コスタ・デル・ソルへようこそ。 
〜コスタ・デル・ソル with ヴィンセント&セフィロス〜
<13>
 
 セフィロス
 

 

 


 
 
 
 
 
 

 「ただいま!」

 愚かな子どもは、バタバタと派手な音を立てて戻ってきた。

「……騒々しいぞ、クラウド」

「セ、セフィロス! ヴィンセントは? ヴィンセントはどうした?」

 買い込んできた薬をテーブルの上に放置すると、すぐさま雑誌を眺めていた私のほうへ詰め寄ってくる。

「もう落ち着いてる。心配するな」

 私がそう言ってやると、クラウドは泣き笑いのような表情になり、ほうっと深い息を吐き出した。

「……よかった」

「フン。だがそろそろ熱が出るだろう。解熱剤はあるな?」

「う、うん、余分に買ってきた」

「様子を見て飲ませろ」

「……うん」

 素直に頷くと、クラウドはストンと私のとなりに座った。わずかにソファが沈む。

 

「……ありがとう……セフィロス」

「礼など言うな、鬱陶しい」

「うん……でも……」

「勘違いするなよ、クラウド」

 私は、頼りなげな瞳をした青年を鼻先で嗤ってやった。

「おまえが一番大切にしている者を、こんなくだらない形で失うのはつまらないだろう?」

「……え?」

「もしあのままあの男が死ねば、おまえはただ泣いて泣いて騒いで……さて、どうなったことかな」                                                          

「…………」

「だが、それでは、おまえが私を憎まずに済んでしまう」

「……セフィロス」

「もったいないではないか……」

 クックックッと私は喉の奥で笑った。

「…………」

「それにおまえが気に入るだけあって、あいつはなかなか見目がいい。どうせ殺すなら貪り尽くしてから息の根を止めてやるさ……フフフ……」

「……おい! いいかげんにしろよ!」

 単純なクラウドはすぐに激昂する。

 ダン!とばかりに立ち上がり、私をキツイ蒼の瞳でにらみつけた。

 

「ほんの少しでも、アンタのことをいいヤツだと思った俺がバカだった! もしかしたら、やさしかった頃のセフィロスに戻るかなって……」

「ほう、やさしかった頃の私にな……そうはいっても、あの頃のおまえはずいぶんと私の前で泣いていたではないか。おまえはああいうのが好きなんだな」

「うるさいッ! もういい! セフィロスなんか大ッ嫌いだッ!」

 それこそ子どものような捨てセリフを口にすると、クラウドは熱冷ましを持って部屋を出ていった。

 

 そしてこの時点において、我々は今夜の食事という、差し迫った問題を失念していたのである。

 

 

                               ★

 

 

「……これだから、田舎の僻地は嫌なんだ」

 私は吐き捨てるようにそう言った。

「仕方ないだろ! 勝手に来たくせに文句ばっかり言うな! あ、ちょっと、ちゃんと鍋見ててくれよ、セフィロス!」

「夜の10時を過ぎた時点で、デリバリーがなくなるなど、普通あり得るか?」

「仕方ないっつってんだろ! ここはそーゆー町なんだよ! だから治安がいいんだ」

「フン……リユニオンしてしまえば、食事などせずに済むものを……」

「よせよ、そんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

 いらいらと言い返すクラウド。

 

「……クラウド、これ……沸騰しているぞ。ああ、こっちは消し炭のように……」

「オィィィィ! アンタ、英雄のくせに、メシひとつ作れないのかよ? ダメダメじゃないか!」

「あいにく、おまえのような一般兵を経験していないのでな。食事係などしたことはない」

「あー、そーですかッ! そりゃァ、すいませんねェ!」

「ふてくされるな。子どもが」

 ここまでの会話で、大方の察しは付くことだろう。夜10時過ぎ。我々は懸案の夕食作りに取り組んでいた。デリバリーでかまわないとタカをくくっていたが、恐ろしいことに、この田舎町はこの時刻デリバリーサービスは、営業終了ということだ。

 いったい何のためのデリバリーサービスなのだろうか。ミッドガルのように24時間対応しろとまではいわないが、せめて日付が変わるまでは働けと言いたくなる。

 

「あっちぃ! あっつー!」

「バカ者! 素手で掴むヤツがあるか。ほら、水で冷やせ」

「……痛いよぅ」

「もういい。とりあえず出来たものだけで済ませよう。一食くらい抜いても死にはしない」

「……うん。でも、ヴィンセントの分はちゃんとしなきゃ……」

 まじめな顔でクラウドはそう言った。

 本当にあの黒髪の男を好いているのだろう。端から見ると滑稽なほどに、「ヴィンセント、ヴィンセント」とヤツの名を繰り返す。

 

