とある日常の風景。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント〜
<夕の部>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

15:30

 のんびり歩いて青物市場へ。

 さっきのデパートとはうって変わっての雰囲気だ。

 地元の農家が、野菜や果物を売っている。デリバリーサービスの仕事をしているため、多少離れたところには行くが、逆に地元のことを俺はよく知らない。

 

「へぇ、なんだか、ずいぶん庶民的な雰囲気だな。楽しそうだ」

「ああ、私は気に入っている」

 言葉少なに、ヴィンセントは賛同を示した。

 午後も三時過ぎということで、大分客足は落ち着いているのだろう。それでも、新たに補充されたかのように、野菜は十分に並べられているし、果物の種類も豊富だ。

「さ、荷物持ちするぜ、ヴィンセント。どこに行く?」

「こっちだ、クラウド」

 迷いのない足取りで、ずんずんと歩いてゆく、ヴィンセント。なんだか生き生きとしている。

 すぐに行きつけの店を見つけたのか、彼は立ち止まった。もちろん、俺もすぐにその後に付いていく。

 

「おやぁ、黒髪のお兄ちゃん、いらっしゃい。今日は遅かったねぇ」

 気のよさそうなご婦人……といっても、大分老境にさしかかっているであろう女性が、ヴィンセントに声をかける。

「ああ、今日は他に用があって……キャベツとパプリカを……ああ、それから、アスパラ……ええと、あと、それと、それ……」

 ヴィンセントはがいくつかの野菜を口にすると、女性は丁寧にしかし、手早く包んでくれた。

「はいよ、兄ちゃん、これ、おまけね」

 そういいながら、大ぶりのトマトをふたつ袋に入れてくれる。俺の顔を見て微笑んでくれたので、ヴィンセントと俺の分ということだろう。

「ああ、すまない……」

「そうそう、タニスの店にも寄ってやんな。いい果物が入ってるって、アンタのこと捜してたよ」

「そうか、わざわざすまない」

 ヴィンセントの受け答えは、相変わらず、ボソボソ低い声で言葉を返しているだけだ。だが、となりに立っている俺から見ても、八百屋のおかみさんが彼に好意を示してくれているのはとてもよくわかる。

 

「おーう、ノッポのあんちゃん! ウチ寄ってけよ、カツオよ、カツオ! さっき釣れたばっかのヤツ、とっておいてあるぜ!」

「あ、ああ……すぐに寄らせてもらう」

「おう、母ちゃんに包んでもらってあるから。なぁに、この前の礼よ、気にすんな!」

「……いや、ただというわけには……」

 また、ボソボソだ。大声の漁師(?)とは対照的である。

「なんだよ、男の礼は素直に受けとくモンだぜ! じゃーな! ちゃんと寄ってやってくれよ!」

「わ、わかった」

 

「何か、あったのか? ヴィンセント」

 俺は訊ねてみた。

「いや……この前買い物に来たとき、ごろつきどもが彼の店に因縁をつけていて……」

「なるほど、それを助けてやったんだな」

「ああ、あいにくあの男は居なくて、妻君だけだったから……」

「そっか。じゃ、せっかくだし、その店、寄って行こうぜ。それから果物屋だったな」

「ああ」

 そうしてふたりで歩いている間も、何人かに声をかけられるヴィンセント。中には若い女性もいて、遠巻きに憧憬のまなざしを向けている。

 なにが、「なぜ厭われないのが不思議だ……」だ。

 好かれまくりではないか。

 

「あのさ、ヴィンセント。前言撤回する気ない?」

「……? なんの話だ?」

「好かれまくりのアイドル状態じゃないか。なんだか、こっちのほうがヤキモチ焼きそうだ」

「……? なにが?」

 ……やれやれ。こういうヤツだとは十分承知の上だけどな。

 漁師のオヤジの店に行くと、小綺麗な女将さんが嬉しそうに出迎えてくれた。このときでさえも、ヴィンセントは気にすることはないと、辞退しようとしたが、女性の方が遙かに有利だ。ほとんど押しつけるように、大きな包みを渡してくれる。

 俺は苦笑して、横合いからヴィンセントの手の包みを奪ってやった。

「ク、クラウド?」

「どうも、ありがと。俺、魚好きなんだ、ありがたくいただくよ」

 俺がそう言ってやると、女将さんはコロコロと鈴のように笑った。

 

 

