近似アルゴリズム
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<25>
 
 セフィロス
 

 


 

「イロケムシッ! おい、イロケムシ! アホヤズー! どこだ!」

 怒鳴り声を上げて、ずかずかと足を進める。 

 目の前にはいくつものコードがついた人形が、こちらに覆い被さるように立っている。

 いわずとしれた『ジェノバ』だ。

 あえてそれからは目線を反らせ、部屋の中央へと歩み進んだ。

 さらに奧には非常階段への扉がある。通常ならば防護服を着ていなければ、そこから下へ行くことはできない。 

 この部屋の下は、まさしく魔晄炉……濃密な魔晄の充ち満ちた、人外の空間なのだから。

「……チッ! 手間をかけさせやがる!」

 舌打ちするが、致し方がない。

 とにかく他には選択肢がないのだ。とにかく移動できる場所にはすべて行ってみて、ヤツを見つけるしかない。

 重そうな扉に手を掛けると、それはいともたやすく開かれた。

 普通ならば幾重にも厳重な錠がほどこされているはずだ。

「おい、こっちか! いいかげんにしろッ! ヴィンセントが泣いてるぞ!」

 イロケムシの気に入りの名前を詠み上げる。

 末弟のカダージュが本命だろうが、あのチビガキはホテルでのんびりと待っているはずだ。

「おい、いるなら返事しろ!」

 ゴォンゴォンと地獄の鐘のように、オレの足下で階段が鳴る。ところどころ錆の付いたそれは、高い場所から見るとゾッとしないものだ。

 

「おい、イロケムシ! イロケム……!」

 階段の踊り場で、足を止める。

 この階段の行き着く先、最下層の魔晄炉前でしゃがみこむ影を見つけたからだ。

「ヤズー!」

 上方から名を呼ぶが、いっさい反応を返さない。

 膝立ちの姿勢のまま、微動だにしないのだ。

「ヤズー! この野郎、返事をせんか!」

 遠慮無く、ガンガンと大きな音を立て、階段を駆け下りた。

 だが、ヤツはオレがすぐとなりに膝をついても、振り向くことさえしなかった。

「おい、貴様、こんなところで何をしていやがるッ! おい! オレの声が聞こえんのかッ!」

 気の短いオレは、ヤツの胸ぐらを掴み上げた。

「…………」

 薄く開いた口唇が、ピクリと動いた。

 焦点の定まらない双眸は、力なく霞み、とてもいつものコイツからは想像できない。

 ヤズーは、三兄弟の中でも、機微に長け、すべてを見透かしたようなクソ生意気な野郎だったはずだ。

 ヴィンセントやカダージュにだけは、とろけるような笑みを見せるが、普段はどこか冷めたような眼差しをしている。

 こんなふうにどろりと濁った、弱々しい眼差しは、ヤズーのものではない。

 

 

 

 

 

 

「おい、この野郎! しっかりしねーかッ! てめェ、目ェ見えてんのかッ!? さぁ、立て!」

「………………」

「早くしろ! テメェのおかげでひどい迷惑を被ってんだからな!」

 まともな反応がないことに苛立ち、オレは低いところにあるヤツの頭を殴りつける。

 たいして力を入れていないが、「ゴッ」と鈍い音がした。

 

 すると、たったいま、側に自分以外の人間がいることに気づいた様子で、不思議そうにオレを見た。

 蒼いガラス玉の双眸に、オレの姿が映っている。

「………ウ……ド」

 掠れた声でなにやらつぶやく。

「なんだと!? いいから、とにかく動け! こんな足場の不安定な場所では話もできん!」

 ぐいと腕を掴み上げると、今度は予想外の反応が返ってきた。イロケムシはオレの手を払いのけ、機敏な動きで距離をとった。

「……おい、どういうつもりだ」

「……クラウド……」

 何故かヤツは、『クラウド』とつぶやいた。聞き間違えではない。さきほどからヤズーの言動には注意を払っている。

「クラウド…… クラウド…… どこにいる? 宝条は……ジェノバ・プロジェクトとは……? 私の肉体……は……?」

「何を言っている? おまえ、どう……」

「触れるなッ! 穢い手でこの身に触れるな。……私は特別であったはずだ! 真の意味で特別なソルジャーであったはずだ……!」

 ヤズーは両腕で自らの身体を抱きしめるように、力を込めた。

「私はライフストリームと共に生き……ふたたび、肉体を得て甦る。この『死』は、不完全体な肉体を捨て去ることに他ならない……!」

 

 ……こいつは……

 

「フハハハハ!クラウド……! 私は消えない。窮屈な人の身体ではなく、リユニオンを経て完全な肉体を手に入れるのだ!」

 

 ……この男は……

 この男は『ヤズー』ではない。

 ヤズーがまだ、オレの中に潜んでいた時期……

 ……憤怒と憎悪……そして、この地への愛憎とでも呼ぶべき感情に囚われていた当時のオレ自身だ……