「……ね、セフィ……これ、寂しくない?」

 なんとか完成した土鍋のリゾット……もとい、リゾットというよりも「おかゆ」だ。

 それを指し示しながら、クラウドは頼りなげにそうつぶやいた。この子が16才だった頃のような物言いで。

「仕方あるまい。……まさかこんな事態になるとは思ってもみなかったからな! そもそも、あの愚か者がくだらぬ仏心を出したりするから……」

「ヴィンセントを悪く言うなッ! ヴィンセントはやさしいんだよ、俺やアンタの数十倍な!」

「ああ、そうかそうか。では、その愚か者に寂しい食事でも持って行ってやれ」

「そんな言い方するなよ〜……ああ、もうちょっと真面目に調理実習、やっときゃよかった。ザックスが同じ班だったから、ついついまかせっきりにしちゃってさ……」

「ああ、あの大男は料理が上手かったな」

「うん……まぁ、ヴィンセントが作るような手の込んだ料理じゃなかったけど、サバイバルの大鍋料理は上手かったよな……」

「しみじみしている場合ではないのだろう。ほら、早く行け」

 私はせかした。

「うん、じゃ、ちょっと行ってくるね。あ、薬、薬……」

「そら。水も忘れるなよ」

「わかった。ありがと」

 子どものようにそうこたえて、クラウドはいそいそとあの男の部屋に行った。

 

 ……私の中で、あの子に対して、昔のような執着がない、といったら嘘になるだろう。

 過去と同じような愛し方はできなかろうが、この身体となっても、『クラウド』は私の内奥に脈々と生き続け、その存在を主張してやまない。

 

 だが、今、現在……

 ミッドガルでの礼に、ほんの少しからかってやるつもりでやってきた、この場所……

 クラウドとあの男の居場所で、不思議とくつろいでいる『私』が居る。

 

 これは女々しく残存する、過去の『私』が見せる幻想なのか……それとも、現在……

 このような身になり果てた、今現在の私が、望んだ夢なのだろうか……?

 

 ミッドガルで思念体に乗り移ったとき、私の目に、クラウドは、ただの屠るべき獲物……敵としか映らなかった。

 だが、こうして以前の私の身体を借りて現世に訪れてみると、クラウドへの気持ちどころか、見える風景の印象さえ、思念体と融合したときとは異なる。

 

 いや……だが……

 私が、死したはずの肉体を借りるのには限界があるだろう。いずれ、今在るこの『私』は消滅する。そしてただ目的のために、獲物を屠る殺戮者になるのだろう。

 それが嫌なわけではない。もともと私はその『目的』のために、現世にとどまったのだから……

 

 星痕によって浸食されたこの星を船にして、宇宙の闇を旅する……

 そして今度こそ、我らのための『約束の地』を見つけ出すのだ……

 

 だが、その旅に少数の『選ばれし人々』を連れて行こうと思う。人でありながらジェノバ細胞を寄生させた者ども……その中でも私の目にかなう少数の人々……

 ああ、それはなんと甘美な夢なのだろう。

 

 かつて、その存在のすべてを愛したクラウド。そしてこの場所で出会った不思議な男……ヴィンセント。私の作り出した思念体たち……

 そう……それだけ居れば十分だ……母も喜ぶだろう……

 

「セフィロス、セフィロス!」

 大声で呼ばれて、私はハッと身を起こした。

 ここのところ、おのれの思考に沈む回数が増えている。

「セフィロスってば! ねぇ、ヴィンセントが……ヴィンセントが……」

 泣き出しそうな表情で戻ってくるクラウド。

「なんだ、騒々しい」

 私は煩わしげに聞き返してやった。

「ヴィンセント、熱が高いんだよ……呼吸もすごく苦しそうで……おれ……俺、どうしよう……」

「だから言っただろう。発熱は完全にショック症状だ。死にはせん」

「でも……でも……ヴィンセント、体力無いから……痩せてるし……それより、あんなに苦しそうにしてるの……見てらんないよ……」

 そうつぶやくと、驚いたことにクラウドはボトボトと大粒の涙をこぼした。

 

「……解熱剤は飲ませたのか?」

「う、ううん、まだ。水……持って行ったんだけど、錠剤吐いちゃうんだ……」

 私はハァとため息を吐いた。

「メシどころじゃないというわけだな」

「う、うん。風呂から上がったばかりのときは、落ち着いてるように見えたのに……俺、俺……びっくりしちゃって……」

「おまえが泣いても仕方ないだろう」

「わ、わかってる……けど……」

 ひっくとクラウドがしゃくり上げた。おそらくこの子がこれだけ取り乱しているのは、ヴィンセントの容態がただならぬ状況であるというのはもちろんのことだろうが、近くに私が居ることが大きな理由だろう。

 人は頼るべきものが何もないとき、嫌でも冷静になる。真偽はどうであれ、人ひとり救えるか否かという状況ならばなおさらのことだ。

 

