこぼれた。

 だが、ヴィンセントは緩慢に頭を横に振った。

 

「……それよりも……次元が異なるのだ。私は、君を……ずっと……君のことを……」

 切羽詰まったようなヴィンセントの物言い。

 ああ、この状況には覚えがある。

 いつぞや、アイシクルロッジの冬山で、積雪とモンスターに閉じこめられたあの時……

 

 モンスターの毒にやられたオレに、コイツは必死になって取りすがった。

 

『……貴様はオレの何なんだ?』

『貴様とオレは……クラウドを介して出逢った。ただそれだけだろう?』

『時たま、貴様はオレのことを知っているような口ぶりをする。オレたちは以前に逢ったことがあるのか? おまえはオレの何を知っているんだ?』

 

 そう詰め寄るオレに、こいつはひどく悲しそうな顔をして、沈黙を守った。

 非常時であったということと、そのときのヴィンセントの表情が、あまりにも苦渋に満ちていて、オレはそのまま問いつめることをやめたのだった。