墓 参
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<15>
 
 セフィロス
 

 

 

 

 このまま……

 ゴンドラが一周して、他愛のない話に耳を傾けてやり、こいつ好みのホテルで一泊して、そのまま帰宅すればそれで済んだのだと思う。

 日常生活の中では、わざわざあの女の話題を持ち出すことはなかろうから。

 

 そう……心の中に居る、冷静な部分のオレはきちんとそう判断していた。

 こんなドロドロとした……認めたくはないが、嫉妬に似た苛立ちは、日常に紛れて消えていくのだと、そう理解していたのだ。

 だが、オレの口は、今、まさに意に反して動き出そうとしている。

 

「……セフィロス、ほら! 今度は水族館の上に……」

 ヴィンセントは先までと同じ気分で、ゴンドラの旅を楽しんでいたのだろう。

 だが、もともと他人への機微には長ける男だ。おまけに、こうして目の前に座っているオレならば、わずかな違和感でも感じ取れてしまうのだろう。

 ヤツは途中で声を途切れさせ、

「セフィロス…… どうかしたのか?」

 と訊ね返してきた。

『受け流せ!』

 と理性の部分が訴えてくる。

 だが、オレはその声を無視した。理性を超えた部分での衝動の方が激しかったからだ。

 

「……おまえは、あの女に惚れてたんだよな」

「え……? あ、あの……」

「『ルクレツィア』を愛していたんだろ」

 たった一度だけ、幻のように見た女科学者を思い出しつつ、そう言った。

「……ああ、そうだな。私は科学者として真摯に生きていた彼女を尊敬し…… そして女性として惹かれた」

 隠すことではないと思ったのだろう。

 最初は唐突な質問に慌てた様子だったが、ヤツは素直に答えた。

 目下のところ恋人であるクラウドなどよりは、よほどオレへのほうが口にしやすかったのだろう。

 

「フフ、だが情けない私は、プロポーズどころか、まともに告白さえできなかったのだ」

「…………」

「……セフィロス?」

 『よせ……!』

 もうひとりのオレが理性を引き戻そうとする。

 そんなみっともない問いを口に出来るか!と叱責するのだ。

 

 

 

 

 

 

「……最初から、不思議に感じていたんだ……」

 ずっと……ヴィンセントに出会ってから、今日まで腹にためていた疑問が、唇を割ってこぼれ落ちる。

「セフィロス……? あ、あの……何を……?」

「……数ヶ月前、オレがコスタ・デル・ソルのおまえらの家に行ったのは、ほんのきまぐれだった」

 そんなふうに切り出した。いや、考えて話出したのではない。

 ただ、思うがままのことを、言葉に変えて述べただけだった。

「え…… あ、ああ。クラウドが居たからだろう?」

「そうだ。どうせ、準備が整うまで無為に時を過ごすより、気に入りだったあの子の側の方が退屈しないと踏んだんだ」

「ああ、そういっていたな」

「……そこにおまえが居た」

「あ、ああ、そうだな。……なんだか少し前のことなのに、懐かしく感じる」

 ヴィンセントがつぶやいた。おもむろに瞳を伏せたのは、当時のことを思い出していたのかもしれない。

 オレは、『ヴィンセント』という名がすぐに覚えられず、「タークス」などと呼んでいた。

「心の準備ができていなかったから……吃驚してしまった」

「そうだ。おまえと出逢ったのは、ただの偶然だった。……オレにとっても、おまえにとってもな」

 オレの意図していることが読み取れないのだろう。ヴィンセントは少し困惑したように、曖昧な相づちを打った。

 

「あ、あの……セフィロス? 何の話なのだろうか?」

「……おまえにとって、オレは安寧な生活への闖入者……招かれざる客だったはずだ」

「え……?」

 キョトンとしたツラで、驚くヴィンセント。

「当然だろ。あの子とようやく落ち着ける南の島までやってきて、静かな生活を送っていたのだからな」

「で、でも、それは…… 確かに最初は驚いたが、君が来てくれたことは心から嬉しかったんだ。ほ、本当だ!」

「……おい、別にオレは文句をつけているわけではない。ただ事実を口にしているだけだ」

「し、しかし、どうして今さらそんなことを言い出すのだ? 自分のことを闖入者だの、招かれざる……だなどと」

「…………」

「君にとっては事実だというが、私にとってはそうではない。少なくとも闖入者などと考えたこともなかった」

 ヴィンセントにしては、はっきりとした、強い口調で言葉を続ける。

「私は、君と出逢えて……そう、大人になった君と、こうして一緒に生活できるのが本当に嬉しいのだ」

 様々な光を映し出すルビーの瞳が、迷うことなくオレを見つめた。