「クラウド、粉末状の熱冷ましはあるか?」

「え……え?」

「惚けるな、バカ者。今、手元にある薬の中で、粉薬はあったかと聞いているんだ」

「え……あ……う、うん。確か、セフィロスがもらってきたヤツが粉薬じゃなかったっけ?」

「そうか、じゃ、それと砂糖……黒砂糖がいいな。あとレモンはあるか? なければ、ああ、袋の中にグレープフルーツがあるはずだ」

「え、あ、うん、ちょっと待ってすぐ捜すから」

 不慣れな手つきで台所をあさるクラウド。大ぶりのレモンと黒砂糖を持ってくる。

「上出来だ」

 私は言った。

 クラウドにレモンを搾らせ、果汁を取る。それをカップに空け、多めの砂糖と粉薬を混ぜ込む。ポットから熱湯を注ぎ即席のホットレモンを作る。

 

「……セフィ、器用だね……」

「これくらいのことならバカでも出来る」

 素っ気なくそう言うと、クラウドに声をかけた。

「おい、これをヴィンセントに飲ませてこい。胃痛や吐き気があってもこれなら飲めるはずだ」

「……え……う、うん……でも……」

「なんだ、早くしろ。そんなに高熱だと万一ということもあるぞ」

 脅かすようにそう言ってやると、クラウドがサッと青ざめた。

「でも、起きて飲めるような状態じゃないんだよ。セフィ……一緒に来てよ、頼むよ」

「おまえはあの男を守ると決めたのではないのか? 自分でそう言っただろう?」

「……うん……うん……そうなんだけど……俺、ホント……ダメだ……」

「ガキが……今度だけだぞ」

 私も大方、クラウドには甘い。

 役に立たない子どもと一緒に、ヴィンセントの部屋に行く。

  

 ……なるほど、予想通り……というか、ショック症状で発熱することはよくあるのだが、かなり熱が高そうだ。

 

「おい、生きてるか、ヴィンセント」

 ピタピタと頬を張り、尋ねてみる。額に置いたタオルの下で、紅い瞳がうっすらと光を帯びた。

「ちょっ……乱暴しないでよ、セフィロス! ヴィンセント、ヴィンセント……? 大丈夫か? しっかりしてくれよ……俺……もう、どうすれば……」

「泣きごとを言っても回復するわけじゃないだろう。この役立たずが」

「だって……」

「ボケッとするな、クラウド。ボウルに氷を足せ。それから水枕を作ってこい。おまえでもできるだろう」

「あ、そ、そうか……水枕……! あと、氷だよね。う、うん、ごめん! すぐ行ってくる!」

 そういうと、バタバタと部屋を飛び出してゆく。

 

 私はひとつ吐息すると、荒い呼吸を繰り返すヴィンセントに向き直った。そのまま背に腕を回し、細い身体を抱き起こす。

「はぁっ……はぁっ……あ……? セ……セフィ……ロス……?」

「……フン、ずいぶんとつらそうだな」

「…………す、ま……ない……」

「こんな時まで謝罪を繰り返すか、バカ者が」

「……はぁっ……はぁっ……」

「貴様には、まだ言ってやりたいことがあるからな。それにおまえにいささか興味が沸いた」

「…………?」

「いい、考えるな」

 そう言いながら、私はヴィンセントの身体を抱いたまま、サイドデスクに置いておいたレモン湯を取り上げた。ちょうどいい頃合いに冷めている。

「嚥下しようとするな。力を抜いていろ」

 ひとくち、口に含んで、そのままヤツの口にゆっくりと送り込む。触れ合った口唇がひどく熱い。上手いことに、ヴィンセントは私の口移しした薬をそのまま飲み下せた。

 もう一口含んで、ヴィンセントの呼吸が整ったところを見計らい、唇を重ねる。それほどの量はないので、もう一度で終わるだろう。

 クラウドに、この光景を見せつけてやれなかったのは残念だが、まぁ機会はいつでもある。 

 最後の一口を飲み終え、ヴィンセントがくったりと私に寄りかかってきた。緊張した様子はない。

「……はぁッ……はぁ……はぁ……」

「……じきに解熱剤が効いてくる。睡眠薬も混ぜてあるからな、すぐに楽になるはずだ」

 にごった紅い瞳で私を見つめるヴィンセント。

 

 その瞳が問いかける『どうして……私を……?』と。

 

「フン……自分の頭で考えたらどうだ……? まぁ、良くなったら、な」

 そう言うと、私はヴィンセントの身体をベッドに戻した。それなりに丁寧に布団を直し、額のタオルを取り替えてやる。

 

「すぐにクラウドが来るだろう。……安心して眠れ、ヴィンセント」

 

 我知らず、やさしい声音でそう告げている自分が滑稽だった。

 

 音を立てずに部屋を出る。

 するとちょうど、クラウドがやってくるところだった。

「あ、セフィロス! 水枕、作ってきた!」

 手柄顔で言うのが可愛らしい。

「ああ、早く行ってやれ。……薬は飲ませた、さっさと寝かせろ」

 クラウドにはいささか素っ気ない物言いで、そう告げると、私は自室に戻った。

 

「ああ、今夜は湯に浸かったら、早く寝てしまおう……」

 

 今夜の私は少しおかしい。

 ひとりごちると、静かに部屋の扉を開いたのであった……。

 

 

 終わり