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〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&セフィロス〜
<5>
 
 クラウド・ストライフ
 

 

 

 

 

 

 うちに帰ってみると、ヴィンセントが出迎えてくれた。

 気配りの出来過ぎる彼は、わざわざ起き出して、空き部屋を整えてくれていたのだ。

 

「ヴィンセント、無理しなくていいのに。大丈夫か? 気分、悪くない?」

 俺は彼の手から布巾を奪い取り、額に手をあてた。それをセフィロスが面白くなさそうに眺めている。

「あ、ああ、もう大丈夫だ、よければ湯に浸かってきたらどうだ、ふたりとも。夕食まではまだ時間があるが」

 健気にもそう言うヴィンセント。

「そうか、ご苦労。来い、クラウド」

「な、なんだよ」

「風呂に入る」

「さっさと入って来いよ、俺はヴィンセントと……」

「一緒に入って、髪を洗うのを手伝え」

「アンタなぁ! アンタと風呂なんか入れるかよ!」

「ク、クラウド」

 心配そうに俺の服の裾を引くヴィンセント。

「とにかく、部屋の準備するから! アンタのためにわざわざしてやってんだぞ、ワガママ言うな!」

 ヴィンセントの手前、言い争いになるのは好ましくない。俺は彼の買った服の包みを抱えると、掃除中の部屋へ運び込んだ。

「フン」

「あ、ああ、セフィロス……き、着替えは後でバスルームに持って行くから……」

「貴様の名は?」

 図々しくも、今さらそんなことを訊ねているセフィロス。

「私はヴィンセント……ヴィンセント・ヴァレンタインという」

「では、ヴィンセント、私は風呂から出たら少し寝る。ベッドの用意をしておけ」

「あ、ああ」

 偉そうに、言うだけいうと、セフィロスはバスルームへ姿を消した。

 

  

「なんだ、あらかた終わってるんだ……」

 真新しいシーツと掛け布団まで用意された綺麗な部屋を見回すとそうつぶやいた。出窓には花まで飾られている。

「ああ……ここはもともと来客用の室だしな」

「……ごめんね、ヴィンセント」

 俺は言った。

「……何がだ」

「だって、アンタのこと、ここに連れてきたの俺なのに……カダージュたちのことといい、全然アンタに落ち着いた生活させてあげられてないよな」

「……そんなことはない」

 やさしいヴィンセントは俺の隣に腰を下ろし、そうささやいた。ベッドが二人分の体重をささえてギシリと音を立てる。

「ヴィンセントはやさしいね」

「そんなことはない」

 同じ言葉を繰り返すヴィンセント。

「そんなこと、あるよ。アンタはホントにやさしいよ。ありがと、ヴィンセント」

「クラウド……どうした? 少し、疲れているのではないか?」

 気弱な発言を繰り返したせいだろうか、ヴィンセントが心配そうに俺の顔をのぞき込む。

「……カダージュたちのこともセフィロスのことも、これまでのいきさつを考えたら、叩き斬るつもりで追い返したっておかしくないんだよ」

「…………」

「でも、俺……そうしてない」

「……クラウド」

「俺……カダたちが『兄さん』って言ってくれるの、実はちょっと嬉しいんだよ」

「……ああ」

「セフィロスは……セフィロスのことは、やつらとはちょっと違うけど……でも……できればこのまま、元のセフィロスに戻ってくれないかって少しだけ期待してる。昔みたいに、『クラウド』って、俺にやさしくしてくれたらって……」

「…………」

「ああ、ごめん! 俺、何言ってんだろう……なにが『やさしくしてくれたら』だ! 俺ホント……バカみたいだ……あいつが今まで俺たちにしてきたこと忘れたわけじゃないのに……ごめん、ごめん、ヴィンセント」

「クラウド、あやまるな」

「ごめんな、ヴィンセント、さっきアンタには、セフィロスに近寄るなとか言ったくせに……でも、俺……」

「クラウド、それはおまえが私の身を案じて言ってくれたことだろう?」

「うん……うん……俺、ヴィンセントのことはいつも心配してるよ。大切だから」

 なんだか泣き出したいような気持ちになって掠れた声でつぶやいた。我ながら情けない。だが、ヴィンセントは静かな動作で、そっと俺の髪を撫でてくれた。

「クラウドは自分に正直だ。カダージュたちに対してもセフィロスに対しても、ごまかしがない。……だからつらいことが多い」

「ヴィンセント……」

「……私はそんなクラウドが好きだ」

 そうささやくと、微かに……本当にわずかに笑みを見せてくれた。慈愛に満ちた微笑は俺の胸奥を直撃した。

 

