とある日常の風景。 
〜神羅カンパニー with クラウド〜
<正午過ぎの部>
 セフィロス
 

 

 

 

12:20

 

「もう……セフィのバカ……ヤダって言ったのに……」

 照れ隠しの涙目になって文句を言うクラウド。

 足がわらってしまって、まともに立っていられないらしい。背後から支えたまま、一緒にシャワーで残滓を流し、ようやく落ち着いたところで、小さな身体を抱き上げた。

「セフィ……?」

「湯冷めするといけないからな。もう一度湯船に浸かれ」

 ザックスなどは、「過保護、過保護」と言ってくれるが、こんな愛らしい少年は、いささか過保護すぎるほどに、気を付けてやるべきだと私は思う。

 もし、このまま、冷えかけた身体で風邪でも引いたら?

 週末一緒に過ごす時間が奪われるではないか。さらにいうのなら、翌週、私に新たな任務が入れば、二週にわたってお預け状態だ。そんな恐ろしい事態だけは避けねばならない。

「……ん……セフィ……今、何時……?」

「さてな。昼過ぎだろ」

「もう……! そうじゃなくて…… お昼休み終わるまでには部屋に戻らなきゃ。午後の授業の予習……しなきゃ……」

 そんなことをつぶやきつつ、うとうととしている。

 白くて綺麗な指が、ぎゅっと私の髪の一房を掴む。

 

 ……萌え。

 

 

12:30

 

 さすがに湯当たりしかけ、クラウドの小柄な身体を抱いたまま、水あげする。

 そのときになって、彼はようやく目を覚ましたようだ。

「あ、ご、ごめん! 起こしてくれればいいのにッ! あ、いいの、自分で拭くッ」

 真っ赤になって、バスタオルを使い、大急ぎでローブを羽織る。もちろん、私の持ち物だから、小柄なクラウドにはブカブカだ。

 その姿が愛らし過ぎて、第二ラウンドへのゴングが鳴りそうだ。

「ええと、洋服、洋服……」

「クラウド……」

 背後に回り、脇の下からそっと手を差し込み、やさしく抱きしめる。この体勢だと、私はかなり腰をかがめなければならない。

「ひゃうッ! な、なにすんの、セフィ! ちょっ……ダメだよ、ダメだってば!」

「まだ時間はあるだろう……?」

「ダメダメダメ!ダメなの! お、俺、予習しなきゃ。宿題も自信ないし……」

 ぽかぽかと私の腕を叩き、身をよじって逃げようとする。

 しかし、私の腕を振り解いて逃げられるほどの腕力はない。それにつけても、クラウドはなんて抱き心地がよいのだろう。おまけに体温が高いせいか、本当に雛鳥を抱く母鳥の気分になってくる。

「ダメだったら! ほら、放してよ、セフィ!」

「だいじょうぶだ。……おまえは頭のよい子だからな」

「ちがっ! 違うよッ! 頭よくないもん! せ、成績悪いし…… この前も居残りさせられちゃったし……」

 ……居残りさせた教官はどいつだ。

 ことと次第によっては私が直で話をつけに行ってやる。

 ああ、そういえば、先々先々先々週の日曜日も、補習があるとかで、約束がダメになったな……後々のことを考えれば、そやつはしばらく教鞭など持てぬ程度に……

「セ、セフィ! 黙り込んで何考えてるんだよ。変なこと考えないでね!」

 前科者の私は、すぐさまクラウドに叱られてしまった。

「おまえは頭はいい子なんだ。ただ、いささか不器用なだけだな。でも、私から見れば、おまえのそういうところも、むしろ……」

「ど、どうせ、俺は不器量で不器用だもんッ!」

 物言いが悪かったらしい。

 この子はまだまだ語彙が少ないのだ。

「クラウド、不器量と不器用は全然意味が違うだろう。私は一度でもおまえを不器量だなどとは……」

「もういいッ!やっ! セフィ、放してよーッ!」 

 子犬が飼い主の腕から逃げ出そうとするかのように、きゃんきゃんと泣き喚いて身をよじる。

 いかん、機嫌を損ねたままでは、第二ラウンドが……

 

 

12:50

 

「あー、どっこいしょ!」

 ウースと野獣のような低い声であいさつしつつ、VIPルームの扉を叩きつける馬鹿男。

 ドガッと勢いよくドアが開いて、長身の男が入ってきた。

 ……ザックスの野郎だ。

「おう、クラウド、迎えに来たぜ。おまえ、今日、語学当たるんだろ」

「ザックスーッ!」

 その拍子に、腕の中から飛び出し、兄貴分と考えている(らしい)ザックスに飛びつくクラウド。

「ザックス、貴様、誰の許しを得て……」

「迎えに来てくれてありがと! ね、ね、英語のノート見て! 俺、今日当たるところ自信ないのッ!」

「チッ、しかたねーな、おめーはよ。クラウド、まだ昼飯も食ってないだろ。セックスばっかしてっと、下半身発達し過ぎて、のーみそパーになんぞ」

「えええッ!? そ、そうなのッ!? そんなこと知らなかった……」

 とんでもないデマを口にするザックス。

 だが、クラウドは、生まれたての雛のように素直な子なのだ。共同居室で兄のように慕っているザックスに言われたことは、なんでも信じてしまう。それこそ、親鳥が口に入れてくれた餌を、まるごと飲む込んでしまうひよっこのように。

 だが、ここで負けるわけにはいかん。

 私はこの子の保護者兼恋人なのだから。

「クラウド、語学なら私が教えてやる!」

 ザックスを押しのけ、すかさず口を挟む。

「え……で、でも……」

「遠慮する必要はない。おまえの面倒を見るのも『恋人の』私の役目だからな」

「セフィ!」

 クラウドは大きな蒼い瞳でキッと私をにらみつけてきた。

「他の人の前でそういうこと言わないでってゆったじゃん!  それにセフィの教え方、難しいもの。かえってわからなくなっちゃうから! 俺、ザックスに教わる!」

「そーかそーか。オラ、急げよ、クラウド。メシ食う時間なくなっちまうぞ」

 勝ち誇ったようなザックスのセリフに、私は脳天から血が噴き出すような怒りを感じた……

「じゃ、ごめんね、セフィロス。俺、ザックスと行くから」

 あっさりと踵を返すクラウド。

 

 ザックスと行くから……

 ザックスと行くから……

 ザックスと行くから……

 

 耳鳴りのように『ザックス』という単語が、頭の中をこだまする。

 わかっているのだ。

 クラウドに、ザックスに対しての恋愛感情はない。幼くして神羅に入社した寂しさが、同室で、かつ身近な先輩のザックスに向けられているだけなのだ。

 残念ながら、クラウドと出逢った当時には、すでに私は『英雄』などと呼ばれ、勝手にVIP待遇にされていた。当然部屋も普通の寮ではなく、別棟になっていた。

 クラウドのためなら、雑居部屋だろうとなんだろうと、喜んで移り住む心づもりがあるのに。いや、むしろ、ミッションの報償をそういった形でもらうことはできないのだろうか!?

 

 パタンと目の前で、硬質なドアが閉まる。

 私は第二ラウンドのゴングを聞くこともなく、ローブ一枚のまま、がっくりとソファに身を投げ出した。