The beginning of Autumn
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<最終回>
Interval 〜05〜
 セフィロス
 

 

 

 
 

 

 

 

「やれやれ、ようやく静かになったな、なァ?」

 胸元の子猫の話しかけると、ヴィンは「にゅんにゅん!」と応えた。不思議なことに、コイツは妙にオレに懐いているのだ。

 特別かまってやったり、可愛がっているわけではないと思うのだが、クラウドやヤズーよりもオレの側にくっついてくる。おかげで、クラウドからはヤキモチを焼かれるし、面倒なことこの上ない。

「おい、ぼさっとしているな。さっさと寝ろ」

 突っ慳貪な口調をごまかすように、オレは自ら掛布を引き上げ、ヴィンセントを横にならせた。

 兎のような紅い瞳が、おっかなびっくりオレを見上げる。

「みゅんみゅん!みゅ〜ん!」

「……コイツもおまえを心配しているようだ。はやく良くなれ、ヴィンセント」

 そう言い聞かせる。すると、白い頬がますます上気した。

 

「……あ、あの……セフィロス……?」

「なんだ」

「あ……あの……どうして……その……」

 おどおどと問いかけるが相変わらず要領を得ない。オレは辛抱強く言葉の続きを待った。

「あ、あの……その……どうして……わざわざ……側に……?」

「……おまえの容態が気になったからだ。オレがおまえの身を案じてはおかしいか?」

「そ、そんな……あ、ありがとう…… すまない……おかしなことを言って……す、少し驚いてしまったから……」

「何がだ」

「……そ、それは……その……き、君のような人が私のことを顧みてくれるなんて…… 思わなかったから……」

「フフン、気に入りの様子がおかしければ心配するのは当然だろう。……なぁ?」

「にゅんにゅん!」

「ホレ見ろ。こいつもそう言っている」

「あ……ヴィン……」

「おまえの目が覚めたのに、気付いたんだろう。さっきこの部屋へやってきたんだ」

「そうか……」

 愛おしげに子猫を見遣るヴィンセント。ヤツのふところにそっと置いてやると、子猫は甘えるように額をこすりつけた。

「みゅんみゅん」

「ヴィン……よしよし……」

 細い指が黒の毛をやさしく撫でる。

 オレは寝椅子から立ち上がると、ヴィンセントのふところで戯れる、子猫のヴィンに口づけた。

「あ……」

 まるで自分にされたように、声を上げるヴィンセント。

 確かに吃驚はするだろう。子猫はヤツの胸元に居るのだ。そいつに口づければ、必然的にヴィンセントとの間は縮まる。いや、ほんの少し動いてやれば、頬が触れ合うほどの距離だ。

 

「あ……あの……」

「ん……?」

「みゅんみゅん!」

 子猫のヴィンがオレにお返しのキスをする。

「……あの……セフィロス……?」

「どうした?」

「あの……なんだか……今日の君は……」

 おずおずと言葉を紡ぐヴィンセント。

 

「ふふ、オレがどうした?」

「あ、あの……その……すごく……やさしくて……穏やかに見える」

「クックックッ、いつもはそんなに怖いか?」

「あ……いや、そういう意味ではなくて……」

 慌てて否定した後、ヤツは続けた。

 

「そういう意味ではなくて……その……とても嬉しかった……から」

「おかしなヤツだ。何がそんなに嬉しい? なぁ、ヴィン?」

「にゅんにゅん!」

「君が側に居てくれて……よかった」

 ふぅ……と呼吸をすると、ヴィンセントは身体を丸めるようにして子猫を抱きかかえた。それに頬を寄せるオレ。なんだかおかしな構図だ。

 

『君が側に居てくれて……』

 悪夢にうなされたヴィンセントは、オレの名を呼んでいた。その物語の中では、オレが居なくなってしまうのかもしれない。

 それとも、ただ、眠っているときに側に付いていてやったのが、望外で吃驚したという意味合いなのかもしれない。

 紅い瞳は黙して語らない。

 ただ、愛おしげに子猫を見遣り、時折、オレを見つめる。

 

 

 

 

「……ヴィンセント」

 ふわふわとした綿毛のような、黒猫の毛を撫でつつ、オレは静かにヤツの名を呼んだ。

「あ……な、なんだろうか……?」

「安心しろ……オレはどこへも行かない」

「……え……?」

「オレはおまえを置いていったりはしない」

 くるりと丸まった腹毛のあたりを撫でてやると、子猫はくすぐったそうに身じろぎした。言葉だけはヴィンセントに語りかける。

 