17:50

 必要な買い物を終えた後も、露天をひやかし、海沿いを歩きながら、俺たちはぐるりと遠回りをして帰宅した。思いの外、時間が経っていたようだ。もう陽が沈む。

 

 キッチンに買い物をドサリと置くと、俺は冷蔵をあさる。喉が渇いてしかたないのだ。 

「はぁ、お疲れさん、ヴィンセント」

 バドワイザーをがぶ飲みしながら、ヴィンセントには麦茶を渡す。彼は酒が苦手なのだ。

「すまない。……ふぅ」

「あ、俺、風呂の仕度してくるから。おまえちょっと休んでろ」

「い、いや、大丈夫だ」

「いいからいいから。俺が休みの日くらいのんびりしろよ」

 俺は言った。ヴィンセントはそれでも腰を浮かせ掛けたが、買い物してきた生ものを冷蔵庫に収める方が先だと思ったのだろう。素直に「たのむ」というと、自分の作業にかかった。

 

 今日は二人一緒だったこともあって、ずいぶんと買い物した。しかし、心配はいらない。うちに備え付けてある冷蔵庫はずいぶんと大きなものだし、ヴィンセントの作る料理は美味だ。

 一度感心して、どうしてそんなに上手なのか、と訊ねたことがある。そもそもヴィンセントは元・神羅のタークスにいた人間で、こういった家庭的なこととは無縁の人生を送ってきたような印象があったからだ。

 

『……料理? いや、したことはほとんどないが……ああ、おまえの口に合うのならばよかった』

 

『……? ああ、そうだな、よくわからないが、食べてくれる人のことを考えながら作っている……え?ああ、そうだな、おまえのためということになるのだろうな……』

 

 こんなふうに、死神の寝言のような声音で、ボソボソ答えてくれた。

 

 そんな彼は、俺よりも遙かに長く生きているのだ。

 そう認識していても、もうたまらないほどに愛しくて、嬉しそうにしているのを見たくて、やさしくしてやりたくて、だが泣いているところも見たくて、不思議な気分に俺をさせる。

 

 ……誰かを守りたいと考えたのは初めてではない。

 恋愛感情であったのか、否かは、今となっては確かめる術もなくなってしまったが……エアリス……そう、彼女にはそういう気持ちを抱きつつあったような気もする。

 幼い頃に、母親の死に遭遇し、父の記憶すら曖昧な、この世でたったひとりの古代種……気丈でありながらも、常に不安と闘っていた彼女。そんな彼女をいじらしいと思った。なんとか力になってやれないかと感じていた。

 ……その想いは、セフィロスの凶刃のもとについえた。

 

 そして今、俺の隣に居るヴィンセント。

 最愛の人を失い、呪わしい肉体を持った、光の差さぬ屋敷の奥深く眠っていた元・タークス。すべてをあきらめ、ただその生の終焉を待とうとしているこの人間と寄り添っていきたいと俺は思っている。

 表情のない、彼の整った面に、歓喜や苦悶、嫉妬、慈愛、焦燥……さまざまな色を浮かべてやりたいと感じている。

 それは静かな愛情であり、激しい恋情であり、だが、決して失いたくない思いなのだ。 

「……クラウド? 済んだのか?」

 のんびりとしすぎた。物思いの当人が来てしまったので、俺は慌てて、シャワーのコックをひねった。

「ああ、もう終わるし。俺、このままシャワー浴びちゃうから」

「なんだ、風呂に入らないのか?」

「あー、俺、すぐのぼせるし、いいや、シャワーだけで」

 そう応え、俺は手早く服を脱いだ。 

 

18:15

 熱ののぼった頭を冷やそうと、冷水修行をしてしまった。シャワーで水を頭から被るのだ。

 火照った身体と頭の熱が、静かに引いてゆく。コスタデルソルの四季は緩慢だ。圧倒的に気温の高い日が多い。今も夏ではないのに、ちょっと外に出ただけで、かなり汗をかいてしまった。

 あまり時間をかけると、ヴィンセントが心配する。

 俺は身体を冷やさないように、最後に熱めの湯を浴びると、浴室から出た。

 

 ……洗い立てのバスローブが畳んでおいてある。

 ああ、俺、何の用意もせずに、そのままシャワー浴びたんだっけ。

 こういう細やかな気配りが、俺にはできない。

 

 ……その分、いろいろするから。なにをしてくれるのかと問われると、返答に困るが、俺の得意な分野で、出来ることがあれば……その、いろいろしようと……思う。