悪魔のKISS
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<16>
Interval 〜03〜
 セフィロス
 

 

 

 

 

  

「……気味が悪いだろう? 側に寄られると」

 目線を逸らせたまま、掠れた声でヴィンセントがつぶやく。

「……なに?」

「これまでならばともかく……真実を知ってしまった今となっては……私が側近くにいるのは気色が悪いだろう……」

「おい……貴様はさっきから何の話をしているんだ?」

 何なんだ、コイツの思考は?

 騙されたのが不快で許せなくて、オレを避けていたのではないのか?

 

「……言葉通りだ…… 君にあからさまに避けられるのが怖かった……だから、なるべく気に障らないように……」

「……オレの気に障らないように、そっちのほうから距離を取っていたというのか?」

 ヤツの言葉の後を引き取って、訊ね返す。ついつい語尾が尻上がりになり、キツイ物言いになる。

「……おまえ……」

「……あ……ダメだ……涙が……どうして私はこう……」

 涙腺の緩いヴィンセント。うっすらと水滴の盛り上がってきた目元を慌てたようにぬぐう。

 扉の向こうのほうで、ガタガタと不審な音が耳に入る。会話が聞こえているとは思えないが、クラウドのガキが、ヴィンセントが泣き出した様を勘違いしたのだろう。

 それを止めているのはヤズーあたりか。アイツはクラウドよりも数段察しがいい。話の根幹はわかっていなくとも、飛び込んだ方がいい状況なのか否かの判断は賢明にできる。

 

「だから……避けられこそすれ、私が君を殴る理由など……何もないのだ。……こちらのほうこそ、黙っていてすまなかった……」

「……おい……おいおい、ちょっと待て!」

 このまま放っておいたら、逆に謝罪しつつ、泣き出しそうなヴィンセントの言葉を遮る。

 まったく、このお人好しが……!

 どうして、コイツは自分自身のことが、こうもわかっていないのだろうか!

 

「……おまえは決定的な思い違いをしている。致命的な、と言ってもいい」

「え……あ、あの……」

「いつ、オレが貴様を気味悪いと言った? 不快だと言ったんだ?」

「え……あ……それは……その……普通……そう思うもの……だと……」

 しどろもどろで弁解するヴィンセント。

「おまえのことをそんな風に思ったことは、ただの一度もない。例の話を聞く前も聞いた後もだ」

「…………」

「以前から何度も言っているな。……オレが約束の地を見つけたら、貴様が逃げ出そうが、泣いて拒もうが、一緒に連れて行く。……わざわざ気に入らないヤツを攫っていくと思うか?」

「……そ、それは……」

「そういうことだ。……オレはおまえのことを気に入っている。今も変わらずに、だ」

「……セフィロス……」

「どうだ。貴様のくだらない勘違いだと理解できたか?」

「……信じて……いいのだろうか?」

 震える声音で……だが、どこかに微かな警戒を含んだ口調で、ヴィンセントは聞き返した。

「信じろ」

 オレは簡潔に答えた。

 口元に手を宛い、視線をさまよわせつつ、何か思案する風情のヴィンセント。

 

「…………」

「なんだ、どうした。まだ、なにか不安なのか?」

「……セフィロス……で、では……」

 意を決したように、ヴィンセントはオレを見つめた。

「……では、今の君の言葉を信じられる『証』が欲しい……」

「『証』ィ? なんだ、それは。どうしろというんだ?」

「君が……私を忌避したりせず、その……好意を持ってくれていると証明してほしい……不躾な願いだとは思うが……」

「フフン、今夜にでもオレの寝室にくれば、嫌と言うほど証明してやるぞ?」

「か、からかわないでくれ」

 本気半分で言ってみたのだが、ヴィンセントは一言のもとに、却下してくれた。

「……一番手っ取り早いのにな。ではどうしろと言うのだ?」

 ひょいと両手を上げて、それこそからかうように訊ねると、ヴィンセントはすっくと立ち上がった。

 居間のチェストに行き、なにやらゴソゴソと探っている。

 

「おい……?」

「……ああ、これでいい」

 ひとりで満足したような言葉をつぶやくと、すぐさま、ヤツはソファのところに戻ってきた。

 その手には場違いなものが握られている。

 白い羊皮紙と太めのペン……そして赤のインク……朱肉?