「……セフィ……ロス……?」

「……カオスの魂を宿したおまえの肉体は、意に反して永らえるのかもしれない。いつの日か、クラウドが居なくなり、周囲の者どもも消えてゆくかと不安なのだろう」

「……え……?」

「もし本当にそんな日がやってきて……どうしても取り残されるのが怖いと、おまえが言うならば……」

「…………」

「独りになるのが……耐え難い苦痛だと、そう言うのなら……」

 もう一方の手を、ヴィンセントの髪に遊ばせる。やさしく前髪を梳き、雪のような額をそっと撫でた。

「……セフィロス……?」

「……オレが終わらせてやる」

 静かにそうささやく。低くやさしく言葉を続ける。

「……セフィ……ロス……?」

「オレの身体も普通ではない。特別なコトがない限り、おそらく常人よりは遙かに永らえるだろう」

 すでに一度は死人となって、甦ったこの肉体。究極にはリユニオンが可能な『セフィロス』の身体……

 

「だが……それでも……オレの命がおまえよりも先に費えるようならば…… どうしても、おまえ独りを置いていかねばならなくなったら……」

「……あ……?」

 触れるだけの口づけに、ヴィンセントは小さな声を上げた。

「オレがこの手で殺してやる」

「……セフィロス……」

「おまえが息を引き取る瞬間まで、こうして側に付いていてやる」

「……セフィ……ロス……」

 瞠った両目に水の膜が張り、ゆらゆらと揺らめき出す。蠱惑的なヴィンセントの瞳……血のように紅い美しい双眸……

 

「だから……もうそのことを恐れるな……怯えるな」

 小さな頭を抱きかかえ、こめかみに接吻し、あふれ出た涙を口唇で吸い取ってやる。

「……セフィ……セフィロス……」

「……フフフ、おまえが怖がるのはオレだけにしとけ。そんなにどれもこれも怖がっていたのでは身が持たんぞ」

「セフィロス……」

 細い腕が、いじらしいほど必死に、オレの首筋にしがみついてくる。

 オレたちふたりの間に、抱え込まれるように挟まれたヴィンが、遊んでもらっていると勘違いしたのか、「にゅんにゅん!」と陽気に鳴き声を上げた。

「ふふふ、よしよし、ヴィン……」

 人差し指で、そっとそいつを撫でてやり、その後で、

「……よしよし、ヴィンセント」

 と、わざとイタズラっぽくささやきかけ、ヤツの黒髪をやわらかく梳いてやった。

 

 

「シッツレーしまーす! ヴィンセント、ゴハンだよ!俺、食べさせて……あああああッ!!」

 まるでお約束のように、最悪のシチュエーションの中、飛び込んでくるクラウド。

「おい、ちょっ……セフィ! ヴィンセントに何してくれてんのォォォォ!!」

 この恐ろしいようなタイミングが、コスタデルソルでのファミリーの在りようを暗示しているかのようだ。

「騒々しいぞ、クソガキ。取り込み中だ、出ていろ」

「ヴィンセントは俺のだぞ! 離れろ、コノヤロー!」

「もう、何騒いでんのよ、兄さん ……ああ、もう、やれやれ」

 ひょいと両手を上げ、微笑するイロケムシ。オレにしがみつき突っ伏しているヴィンセントを眺め、ただそれだけの状況ですべてを理解したのならば、察しがいいのもここまで行くと気味が悪い。まったく厄介な野郎だ。

 

「終わったら、ちゃんとゴハン食べさせてよね、セフィロス。兄さん、外、出てる?」

「出てるわけねーだろッ! ほらッ、離れて離れて、ヴィンセント! いったい何されたのッ?」

「あ……ク、クラウド……違うんだ」

 涙と鼻水を啜りながら、あわてて取りなすヴィンセント。

「何が違うのッ?!」

「そ、そうではなくて……セフィロスは悪くなくて……ただ私を……慰めてくれただけで……」

 言葉が見つからなかったのだろう。曖昧な物言いで誤魔化すヴィンセント。

 

「みゅ〜ん、みゅんみゅん!」

「ホレ見ろ。ヴィン猫もそう言ってんだろ」

「宛てになるかァァァ! アンタの慰め方ってどうよォォォ!?」

 オレに食ってかかるクラウド。

 スープ皿をたくみにカバーしつつ応戦するオレ。

 子猫を庇うヴィンセント。

 

 そう……こんな日常が続いていくと、そう思っておけばいい。

 ぜんまい仕掛けの人形が、力つきて止まりそうになるならば、この手で螺子を巻いてやる。

 錆び付き蝕まれて、苦痛に苛まれる日が来たならば、オレの腕の中で壊してやろう。

 

 ……それがオレの、おまえへの愛し方だ。

 

 ……儚く脆い紅い瞳の傀儡人形よ……オレの可愛いヴィンセント……