「ヴィンセント……ヴィンセント〜〜ッ!」

 がばっ!と華奢な身体を抱きしめる。

「ク、クラウド、こら……」

「ヴィンセント、大好きだよ、俺、アンタのことはぜったい放さないからな!」

「わかった、わかったから……」

「ねぇ、ヴィンセント、俺のこと好き?!」

「あ、ああ」

「好きっつってよ!」

「さ、さきほどそう告げただろう?」

「もっと言ってくれよ。もっと何回でも!」

「クラウド、落ち着け……」

「ヴィンセント、俺のこと好きだよね? 嫌いになってないよね?」

 俺は子どもが母親の愛を確認するように、彼の背に手を回して訊ねた。さぞかしヴィンセントは驚いていたと思う。だが、怜悧な彼は穏やかに応えてくれた。

 

「……好きだ……今までもこれからも……ずっと……」

「ホントに? 本当だよな?」

「……ああ」

「じゃ、キスして、アンタから」

「……え、え? いや……」

「いいじゃない。いつも俺からするばっかりだろう。不安になるんだよ、ホントにヴィンセントは俺のこと好きなのかなって、ホントはキスしたくないのかなって」

「……私はただ……そういったことが不得手なだけで……」

「わかってるよ、わかってるつもりなんだけど……」

 俺はヴィンセントの肩を抱きしめ、呻くようにそうつぶやいた。

「クラウド……」

「あ、ああ、ごめん、俺……悪い、ちょっと頭、冷やしてくる」

 あまりの醜態にいたたまれなくなる。俺は急いで立ち上がろうとした。冷水を頭にぶっかければ目が覚めるだろう。

 しかし、立ち上がろうとした俺の服を、ヴィンセントが引っぱった。慣性の法則に従って、俺は再びドサリとベッドに座ることになる。

 

「ヴィンセント?」

「……め、目を瞑ってくれ、クラウド」

「え……?」

「は、はやく」

 言われるがままに、目を瞑る俺。

 綴じ合わせた口唇に、やわらかな感触が重なった。

 本当に微かに、触れるだけの口づけ。 

 

 目をあけると、彼は気の毒なほど真っ赤な顔をしていた。

「……ヴィンセント」

「……こ、これでいいのだろう」

「うん……」

「お、おまえは私の気持ちを良くない方へ先読みしすぎる。……私はここへ連れてきてもらって……おまえの側に居られて……それだけでとても……その……幸せなのだ……」

「ヴィ……ヴィンセントォォォォ〜〜ッ!」

 そのときの俺は、もうほとんど泣きそうだったと思う。言葉の苦手な彼が、一生懸命、俺の気持ちを気遣って、口にしてくれた思い。

 俺は彼の胸にぐりぐりと顔をこすりつけて、そのまま押し倒した。

 

「お、おい……よせ」

「だって、アンタ、可愛いんだもん! もう、ホントに可愛いよ……大好きだよ、ヴィンセント……」

「わかった、わかったから……」

「……アンタの匂い、落ち着く」

 俺はぴったりと身体を密着させてそう言った。

 そうだ、これでいいんだ。俺を安心させてくれるのは、もう、どこかエキセントリックなセフィロスの匂いではない。

 

「……ク、クラウド」

「うん……ごめん、もうちょっと……」

「だ、だが、この部屋は……」

 

 ヴィンセントがそう言いかけたとき、不躾にも扉がバンと開かれた。

「うわぁッ!」

 とっさのことで声をあげてしまう。ヴィンセントは驚きのあまり声も出ないようだ。

 

「まだ陽の高いうちから何をしている」

 バスローブを羽織ったセフィロス。

「な、なんでもないよ。ちょっと話、してただけだろ」

「おまえの話というのは、相手を押し倒してするものなのか。ならば今度は私も同じようにしてもらうかな」

 クッと口角を持ち上げ、皮肉な笑みを浮かべるセフィロス。

「あ、ああ、クラウド、出てくれ」

「う、うん」

 そういうと、ヴィンセントは手早くベッドの乱れを直し、予備の上掛けに取り替えた。

「……失礼した」

 緊張した声音でそう告げ、ヴィンセントは部屋を出てきた。もちろん、俺は室の前でヴィンセントが出てくるのを待っていたのだ。