The beginning of Autumn
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<10>
Interval 〜05〜
 セフィロス
 

 

 

 
 

 

 

 

 

 

 ……悪夢に怯えるコイツを見ていて、ヴィンセントの『恐怖』が、ようやくオレにもわかったような気がした。

 異端視される恐怖

 見捨てられる恐怖

 取り残される恐怖

 ……たったひとりで、死ねない肉体を抱え、生き続けなければならない恐怖……

 

 それらを身の内に秘めるには、あまりに脆い、ヴィンセントの精神と肉体。

 そのアンバランスさが、穏やかな日常の中を取り戻した今になって、こいつを蝕んでいるのだろう。

 ようやく手に入れた恋人……そして奇しくも因縁のあるオレと思念体連中との生活……それらが期せずして、ヴィンセントがずっと探し求めていたぬくもりと安寧をもたらしたのだ。

 だからこそ、ヤツはひどく怯えている。

 『いつか、この生活が壊れてしまうのではないか。』

 『すべてが消え去り、取り残されてしまうのではないか。』

 『束の間の安寧が去り、ふたたび独りきりで永久の命を長らえねばならぬのではないか。』

 そんな埒もないことを考え、無意識に身体を痛めつけるまでに恐怖している。

 

 ……いっそのこと……と思う。

 正気でいることが、こんなにもつらいのならば……精神と肉体の均衡を保つのが、それほどまでに負担になるのなら……いっそのこと……

 

 一度は封じ込めた誘惑が、ふたたび頭を擡げてくる。

 

 ……いっそのこと、コイツをすべてから引き離し、檻の中に閉じこめ、オレだけしか見えないようにしてやろうか……

 コレのすべてを支配し、他の何をも考えられないようにしてしまえば……

 もう、何にも怯える必要はない。

 オレの与える愛撫と安寧な闇の中で、命の尽きるまで悦楽に酔い続ければいい。この腕の中で、永久に微睡んでいればいいのだ。

 

 

「……バカな」

 フッ……と苦笑が口をつく。

 これでは、あの男と同じだ……もうひとつの世界の『セフィロス』と…… 愛しい者を閉じこめ、その身を引き裂くことでしか、愛すことのできない病人と変わらない。  

 もし……オレが本気でヴィンセントを欲したら、アレは壊れる。アレの心と身体は完全に均衡を失い、本物の傀儡人形になってしまうだろう。

 

 いや……だが……

 だが……それは……本当に不幸な結末なのだろうか?

 アレにとって、実際はどうなのだろう? やはり恐ろしく……悲惨なことなのであろうか……?

 もしかしたら……

 ああ、いや……そう……もしかしたら、だ。

 ……本当は……本当はヴィンセントも……そうされることを、心のどこかで待ち望んでいるのではなかろうか……?

 

 ヴィンセントの紅い瞳がオレに問いかける。

『……まだなのか……?』と。

 まだ、連れていかないのか……?

 まだ、欲しいままにしないのか……?

 まだ、好きなように壊さないのか……? と。

 

 ……馬鹿な。

 勝手な妄想だ。

 あいつは一言だって、そんなふうに口にしたことはない。

 少しでも陽の当たる方へ……ゆっくりゆっくりと歩み始めている。

 怖じ気づき、竦みながらも、多くの人間どもに支えられ、幼児が歩き始めるように、ぎこちなく足を進めているのではないか。

 

 まだ……だ。

 オレがあいつの手を引き寄せ、掠め取るのはまだ早い。

 あの男が、必死に努力しても……どれほど苦しんで『まとも』に生きようとしたとしても、どうしても己の闇に飲み込まれそうになったのなら……もうひとときでさえも、正気でいるのが苦痛なのだと思えたとき……

 

 ……迎えに行ってやればいい。

 そのときこそ、すべての自我を消し去り、オレだけの虜にしてしまえばいい。

 オレだけを見つめさせ……オレだけを感じさせて……オレだけのために存在する美しい人形にしてしまえばいい……

 

「フフ……まぁ、それまで足掻いてみろ。時間はまだ充分あるぞ」

 物思いの続きをつぶやき、オレは乱れた前髪を、そっと撫でつけてやった。

 

 そのとき、まさしくオレを現実に戻すかのように、「たっだいまー」という輪唱が玄関先から聞こえてきた。

 外出していたクラウドとイロケムシが戻ってきたらしかった。