〜 a life of dissipation 〜
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<最終回>
 セフィロス
 

 

 

「……話を戻すと、それじゃ、ヴィンセントはこの一週間の記憶はまったくないんだね」

 イロケムシが新しい茶をふるまいつつ、そう訊ねた。

 ヴィンセントは少し困ったように、何かを思い出そうと思案顔になったが、力なく頭を振った。

「すまない。やはり何も覚えてはいない。……あの薬を口にした夜、喉が渇いて水をあがないに行った居間で、彼と出会ったところまで……だ」

 そう言って、ヴィンセントはちらりとオレに目線を寄越した。

「そうそう。フラフラと足取りもあやしい有様だったからな。夢かうつつか本人もわかっていない様子だった」

「そう……」

「そういうことだ」

「……よかったねェ、セフィロス」

 その日の夜、何があったか熟知しているイロケムシは、つけつけとオレにそう言った。

「あ、あの……それで? 私が子供になったという話は……」

「そうなんだよ。翌日の朝になって、セフィロスの部屋から出てきたあなたは、ほんの12、3才の子供の姿だったんだ。もちろん、姿形だけじゃなくて、中身もね」

「そう……なのか。皆がそう言うのなら……本当にそうだったのだな」

 不安げに指先を口元に宛て、ヴィンセントが低くつぶやいた。

「ああ、でもねぇ、幼い君と来たら、まるで天使のようだったよ。聡明で愛らしくて…… もちろん、女神への愛に変わりはないけれど、黒髪の天使にも惹かれたね」

「ジェネシス……」

 冗談口調に聞こえるが、本人にとってはまんざら嘘でもないのだろう。そういいながら、ジェネシスは、ヴィンセントの肩をやさしく押し包んだ。

「正直、一番困ってしまったのは、君にこれまでの記憶がなかったことだよ。さっきも言ったけど、身体だけじゃなくて、中身もその当時のヴィンセントになってしまっていたからね。当然、俺たちのことは覚えていなかったのでね」

「す、すまない、ジェネシス…… 皆も……」

「ああ、平気平気。小さなヴィンセントはとても聡明だったから、俺たちの説明を大人しく聞いてくれたよ。大きな混乱はなかったし、結果的にはとても楽しい一週間だった」

 イロケムシが言葉を重ねた。

 

 

 

 

 

 

「でも、なぜか、一番懐かれてたのって、セフィロスだったよねェ」

 そう言ったイロケムシの口調は、完全に面白がっていた。ヴィンセントが慌てることよりも、オレの反応を見てやりたいといった様子だ。

「え、あ……、そ、そうなのか…… そ、それはきっと彼が親切にしてくれたのだろうから……」

 明後日のセリフはお手の物のヴィンセント。常にどこかズレた返答をするのが可愛らしくも感じる。

「別にそういうわけでもなかったんだがな。確かにチビ・ヴィンセントはオレ様につきまとってくれた。物好きなことにな」

「あ、あの……すまない、迷惑を……」

「おまえのあずかり知らぬことだろ。謝る必要はない」

 オレは素っ気なく流したが、ヴィンセントは未だ、ビクビクとこちらの様子を伺っていた。

 コイツは何かあると、すぐに『嫌われるのではないか』だの『出ていってしまうのではないか』と、あらぬ妄想を繰り広げるのだ。

「でも、その…… 君は子供は苦手なのだろう? それなのに付きまとったりして……」

「ガキとはいっても、おまえは分別あるチビだったぜ。クラウドのその当時よりも遥かに大人びているようだったしな」

「……セフィロス」

 深いワイン色の瞳が、じっとオレを見つめる。

 そう、あの子もそうしてオレを見上げていた。

『ぼくはセフィロスさんのことが好きです。特別なんです』

 考えたことをはっきりと口に出来ていたのは、屈託のない年頃の強みだったのだろうか。

 

 もし……運命のいたずらで、あのままヴィンセントが元に戻らなかったとしたら。

 いや、それよりも、オレとヴィンセント、生まれた順番が異なって、本当に幼少期のヴィンセントに、成人したオレが出逢っていたとしたら……?

 オレたちふたりの関係は変わっていたのだろうか?

 昨日までのチビ・ヴィンセントのように、こいつはオレの後を追いかけてくれたのだろうか?

 埒もない物思いに、オレは小さく苦笑した。幸いそれは誰にも聞きとがめられることはなかった。

 

 それから、まもなくしてクラウドが帰宅した。

 イロケムシから知らせを受け、取るものも取らず、バイクをぶっ飛ばして帰ってきたのだろう。

 息を弾ませて居間に飛び込んできたクラウドが、子供のようにヴィンセントに飛びつく。

 深い安堵に涙まで零すクラウド。そんな彼を抱きしめ、髪を撫でて宥めるヴィンセント。

 ふと、ヤツと目線が合いそうになり、オレはさりげなく逸らせた。

 

 もしも、クラウドと出逢う前のヴィンセントと、オレがもっと早くに交わっていたのなら……?

 生まれてから二度目の恋は、どうやら胸奧に閉まっておかねばならないらしい。

 そう、ヴィンセントの写真立ての手紙のように。

 

 泣きべそ顔のクラウドの頭を、軽く叩いてやると、オレは居間を後にした。

 あの小さな子供が眠っていたベッドに、もう一度横になりたかった。

 我知らず感傷的な気分になっていたおのれがひどく滑稽だ。

 

 広間での騒ぎを耳にしつつ、後ろ手に扉を閉める。

 夜の精霊のようにも見えた、あの幼子の面影を胸に抱きながら。

 

 我ながら辛抱強くなったものだと、自嘲した。

 

終わり