End of Summer
〜コスタ・デル・ソル in ストライフ一家〜
<13>
Interval 〜04〜
 
 セフィロス
 

 

 

  

 

 

 

 

「ん……」

 瞼の上を木漏れ日がちらつき、オレはうっすらと目を開けた。

 右手側の窓辺から、薄く光が漏れている。

 

 ぼんやりとした頭で、時計を覗き込むと、午前6:00……少し前だ。

 

 何故か、オレはひとりではなかった。

 そう……確かに昨夜は、いつもの部屋で眠りについたはずなのに。

 

 目の前に横たわっているのはヴィンセント。

 蒼白い肌のほとんどは、シーツに隠れていたが、横向きで、片方の腕は剥き出しのまま、しどけなく放り出されていた。

 血の気のない頬……閉じられた双眸の下に、うっすらとクマが張っている。

 規則的な寝息は、未だ彼が深い眠りの中にいることを指し示していた。

 それらの状況から、これまでの流れを推察する。

 

「……あのガキは本当に我慢がきかんな」

 やれやれと吐息しつつ、ひとりつぶやいた。

 昨夜、いったい何があったのか一目瞭然だ。

 シーツの隙間から覗く喉元や腕の付け根に、うっすらと鬱血の痕が残っているのは、オレの唇がつけたものかもしれない。

 応じるヴィンセントもヴィンセントだとは思うが、このヘタレで病的なお人好しのことだ。きっと、クラウドに懇願されて、なし崩し的に受け入れてしまったのだろう。

 

 カーテンの隙間を閉じてやろうと、身を起こしたときであった。

 それまで、ぐっすりと眠り込んでいたヴィンセントが、小さな声を出した。

「…………ん……?」

「…………」

 憔悴の浮かんだ白い顔を眺める。

「……あ……? ……クラ……ウド?」

「…………」

「……おはよう…… ずいぶんと……早いな……」

 そうささやくと、ほんの少し頬に血の気が浮かび、ヤツはけぶるように儚い笑みを浮かべた。

「……ああ」

「……何時……だろう? そろそろ起きなければ……」

「……まだ六時前だ。もう少し寝ていろ」

 オレは静かにそう告げた。

「でも……あ……痛ッ……」

「無理をするな。大人しくしろ」

 ぼうっと惚けたような面もちの額に、そっと手を当て、そう繰り返した。

 暴走型のクラウドのことだ。オレの身体とクラウドとでは、ウエイトも身長もパワーもずいぶん隔たりがある。それをきちんと念頭に置いて行為に及んだのであろうか?最初 は気遣っていただろうが、興奮すると自制が効かなくなる可能性は充分にある。

 

 口数の少ないオレが……いや『クラウド』が心配になったのだろうか。ヴィンセントは不自由な身体を少しばかり動かして、こちらを見つめた。

「……クラウド……?」

「……あ……いや……」

「どうかしたのか……? まだ、心細い……?」

 細い指が上半身だけ起きあがったオレの腕に触れた。ひんやりと冷たい、ヴィンセントの手。

「…………」

「あ……そうだ……」

 覚醒しきっていない頭で何やら、いろいろと思うことがあるらしい。

 ヴィンセントは、何も応えないオレに違和感を感じた様子でもなく、おのれの物思いを口にした。

 

「クラウド……後ろを……向いてくれないか……?」

「…………?」

「背中を見せて欲しいんだ……」

 横になったまま……それでも紅い瞳は真剣な光を宿し、そう乞うた。

「……背中?」

「あ、ああ……昨日は夢中で……あの……それどころじゃなかったが……」

 ボソボソとつぶやき、シーツをギュッとばかりに掴み締める。

「あ、あのとき……セフィロスは私とおまえを庇って、背中に大きな傷を負ったはずだ。私は目覚めるのに時間がかかったから……今さら予後を訊ねるのも……なんだか……その、鬱陶しいかと思って……」

「…………」

「わ、私が見たからといって、消えるわけではないが…… でも……」

「……わかった」

 オレは言われるがままに、寝台に寝返りを打って、裸の背をヴィンセントにさらした。

 ヤツのいうとおり、その部分の傷が一番深かった。もっとも日頃から、そこらの連中とは、鍛え方の異なるオレ様の身体だ。今はもう痛みもないし、自由に動ける。

 

 ヴィンセントの冷ややかな手が、醜い傷痕に触れた。治りかけの傷口は、きっと皮膚が引き連れて、赤く変色していることだろう。

「……痛むか……? クラウド」

「……なんともない」

 オレは率直に答えた。

「そうか……ならばよいのだが…… ああ、やはり痕が残ってしまっているな……」

「…………」

 苦痛を堪えるようなヴィンセントの物言い。本当に珍獣のように希少価値のある男だ。

 

「セフィロスはとても綺麗なのに……こんな傷を……」

「すぐに消えるだろ」

「……ああ、そうだな……早く消えてくれれば……嬉しい」

 そうささやくと、やわらかな感触が傷痕を辿った。こそばゆいような感覚……すぐに、それがヤツの唇だと知れる。

 ……接吻で怪我が治りゃ苦労はないと思うが、この身を案じてくれるヤツの気持ちは不快には感じなかった。

 

「くすぐったい」

 オレがそういうと、ヴィンセントは慌てた様子で、背中から離れた。

「あ、す、すまない……つい……」

「……だが、もう痛みもないし、じきに完治するだろう。でなけりゃ、痛くて昨夜みたいなことはできない」

「……ク、クラウド……」

 面白いように、色の薄い肌が染まってゆく。

 ……ヴィンセントは未だにこのオレを、『クラウド』だと勘違いしているようだ。平時ならばともかく、昨夜の余韻の残った、早朝の寝ぼけ頭では致し方ないとは思うが。

 本物のクラウド本人が飛び込んで来ないところを見ると、あのガキはまだぐっすりと眠り込んでいるのだろう。オレの部屋の、巨大ベッドは寝心地が良いし、カーテンを閉め切った寝室は、とても静かだ。

 

 クスッと笑いが口をつく。

 クソガキどもによく「イジワル!」と言われるが、確かにオレは意地が悪いらしい。無防備なヴィンセント相手に、やさしく入れ替わりの真実を知らせてやる気には到底なれなかった。