 

「セフィロス……もし、先ほどの言葉に偽りがないのなら、この紙に一筆書いてもらえまいか?」

「……ハァ?」

「念書が欲しいんだ」

「ね、念書……?」

 オレは復唱していた。

「ああ、君が私を疎んじてなどいないという……好意をもってくれているという、その覚え書きが欲しい……」

「…………」

「……セフィロス?」

 

「……おい……なんて書けばいいんだ?」

 うっそりと……ほとんど脱力状態で、オレはそう訊ねた。ヴィンセントの顔がパッと明るくなる。

「ありがとう! で、では、この通りに……『ワタクシ、セフィロスは、ヴィンセント・ヴァレンタインを今も昔も変わらず、好もしく思っている』」

「…………」

 オレは無言のまま、ヤツが口にした文言をしたためた。

「あ、セフィロス、できれば今日の日付を直筆で……」

「……20××年○月×日」

「で、では、恐縮だが、そこに拇印を……」

 眉間のシワが徐々に深くなっている自覚はあるが、オレはとうとう、ヤツのいうがままに親指の印まで押してやった。

 念書の作成を終えると、ヴィンセントが、すぐに湯で濡らしたタオルを持ってきてくれた。

 乱暴にゴシゴシと親指をぬぐう。

 

「あ、ありがとう、セフィロス! 本当にありがとう……!」

 オドオドと……だが、心底嬉しそうに礼を繰り返すヴィンセント。なにか一言くらい、意地の悪いことを言ってやろうかとも思ったが、今回は黙っていることにした。

「…………」

「す、すまなかった。試すような真似をして……でも、これがあれば、君のことを信じていられるから……あ、いや、今まで信じられなかったというわけではなくて……でも、これまで以上に安心できると思うから……」

「……まったく貴様はおかしなヤツだ。大人しいかと思えば、いきなり突飛なことを言いだしやがる」

「す、すまない……子どものようなワガママを言って」

「……別に。それでおまえの気が済むというのなら、好きにしろ」

「あ、ああ、ずっと……大切に持っておくことにする」

「やれやれ……」

 オレはさっさと立ち上がり、ヴィンセントを残して居間から出て行く。廊下に張り付いたガキどもの横を素通りし、玄関で靴に履き替えた。

 

「お、おい、セフィ、どこ行くんだよ?」

 クラウドのガキが訊ねてくる。オレとヴィンセントのやり取りが理解できず、なにやら問いたげな面持ちをしていた。

「……外」

「だ、だから、晩飯も済んだような、こんな時間からどこに……」

「……気を付けて行ってらっしゃい。今度はインフルエンザなんてもらってこないでね」

  クラウドの言葉を遮って、ヤズーがひらひらと手を振った。

 

「……フン」

 ガキどもに悪態をつき、オレは夜の街へ向かった。

 

 ほんの気まぐれに、途中の花屋で、白い薔薇の花束を買う。

 こんなものを持って訪ねてやったら、アイツは何ていうだろう。

 

 ……ああ、紅い薔薇はダメだ。

 ……深紅の薔薇が似合うのは、ヴィンセントだけだ。

 

 夜の道を、幾分軽やかな気分で歩みをすすめてゆく。ここ数日の鬱屈をはらし、最後のヴィンセントの笑顔を思い出しながら……

 


 
 

 一度だけ、足を運んだマンション。
 
 瀟洒なつくりの呼び鈴を押す。 

 出てきた華奢な男に、白薔薇のブーケを渡し、それよりも白い頬に口づけた。
 ヴィンセントによく似た整った顔に、ふわりと朱みが差した。

 

「……この前は悪かったな……久しぶりだ」

   

 オレがそう言うと、彼は切れ長の双眸を大きく瞠り、次に花が開くように微笑んだ……

 

  
 

 
 
終わり